ブナ科植物の耐乾性に関する研究

鳥取大学乾燥地研究センター 渥美裕子

ナラ類を中心としたブナ科植物の耐乾性に関わる種特性を明らかにするためにいくつかの実験を行っている。今日は、冷温帯林構成樹種20種の葉の水分生理特性とブナ科植物の生理生態特性の季節変化について報告する。

実験1 冷温帯林構成樹種20種の葉の水分生理特性

冷温帯林構成樹種の中でのナラ類の位置づけを行うことを目的に行った。京都府北部に位置する京都大学芦生演習林に生育する主要樹種20種についてP-V曲線法(用語解説_参照)などを用いて葉の水分特性を調べた。図-1-aに横軸にψsat(十分に吸水した時の浸透ポテンシャル)をとり、縦軸にψwtlp(初発原形質分離を起こす時の水ポテンシャル)をとってこれらの値を樹種間で比較した結果を示す。ψwtlpが低いほど水ストレスに対する膨圧維持は有利であり、ψsatが低いほど、細胞内の溶質濃度が高いことを示し、水ストレスを受けても、膨圧を維持することができる。したがって、図の右上に行くほど水ストレスに対する膨圧維持に有利でしおれにくく、耐乾性が高いことを示す。測定を行った20種のうちブナ科樹種のミズナラ、ブナおよびコナラは、乾性種であるコミネカエデ、クロソヨゴ、マルバマンサク、およびナナカマドに次いで耐乾性が高い傾向が見られた。

-1-bに横軸に葉の厚みの物差しとなる比葉面積(SLA,縦軸に単位面積あたりの飽水時の水分量をとってこれらの値を樹種間で比較したものを示す。SLAが大きいほど葉が薄く、飽水時の水分量が少なくなるので、両者の間には負の相関があり、このことから、図の左上に行くほど、厚くて水分量の多い葉を持つことを示す。図-1-bから、ミズナラは乾性種についで、厚く水分量の多い葉を持つと考えられた。

本実験の結果は日本林学会誌84No.42002)に掲載されるので詳しくはそちらを参照にしてください。

実験2 ブナ科植物の生理生態特性の季節変化

 中国東部遼寧省の4つの異なる乾燥傾度〈白石(年降水量 1100mm)、老禿(900mm)、

医巫(600mm)大黒山(<500mm)〉に分布するモンゴリナラと日本のブナ科樹種8種を用いて、生理生態的特性の季節変化を調べた。

 光合成測定装置を用いて、各樹種の暗呼吸速度、光補償点、最大光合成速度、水利用効率を求めた。モンゴリナラでは、降水量の多い地区の白石と老禿は、暗呼吸速度は約1μmolCO2m-2S-1、光補償点は約15μmolm-2S-1の値を示した。一方、降水量の少ない地区の医巫と大黒は、暗呼吸速度は約0.5μmolCO2m-2S-1、光補償点は約10μmolm-2S-1の値を示した。このことから、白石と老禿と比較して医巫と大黒のほうが陰葉型の性質を持つと考えられた。樹種間で比較すると、アベマキが最も陽葉型の性質を示し、ブナ、クリなどが陰葉型の性質を持つと考えられた。最大光合成速度は、モンゴリナラの中では、白石が約9μmolCO2m-2S-1と他の地域よりも大きい傾向が見られた。樹種間で比較すると、クヌギ、ミズナラ、カシワ、アベマキが約10μmolCO2m-2S-1と大きく、ブナが約2μmolCO2m-2S-1と小さい傾向が見られました。水利用効率については、ブナが約1μmolCOm2-1/mmolHOm2-1と低かったが他の樹種は4μmolCOm2-1/mmolHOm2-1程度の値を示し、大きな差は見られなかった。

横軸に葉の厚みの物差しとなる比葉面積(SLA)と単位面積あたりの飽水時の水分量の値を樹種間で比較した。モンゴリナラでは、年間降水量の少ない地区の大黒山および医巫が、降水量の多い地区の白石および老禿よりも厚くて水分量の多い葉を持つ傾向が見られた。樹種間の比較においてもモンゴリナラの大黒山および医巫とクリが厚くて水分量の多い葉を持ち、白石、老禿やコナラが薄くて水分量の少ない葉を持つ傾向が見られた。

 この他にも、葉の水分特性、バイオマスの季節変化を4月から10月まで1ヶ月毎に、各樹種5個体について測定しているがこのデータはまだ検討中である。

 

 

 

付録:P-V曲線の解説

P-V曲線とは、縦軸に葉の水ポテンシャルの逆数、横軸に葉の相対含水率(RWC)をとり作成したグラフである。

【実験方法】
〈実験準備〉実験材料を飽和状態にするため、測定前日に実験材料の枝の先端を採取し、袋にかぶせ完全に光を遮断し一晩吸水させる(一晩吸水させない方がよい場合もある)。

〈測定方法〉

1.葉が2〜3枚ついた枝の先端を10cmに切り、ゴム栓、テープを取りつけ、その生重(W)を量る。
2.試料をプレッシャーチェンバーに入れ、徐々に圧力を加えて切り口から樹液がにじみ出るときの圧力を測定する。この値に負の記号を付けたものが水ポテンシャルに近似するので、この値を用いる。
3.切り口からにじみ出た樹液を脱脂綿に吸いとり、ある程度、樹液が出なくなるまで一定の時間放置する。
4.緩やかに圧力を下げ、直ちに試料の重さ(ゴム栓、テープをつけたまま)を量る。
5.初めに測定した生重と5の試料の重さの関係から測定時の相対含水率を求める。

5の作業を繰り返し、横軸に相対含水率(FWC)、縦軸に水ポテンシャルの逆数のグラフを作成し、直線関係が得られれば測定を終了する。そして、ゴム栓とテープの重さを量り、試料重量(FW)を求める。その後、試料を乾燥機用いて80℃で72時間以上乾燥させ絶乾重量(DW)を求める。
測定時の含水率は便宜上開始時を1(飽和状態)としている相対含水率であるが、真の含水率(RWC)はそれより低い値である可能性が高い。そのため計算により真の含水率を求める必要がある。RWCは測定開始時の試料重量(FW)飽和時の試料重量(
SW)と試料絶乾重量(DW)をもとに次の計算式により求める。

     RWC=(FW‐DW)/(SW_DW)

  飽水状態の試料重量(SW)は、およそ_MPa以上のψwFWの関係から求める。

_Aにこの様子を示す。図_Bにこの作業によって求められるP_V曲線の見方を示す。

また、P_V曲線で求められる各パラメータの説明を以下に示す。

・水分特性のパラメ__の説明

ψwtlp :細胞が初発原形質分離を起こす点の水ポテンシャル。この値が低いほど水ストレスに対する膨圧維持は有利であり、耐乾性が高いとされる。

ψssat :細胞が飽水状態のときの浸透ポテンシャル。この値が低いほど細胞内の溶質濃度が高いことを示し、水ストレスを受けても、膨圧を維持することができ、耐乾性が高いとされる。

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