木霊 (TARUSU)
森林施業研究会ニュ−ズ・レター 
No.9 2000.5.12
Newsletter of the Forest Management and Research Network

「複層林の是非を問う」森林施業研究会シンポジウム開催される!

4月2日、日本林学会の関連集会の一つとして複層林の是非を問う森林施業研究会主催のシンポジウムが開かれた。研究会には、学会関係者はもとより、国有林、県、市民団体と幅広い層から100名にも及ぶ参加者があった。シンポジウムは、主催者からの趣旨説明の後、複層林に関する著書の多い藤森隆郎氏(日林協)、複層林研究に取り組む森林総研関西支所の竹内郁男氏、林野行政に携わる林野庁計画課の藤江がそれぞれの立場から複層林に対する考え方を提起、さらに関東森林管理局東京分局森林技術センターからは、所長の渡辺氏が筑波山に設定された日本で最大規模の複層林試験地を紹介した。

 藤森氏は、「複層林は、皆伐一斉林施業に対し、長伐期施業の中で、空いた空間を有効に利用し、さらに皆伐のマイナス面を非皆伐施業を行うことで回避しようとするものであり、現行の若齢林を対象とする施業には同意できない」とした。また、竹内氏は、種々の複層林施業地を調査する中で、下木の成長・形状不良、上木・下木の気象害、上木伐採時の下木の損傷などの問題点を指摘し、複層林の技術的、経営的困難さを強調した。藤江氏は、「複層林施業」は、戦後造成した人工林にあって、皆伐の抑制を目的としたものであり、二段林造成を目的とするのではなく、当初の趣旨を理解し、採用すべき施業を幅広く選択すべきだとした。森林技術センターの渡辺氏は、筑波山に設定した多様な複層(相)林試験地を紹介し、下木植栽による二段林造成はもとより、等高線伐採、群状伐採、魚骨型伐採などを通じた空間的な多層構造を生み出す複相林造成の取り組みが具体的に示し、論議の材料とした。シンポジウムはこの後、質疑討論に入り、複層林は技術的に可能なのか?木材生産、森林の機能保全の上で、合理的な施業と言えるのか?などなどの活発な討議が行われた。最後に、渡辺代表が問題の多い若齢林での下木植栽による二段林造成を批判した上で、高齢級の人工林における複層(相)林造成の可能性を提起し、全体をまとめた。こうしたシンポジウムの詳しい内容については、後日、「森林科学」誌上で報告の予定です。また、シンポジウム参加者の感想、意見について、その一部を次に掲載いたします。

 

森林施業研究会シンポジウム「複層林は是か非か」に参加して

                    寺岡行雄(鹿児島大学農学部)

 学生時代,「造林学と森林経理学の違いは何か?」と恩師に尋ねたことがある.そのとき「造林学はある林分の時間的変化に関する技術を追求し,経理学は異なる林齢の林分を空間的に配置するものだ」と教えられた.今回のシンポジウムで藤森先生は,複層林施業の狭義の定義として「木材生産を主目的とし,目標樹種を中心とする林分構造を回転させて行く間伐施業」と説明され,「なるほど造林学だ」などと変に感心してしまったことが印象的であった. さて感想文であるが,講演された諸先生へ理論的あるいは実践的なコメントをする能力もないため,思うところのままに感想を述べることにする.

 国内林業の不振の要因は様々であるが,結果として主伐量の減少,いわゆる伐り控えを引き起こしている.林業経営者はある程度の主伐収入が見込めない以上,主伐行動にはでず,結果的に生産間伐を断続的に行い,高齢級林分が多く出現することになる.藤江氏の説明にあったように,9齢級以上の民有人工林が500万ha以上も存在していることは,標準的な人工林施業体系(標準伐期齢)を前提とした森林資源政策に,見直しを迫るに十分な圧力であったのではと推察される.これら予定外であった高齢級林分の存在を是認することは,新たな政策を必要としたのではないだろうか.近年,複層林(特に二段林)型をもつ林分の光環境および成長に関する研究が多くなされ,理論的な基盤が与えられた.しかも,森林の持つ公益的機能重視の考えとも見事に整合するがゆえに,複層林施業は説得力のある政策材料であったと思う.

 水源かん養,土砂流出防止といった公益的機能に対して,複層林が一斉林よりも高く評価されることには基本的に異存はない.問題は複層林施業(あるいは複層林型造成)を全国一律に普及させることにあると思う.今年度からの緊急間伐総合対策は8,9齢級での間伐を対象としたが,主伐を控え高齢級となりしかも間伐対象林分とも見なされなかった(すなわち補助対象とならない)林分を抱える林業経営者にとって,複層林施業に伴う補助金は一種の高齢級林分間伐補助金だったのではなかったのだろうか.補助金依存経営体が多い現状では,無謀とも言える複層林造成が見受けられてもやむを得ない.藤森先生の「上木に十分な価値が生じてから」という説明と,現実の複層林造成動機とのギャップをどのように考えればよいのであろうか.

 一方で,技術的な問題も確かにあると思う.一時的に複層林型を創り出すことは容易であろうが,藤森先生の指摘されていた風倒への抵抗性や,竹内先生の言われていた不定芽・後生枝の発生など,時間の経過とともに生じる問題がある.上木伐採時にはまた別の問題も発生する.シンポジウムに参加されていた県関係の方が意見されていたように,普及の現場では大変な苦労があると思う.個人的にもAGの方から,「複層林を林家に薦めるべきか迷っている」と聞いたことがある.藤森先生の言われるように,複層林施業が"多間伐・長伐期施業"であるならば,最終目標には愛媛県久万林業や岐阜県今須林業に見られる優良事例が思い浮かぶのである.このような施業が全国一律に可能なのであろうか? そこで提案としては,"より多様な施業方法"を認めようと言うことである.多様な施業は"地域による,地域に合った,地域ごとの"施業であるべきであると思う.言い換えれば"適地,適作業,適林型"である.吉野型人工林施業は,驚異的な拡大造林を可能にしたが,その結果,生産物の競争力をなくした地域があふれている.森林経理学の教科書には,作業法としてバイエルン式あるいはバーデン式孔状傘伐作業,楔状傘伐作業,帯状画伐作業などが紹介されている.林学を勉強された方々もほとんど記憶になく,読むこともままならないであろう名前だが,それらの作業法はそれぞれの地方で必要性から別個に確立されたものであると聞く.日本においても,それぞれの地域での立地環境・気候の違いに応じた施業方法が,乱立すべきではないだろうか.そして,地域ごとの施業方法に(複層林施業にだけでなく)補助金の適用を認めるようにすべきであると思う.「複層林が是か非か」という0・1の問題ではなく,現状打破の方策として複層林が打ち出されたと考えれば,複層林施業が引き起こすある種の混乱は,地域ごとの施業を考え始めるきっかけになるのではないかと期待するのである.

 冒頭に述べた造林学と経理学の違いは,施業学あるいは施業論の中に吸収されるような気もする.いずれにせよ,時空間ともに意識しなければ現実の林業経営には反映されないであろうからである.今回の議論を聞いていて気になったのは,造成した複層林の時間的回転である.上木がすべて伐採されるまでの輪伐期を経た後,どのような林型になるのか,また,同じ施業の繰り返しが可能なのか考えておかなければならない.展示林・見本林ならばまだしも,現実の林業経営へ普及するのであれば,少なくとも1輪伐期後の出口を示しておかなければならないだろうと思う.自戒の念を込めて言えば,最近見かけない施業方法に関する研究がもっとたくさんされても良いのではないだろうか.感想文とのことでしたので,こんな形で終わらせていただきます.

 

行政用語としての「複層林」と技術用語としての「複層林」

                    高橋史彦(群馬県林業試験場森林課)

 地方分権が言われる中で、市町村への権限委譲が進み、林野行政の市町村の果たす役割が増えてきている。市町村では、技術系職員ではなく、事務系職員が森林行政を行っているのが現状である。そんな中で、行政の業界用語のようになってしまったのは、「複層林」に限ったことではない。今回のシンポジウムで分かったのは、複層林という言葉は、行政の末端や現場では、「業界用語」になっていると言うことだ。

 森林計画制度が変更される中で、「複層林」の定義が変わり、広義な意味での複層林になったわけである。このシンポジウムでもその辺が、林野庁の方の説明の前段で触れられていたが、複層林という言葉は、行政の末端や現場では、定義が曖昧なまま使われていたように思う。「学会」「行政」「現場」での言葉の使われ方の違いも論議されていたが、行政の末端や現場では、言葉が一人歩きしてしまうようなところがある。

 「複層林が悪い」という言われ方も気になる。広義な意味での複層林という言葉は、良いとか悪いとかそういう話ではないわけだが、これもまた、一人歩きしているような気がする。

 

「二日酔い」と解かれた「複層林」(その心はどちらも頭が痛い)

                    金指あや子(森林総研・生物機能開発部)

 施業研究会としては、これで4回目の集会で、幹事さんも慣れてきたせいか、檄文もなく、淡々と進められた感もありました。しかし、私はこの研究会に参加して3回目ですが、これまでで、一番実りのある討論になったと思います。それで、頼まれもしないのに、つい一言書かせていただきます。

竹内さんに「二日酔い」と解かれた「複層林」(その心はどちらも頭が痛い)をテーマにした今回の研究会で得られた結論は、「是か否か」ではなく、「否だが可」と理解しました。

大面積皆伐の反省の上にたって導入された複層林ですが、自然の生態系に近づけようとする目的そのものが否定されるものではないと思います。ただ、多様な個々の森林の実態に合わない画一的な押しつけが、実際の森林管理を困難にさせ、さらに、硬直化した制度(「補助金制度」と直にいってよいのか・・・?)が、複層林の頭痛に一層拍車をかけてしまった現実が示されました。

そんな可哀相な複層林を「可」とする答えは、東京営林局森林技術センターの渡辺さんが紹介された試験地にみることができました。これは筑波山で景観を損なわない経営を目指して、さまざまなタイプの「複相(層)林」についての試験を行っているものでした。これが、複層林か択伐か、はたまた限りなく択伐に近い小面積皆伐の試験かは、さておいて、空間的な異齢林の配置の仕方を焦点に話しが進められ、これまでの頭痛が急にぼやけてしまうような気がしました。垂直方向の複層でなく、水平方向の複層もOKなら、なんとかなりそうじゃないですか。残念ながら、この試験地の評価はこれからだそうで、結果をぜひ知りたいものです。ウーム、次なる課題はゾーンニングだなと思ったら、案の定、来年の研究会のテーマは「森林配置とゾーニング」だそうで、やだ、ちょっと、私も施業研の通になってしまいそう!

いずれにしても、今回の研究会でも、日本の林野行政と研究、そして、霞ヶ関と現場の不幸な関係の一端がまたまた見えてしまいました。フィードバックの重要性と、そのためにも両三者が互いに意見や情報を交換できる場を、さまざまな場面で作る必要性を改めて感じた次第です。

 

木のサイズで物事をとらえなくて

                    城真紀子(現在玉川大学農学部)

 複層林背業とは木材生産が目的なのか、生態系の維持が主目的なのか、分からなくなりました。多分両方の妥協策として出てきた方法が複層林施業という形態なのでしょうか。藤森さんのお話にあったように急いで2段以上の多段の樹冠を作ることが大切なのではなくて、木を十分に成熟させることが大切なのだと知りました。木の寿命と人間の寿命はことなります。だから人間サイズではなく、なるべく木のサイズで物事をとらえなくてはわたし達人間は井の中の蛙でしかないと思いました。その為にはわたし達自身が長期的な見通しを持ち、次世代に伝えてゆく言葉や図を作ったら良いのではないかと思いました。貴重なお話を聞かせてくださりありがとうございました。

 

列状、帯状の更新面を拡大し、複層林造成を考えてみては

                    深澤 光(岩手県林業技術センター)

 複層林施業推進にこれまで精力的に取り組んでこられた育林関係研究者や現場の技術者の方々が「是か非か」と苦労しながら、論じ合うシンポジウムはなかなか内容が濃かったのではないか、と感じております(あの進歩に参加しただけでも藤沢まで出かけた甲斐があったと思います。本当に。)

 さて、県で林業機械化など利用分野をたんとうしている私などが、生意気に「複層林造成へのプロセスとして、列状間伐をとらえることはいかがか?」という提案をさせていただきました。実は、列状間伐を行う際に将来の更新上の問題点や改善方策に、大プロ研究で取り組んでおります(別添の拙い資料をご参照ください)。

列の幅(樹高との関係)や方向(方位)と林内の日射量の関係や、機械作業(走行や地曳き集材)による撹乱が植栽木の生長など更新に及ぼす影響などについてです。研究に関わって日が浅い私にはあまりにも分野が広く手に負えない感が大ですが、何とか13年度までに「機械化による列状間伐の推進が、複層林造成のきっかけになりそう」位の情報が出せれば、と考えております。

 面的な複層林造成にはデメリットが多いことから「線的な更新面を列状、帯状の更新面に拡大し、あるいはつなげ、全体として段階的に更新してゆく」というコンセプトです。

 機械化、利用の分野でも機械の走行跡を複層化するという発想はあまり無いようですが、環境への配慮が益々重視されることから、これからは架線系による列状伐採が増え、その伐採跡は、人工・天然どちらにしても更新の対象となるのではないか、と考えています。

 今後とも、森林施業研究会における論議のさらなる発展をお祈り申し上げます。

 

複層林は難しい?!(複層林セミナーに参加して)

                    池田 伸 (関東森林管理局東京分局・森林技術センター)

施業のセミナーにはじめて参加させていただきました。複層林施業というタイトルに大変興味を持っていました。私が勤務する森林技術センターは、試験地面積35ヘクタールのなかに複層林のタイプ別(上層木の保残タイプ別,点状,列状,帯状,魚骨型など)を造成しています。セミナーのなかで森林技術センターの「複層林試験地」の概要を説明する機会を得て大変ありがとうございました。藤森先生並びに竹内先生の講義は大変わかりやすく、なかでも竹内先生の講義には同感と思う点は多くありました。

経験的には複層林に携わった期間は少ないのですが、いまの時点で言えることは複層林は施業としては「大変むずかしい」ということです。当センターの複層林試験地も現在それぞれヒノキの下にヒノキという二段林の造成が完了し、今後、「多段林に誘導するのか」、あるいは「将来、現在の複層林をどうするか」、「いつの時期にさらに間伐をするのか」「伐採・搬出時に下木はどうなるのか」、「照度は、着葉量は、」など、今後の課題は山積みです。さらに、当複層林試験地は筑波山という名勝の山であり、風致を重視した施業が求められるところでもあります。

今回参加して非皆伐イコール複層林と議論に集中したようですが、時間の都合もあり各地における複層林の実態や経営側からの複層林施業など深く聞く機会は得なかったのが残念ですが、それ以上に大変参考になるところ多かったと感じています。

いずれにしても、まだまだ複層林施業は今後「どうしていくのか」という点が多すぎると感じています。今後も研究者の方や実際に複層林を実施している篤林家の方々などとの交流は大いに必要かと思いました。その時は参加させてください。

そういう意味でも、機会があれば、当森林技術センターの複層林試験地をおおいに視察・活用していただければ幸いです。また、私どももそのことによって複層林施業を学びたいと考えています。最後に顔見知りの方も多くいて、参加してよかったと思っています。

 

 

全国交流会(地域世話民会)開催される!

恒例の森林施業研究会地域世話人会兼交流会がシンポジウム前夜に盛大に開かれました。今回は地元神奈川県森林研究所の田村淳氏が幹事となり、交流会を設定、25名が参加しました。会は次期代表と目される紙谷新潟大学教授の乾杯の音頭で始まり、自己紹介の後で、熱のこもった論議、交流が行われた。とりわけ、地方林試(森林研究所)の森林・林業研究への取り組みや自信が目立ち、施業研究会の裾野の広がりを強く感じさせられました。「どこぞの研究所は何をしているんだ」との声に、たじたじの事務局が印象的な会でした。

「世界の木喰い虫」の一人としてタスマニア高木林を訪ねる

                    鈴木和次郎(森林総研)

 この2月、オストラリア、タスマニア州を旅した。日本でいえば地理的には北海道に位置するタスマニアは、周囲を海に囲まれ温暖で湿潤多雨な気候条件下にあるため、豊かな森林が発達している。島の南西部の広大な面積が自然世界遺産に指定され、多くの国立公園が存在し、多くの人々が世界中から、この地を訪れる。しかし、近年の森林伐採によりその豊かな自然が急速に失われているという。10年ほど前、このタスマニアの森林を守ろうと、木材の最大の輸入国である日本に、地元の自然保護団体が訪れ、全国的なキャンペーンを展開した。そのとき、タスマニアの森林のすばらしさと破壊の惨状をビデオとスライドで見せられ、ぜひとも、そうした森林の実情を見てみたいものと考えていた。Wilderness Society, Tasmaniaの高木ツアーに参加した。樹高85m、広葉樹としては最大樹高を誇るユーカリ(Eucalyptus regnans)があるStyx Valleyの巨木林(高木林)を訪ねるツアーである。Wilderness Society, Tasmania(タスマニア野生協会とでもやくすのか?)の建物に集まったのは、世界各地(イギリス、アメリカ、日本、オーストラリア本土)から集まった老若男女総勢20名は、マイクロバスに乗り込み、ホバートから国立公園入口(Styx Valley)入り口にあたるMaydenaを目指す。不思議なのはこのツアー参加者の1/3近くがTWS(Wilderness Society, Tasmania)のスタッフ、メンバーで、どうもこの森林ツアーをハイキング程度に楽しんでいるといった趣がある。隣に座った再生紙の会社に勤めるという女性は、「今日は私の誕生日で、ツアーが自分へのプレゼント」と言い、また別の女性は「私はTWSを、森林を必要としている」とまじめに話す。

これが世界で最も高い広葉樹か?・・・・

 2時間のドライブの後、MaydenaからいよいよStyx Valleyへの未舗装の林道に入る。尾根を越え、谷に下り始めると周辺は高木が林立する老齢林地帯となった。この地域の森林植生は、河川周辺、斜面下部に成立するナンキョクブナを主体とする降雨林(Rain forest)と斜面上部に成立するユーカリを主体とする森林(Eucalyptus forest)さらに、中間斜面には、下層にナンキョクブナ、上層にユーカリと二層からなる混交林(Mixed forest)が発達している。ちなみに、こうした老齢林は、林齢が300−400年という(写真1)。

 Styx riverにかかる古い恐ろしげな木橋を渡るといきなり道脇に高木への案内板(?)が見える。皆、興奮気味に歩道を登るとそれがあった。世界一高い顕花植物(広葉樹)との出会いである(写真2)。胸高直径は4mで、さほどとも思えないが、見上げると樹冠ははるか遠くにあった。樹高85m、ユーカリの1種であるEucalyptus regnans, タスマニアでは、Swamp gumと呼ばれる。Gum treeはユーカリの総称だから、“湿地に生えるユーカリ”とでも言うのだろう。分布域は、オーストラリア本土ビクトリア州とタスマニア全島に分布する。樹高で言えば、北アメリカのレッドウッド(Secoia senperuvillense)に次ぐ樹種である。この木もかつては99mの高さを誇っていたが、先端部が折れてしまったと言う。推定樹齢は300年、すさまじい成長速度である。

原生林を切り裂く林道そしてブッシュウォ―ク

 次にツアーは林道の開設現場に向かう。20〜30mの幅で天然林を伐採し、開設された幅員5mの林道は、周辺森林と際だった対象を見せている。林道から見る天然林は、二層構造からなり、下層(とは言っても、地上50m)はナンキョクブナ(Myrtle: Nothfagus cunninghamii)、ササフラス(Sasafras: Atherosperma moschatum)、アカシア(Blackwood: Acacia melanoxylon)などの常緑広葉樹、その上30mにユーカリが林立し、その巨大さに驚かされる。それにしても天然林を引き裂く林道は、すさまじい自然破壊である。林道脇にある巨大な伐根(胸高直径5.4m)は、どれほどの大木が伐採されているのかを如実に物語っている(写真3)。ツアーは林内に入る。目印に従って、倒木を乗り越え、灌木や木性シダの中を進む。周辺には密度の高いナンキョクブナなど下層木とユーカリの巨木が点在し、典型的な混交林である。ナンキョクブナなどの下層木の樹幹は苔に覆われ、枝にはサルオガセが下がる。しかし、意外にも獣の声も、鳥の声も、虫の声も聞こえない(たぶんこれも昼間のためか)。それにしても、この森林の階層構造と倒木、枯立木の多さ、大きさには驚かされる。

伐採跡地に立って・・・・

Styx valleyの広大な森林地帯も森林伐採が進んでいる。その伐採跡地に立った。

 天然林が谷に向かって40数haに渡って伐採され、赤茶けた地面に焼けこげた残材が散乱している(写真4)。この地域の一般的な施業法は、天然林を伐採し、火入れ地拵えを行い、Eucalyptusの種子を散布して天然更新を図ろうとするものである。この火入れも合理的というか、乱暴というか、ヘリコプターからナパーム弾(類似の爆薬)を投下し、焼き尽くす。さらに種子散布後は、発生した実生を野生動物の採食から守るために、様々な薬剤が散布される(タスマニアの人工林ではすべからく“毒物危険”の警告表示が見られる)。この後成立するユーカリの再生林は、40−60年周期で伐採と更新が繰り返されることになる。しかし、実際は更新がうまくゆかないケースも出てきており、その場合、ユーカリの人工植栽も行われるという。

森林伐採の現状と日本との関係

 TWSのガイドは、伐採跡地に立ち、遠く手つかずの天然林を臨みながら、Styx valleyの森林の置かれている状況とTWSの運動の目指すものを語った。現在、タスマニアの森林の内、老齢の天然林は13,290haでかつての13%に過ぎない。その内の48%は保護されているものの、他は伐採が計画されているという。Styx valleyには、Styx river沿いに数千ヘクタール規模の天然林が残されているが、タスマニア州山林局は、この地域の森林伐採を計画している。こうした森林伐採は、70%近くが木材チップの生産を目的とするもので、しかもそのほとんどが日本に輸出されている。この地域の老齢林(巨木群)は、日本の紙パルプ用に伐採されていると言っても過言ではないと主張する。これに対し、TWSは、この地域を国立公園として保護し、さらに隣接する自然世界遺産地域に含めるよう主張している。

 「あなたは(日本人として)この森林伐採の現状をどう考えるか?」とTWSのスタッフの一人が尋ねる。「このようなすばらしい森林をタスマニアの他の地域で見ることが出来なかった。遺産的な存在だと思う。このような森林を伐採の対象とすることが理解できない」と答えると、いささか気分を害したように「あなた方、日本人が伐採した木材を使っているのではないか?」という。確かにStyx valleyの巨木群は、人類共通の財産、自然遺産である。ここで、「伐採する方(オーストラリア)が悪い」「それを買う方(日本)が悪い」と言っていても何一つ解決はしない。ただ、はっきりと言えることは、日本人は、抽象的には、自分たちの使っている木質資源(パルプ原料)が、世界各地での森林伐採と深く結びついていることは理解しているが、実際にどのような森林が伐採され、それが地元にどのような問題を引き起こしているのかを理解はしていないことである。この森林地帯で起こっていることを知ったなら、おそらくは心理的抵抗が生まれるのは間違いないだろう。今さら、白神山地のブナ林や知床の天然林の伐採を主張するものなどいないであろうから。

飛び込みでForestry Tasmaniaを訪ねる!

 翌日、タスマニア最終日、森林管理、施業に関する資料を得ようとForestry Tasmania(タスマニア州山林局)を訪ねる。山林局は、ホバート市内の近代的な建物で、玄関はドーム型の森林を模した展示施設となっており、二階部分をつなぐ空中廊下が渡されている。山林局州有林の概要や施業に関する資料が欲しい旨、受け付けで伝えると、係官が種種のパンフレットを購入することが出来るという。早速、州有林の経営計画書、技術解説書を手に入れる。駄目元で、幾人かの施業担当者に会えないかと頼むと、電話をかけてくれ、なぜかOKが出た。正式な訪問の手続きをして、カードキーでオフィスへのドアが開けられ、中へと案内された。対応したのは、販売部門の次長クラスの人物で、日本にも製紙会社との交渉で数回、日本を訪れたとのことである(昨日の今日で複雑な気持ちになる)。訪問の目的を改めて聞かれ、こちらが研究員と知ると、研究部門の担当者に取り次いでくれた。前日、タスマニア大学に行き、隣接するCSIRO Forestry and Forest Products(連邦政府の森林研究所の支所)を訪ねていたので、山林局内に研究部門があることに驚く。しかも、その部門でもっとも力を入れているのが、LTER(Long‐term Ecological Research;長期生態学研究)という。研究部(Forest Research & Development)で紹介されたのは主任研究員のJohn Hickey氏で、同僚のMick Brown氏(たまたま席を外していた)とともに、WarraサイトでLTERを行っているという。Warraサイトは、ホバーとから60kmほど離れた自然世界遺産地域と州有林の一部を含むおよそ19500haの広大な研究サイトで、1995年に設定され、主にこの地域の主要な森林タイプである Eucalyptus obliqua wet forestのモニタリングと生態研究、さらに森林の持続性を目指す新たな森林管理手法の開発などがとりくまれていると言う(詳しくは、Warra siteのホームページhttp://www.wara.comで)。ひとしきり、互いのLTERの取り組みを紹介したところで、現在、タスマニアの州有林で行われている施業(皆伐、火入れ地拵え、天然更新)について、聞いてみた。Warraサイトの州有林側では元々、日本でいうところの収穫試験地と天然更新試験地があり、それぞれ、1960年代、1970年代より継続調査がなされてきた。こうしたデータを踏まえ彼が説明するには、「確かに更新は上手くいっているように見える。しかし、こうした手法によって作られた再生林は、天然林と比べ大きく異なっている。とりわけ、林床植生に至っては、種数が激減し、回復の兆しが認められない」と言う。現在は、モントリオールプロセスに沿った「持続可能な森林管理」のための「基準・指標」作りで大変だとこぼしていた。ここでも森林技術者、研究者の悩みは大きい。今後もLTERの面で連絡を取り合って行こうと約束し、Forestry Tasmaniaを辞した。

シドニーオリンピックを考える機会に?!

 昨年12月のクリスマスシーズンにTWSグループは、Styx Valleyにある巨木の一つによじ登り、クリスマスツリーを飾るキャンペーンを行った。この行事を巡って行われたタスマニア州山林局(Forestry Tasmania)とのやり取りは興味深いものである。TWSグループは、山林局に対し、この行事への参加を要請した(嫌味かもしれない)。これに対し、山林局は「山林局としては、この地域の森林の保護と持続的な森林経営に努力しているところであるので、(山林局に敵対する?)行事への参加は出来ない。こうした行事に際しては、周辺の環境に悪影響を及ぼすような行為を慎み、終了後は掃除を行うよう要請する」との文書を回答した。これに対しTWS側は「世界最大の樹木周辺を僅かばかり保護し、周辺を伐採、火入れする行為は森林の持続的経営とは言えない。そんな山林局に(掃除、後片付けなど)礼儀・作法を言われる筋合いは無いと反発、以後、「持続性」の定義をめぐり両者で文書によるさまざまなやり取りがなされた(文書のコピーを見せてもらった)。この辺は、かつて日本の知床や白神山地の伐採問題における林野庁と自然保護団体の「老齢過熟林」「地元の経済効果」などをめぐるやり取りに似ていて、面白い(将来、笑い話になれば良いのだが)。いずれにせよ、こうして遺産的なタスマニアの自然環境が失われ、地元に深い対立を生み天然林の伐採が、大げさに言えば、日本の社会・経済を支えていると考えると肩身の狭い思いに駆られる。まして、森林・林業の業界に身をおく一人としては・・・・。

 今年は、オーストラリアでオリンピックが開かれる。日本からも多くの観光客が押しかけると見られ、地元オーストラリアの期待も大きい。タスマニアを訪れる機会があったら、是非ともStyx Valleyの巨木林を訪れてはいかがでしょうか。ちなみに、弁当自分もちのTWSツアーの料金は、$20(1400円程度)、この他、山林局のツアーもあるとのことです。


 
 写真1 Styx Valleyの高木林地帯

 
 写真2 世界の顕花植物の中で最大樹高を誇るEucalyptus regnans


  写真3 巨大な伐根の上に立つツアーの参加者


  写真4 火入れ地拵えをした伐採跡地

頼もしい次世代の国有林を担う森林官らと研究者の懇談会

金指 あや子(森林総研生物機能開発部)

 今年度の森林総研一般公開(4月19日)に合わせて、関東森林管理局東京分局の森林官やその予備軍となる若い行政官 11名が森林総研を訪問してくれた(写真)。
 
 紅顔の初々しい若者達は、森林総研がどんなところか、そして日頃ほとんど接することのない研究者と気楽に懇談したいということで、わざわざ、南は天城、北は大子(だいご/茨城県北部)からはるばる集まってくれた。これに対して、駆り出された森林総研側は、森林環境部の新山、鈴木と開発部の金指である。現場の方と研究者の意志の疎通の重要性を、図らずもついさっき森林施業研究会のHPに書いてしまった以上、これは大変よいチャンスと、協力しない訳には行かない。寝ないで聞いてくれるか不安なまま、泥縄で用意したOHPで、日頃の仕事の一端を紹介した。

 新山氏は小川の学術参考保護林における長期モニタリング研究について、金指は稀少種の保全研究について、さらに鈴木氏は魚を育てる森林の造成について紹介した。

 森林官氏たちは、思った以上に非常に熱心に聞いてくれたので、話し甲斐はあった。ただ、我々が紹介したような基礎的な研究の課題とは直接結びつかないワンパターンの仕事が多いことや、森林総研の所報もあまり現場ではみられていないことなど、日頃、森林総研が非常に遠い存在であることは、彼らの一致した意見であった。なお、ここでも、複層林の施業についての悩みが吐露され、枯れるのが判りながら苗木の調達をする現場の悲しさや、これに対して森林管理署では、現場の声より上からの指示を優先することなど、 相変わらずの研究と行政、あるいは直接の現場間での意志の疎通の悪さが指摘された。

 森林官11名のうち、6名は女性であった。私が林野庁に採用された当時(20年前!)は、「現場に女性は・・・、」という雰囲気がまだまだ消えていなかった。その頃を思うと、若い女性森林官達がずらっと並んだ光景は、本当にうれしかった。そして、もちろん男性も含めて前向きで積極的な若き森林官たちに接し、日本の国有林の将来は、決して悲観するようなものでないことを感じた。

よい機会を与えていただいた森林官諸氏に感謝します。また、来て下さい。

編集後記

 花粉症の者にとって、やっと憂鬱な季節が終わろうとしている。今年は、これまでで最大規模のスギ花粉生産量とのことで、関東地方では連日全域で「花粉が非常に多い」状態が続いてきた。花粉症患者が全人口の10%とも30%ととも言われる中で、スギ花粉対策が林業サイドでも検討されてきた。すなわち、花粉の少ないあるいは全く生産しない品種の開発、その手法も選抜育種から交配、さらに遺伝子操作まで。しかし、「花粉症対策」で林業サイドが取るべき道は、本当にこれで良いのだろうか?そもそも、何ゆえこれほどまでにスギ花粉が増加したのかは言うまでも無く、戦後の造林政策にある。利用目的を失った旧薪炭林、農用林さらに経済価値が低いとされた広葉樹天然林を経済価値の高い針葉樹へと樹種転換し、人工林化を推し進めたが、その中心となったものが利用価値が高く、成長の早いスギであった。こうしたスギ人工林の増大が引き起こした問題は、「花粉症」のみではない。古くから言われるように、単一樹種からなる同齢単純林の弊害は、気象災害、病虫害はもとより、森林の生態的機能の低下にも現れている。一方、スギ花粉対策として開発された品種を実際に林地に導入する際には、慎重さが求められる。その品種が、花粉生産の面はもとより材質、成長、気象害、病虫害抵抗性などで優れた特質を兼ね備えているかどうか、長期にわたる植栽試験が必要となる。花粉生産のみの特性に注目し、適正な事前評価のないままに、広域でも植栽が実行されるとなれば、後でどのような災いをもたらすか想像力を持って考えてもらいたいものである。私は20年来の花粉症であるが、スギを憎みはしない(狢)。

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