木霊 (TARUSU)
森林施業研究会ニュ−ズ・レター 
No.22 2004.1.6.
Newsletter of the Forest Management and Research Network


森林施業研究会 第6回現地検討会報告
―スギとヒノキの低コスト間伐と複層林施業、そしてヒノキ天然更新―
                      松浦 崇遠 ・ 高橋 由佳(富山県林業技術センター)

森林施業研究会の第6回現地検討会が、2003年11月4〜6日、愛媛県越智郡・上浮穴郡において開催された。本検討会では、複層林を主題とした施業地の視察と現地討論、および関連する研究課題の発表が行われた。本稿はその概要を報告したものである。
複層林の導入は、森林の形態を永続的に維持できることから、非皆伐施業の優位性が強調されているが、一方では幾つかの問題点が指摘され、本検討会でも議論が重ねられたところである。
一般的に、同樹種による点状複層林は複層化の長所を最も享受できると考えられるが、下木の成長を制御するための上木の密度管理や、上木の伐採に伴う下木の損傷の低減には、高度な技術力が求められる。さらに、集約的な管理に見合った経済性を確保するためには、生産性に優れた樹種とその適地、作業効率の高い地形を選択する必要があり、複層林施業の汎用性は必ずしも高いとはいえない。
林分全体を長期的に捉えると、蓄積量は複層林より一斉林の方が大きいと考えられる。また、皆伐施業による森林の造成は、作業の効率や平易さの点ではるかに優れている。一方、天然林へと誘導すれば、樹種や樹齢の多様化によって複雑な林分構造が成立しうることから、公益的機能は向上すると考えられる。天然林は広義の複層林と見なされるが、もっとも、これを人工的に管理するのは至難の業である。それならば、経済性と公益性の狭間にあって、複層林施業の位置付けはどのようになされるべきなのであろうか。
複層林の特性を踏まえながら、現地を実際に見分することには重要な意義がある。このような観点から、今回の現地検討会は、非常に価値のある内容であった。第一に、一般的な二段林を対象として、複層化の大きな課題といえる、樹冠下の光環境と下木の成長との関連性を明らかにした。第二に、林業経営者の卓越した技術を背景とした複層林の究極的な形態を示した。第三には、天然更新を利用した複層化の道筋を示し、従来の人工林造成との融合を図った。こうして、複層林施業の在り方を、これら三者三様の形態から概観することができた。
我が国のように気候的・地形的に複雑な環境において、森林を画一的に管理することは困難であり、複層林施業もまた管理方法の一つとして、立地条件に応じた取り扱いをすることが望ましい。複層林施業の研究者が「森林に広く適用することは難しいが、複層林の導入が適正であれば、それが全体の数%でも実施する意味がある」といみじくも表現したように、多様な森林管理の在り方が許容されるべきであり、あるいは複層林施業に求められる高度な技術力は、その他の管理方法にも応用できるのではないかと期待された。

現地検討会
1 ヒノキ―ヒノキ複層林試験地(越智郡玉川町)
視察した3箇所の複層林試験地は、上層木が73年生ないしは90年生、下層木が16・17年生のヒノキの二段林である(写真―1)。下木の植栽時における上木の密度は、試験地によって230〜450本/haとばらつきがあり、その後の林冠の閉鎖状況も異なっていた。開空度が10%を下回った試験地の下層木は、樹高・直径成長ともに明らかに劣っており、光環境の管理の重要性があらためて感じられた。
また、傾斜が26°に及ぶ試験地では、伐採・搬出の作業が困難であることがうかがわれ、複層林施業が成立しうる地形的な要因についても問題が提起された。


写真―1 上木ヒノキ―下木ヒノキの二段林(越智郡玉川町)
現地は下木の成長が比較的良好な林分であり、上木の樹高は
約22m(72年生時)、下木は約6m(16年生時)であった。


2 スギ―スギ複層林試験地(上浮穴郡久万町)
同町の岡 信一氏が所有するスギやヒノキの複層林を視察した(写真―2)。スギの多段林は四層に分かれ、最上段には吉野スギが、二段目には魚梁瀬スギや山武スギが、三段目には北山スギが、そして最下段には氏自身が選抜した天然絞の系統が植栽されており、約80年生の大木から苗木まで空間的にバランスよく配置されている様子は見事であった。


写真―2 スギとヒノキの多段林
(浮穴郡久万町)


このような複層林は、林地を最大限に利用するため、間伐の跡地に苗木を植栽してきた結果であること、施業は非常に集約的で大変であることが述べられた。
林内には幅員1.5mの作業道を300〜400m/haの密度で敷設しているとのことであり、複層林施業には高密度路網の整備が不可欠であると思われた。
スギの複層林は前述のように様々な品種から構成され、時勢に応じて品種を選択してきたことがわかる。また、林内にはクリやケヤキのような有用広葉樹も残されていた。
氏の解説から、複層林の維持には高度な技術力が求められることがうかがえた。しかしながら、林業経営上の一番の課題は需要の開発であると指摘された。

3 ヒノキ林天然更新試験地(上浮穴郡久万町)
約70年生のヒノキ人工林において、天然下種更新が盛んに起きている場所を視察した(写真―3・写真―4)。


写真―3 天然更新したヒノキの密生地
(浮穴郡久万町)


写真―4 林縁部における天然更新の状況(浮穴郡久万町)
更新木の樹齢は10〜15年生であり、36,000〜55,000本/haの
高密度で分布している。

興味深かったのは、傾斜によって更新木の本数密度や胸高断面積が明らかに異なっており、斜面頂部・下部の平坦地には多数の更新木が認められたが、山腹の傾斜地にはあまり見られなかったことである。平坦地では基岩までの土壌の深さが傾斜地より深く、土壌が安定していることが、稚樹の定着を促す要因であるとの解説があった。また、林内の光環境の変化と林床植生の推移から、稚樹の更新と定着の条件は異なっていたと推定され、このような更新のメカニズムを解明することは今後の課題であると思われた。
試験地のように多数の稚樹が発生し、他の低草木よりも優勢に成長している事例は初めて見たが、下木の形質にはばらつきが認められた。用材に供するためには、更新木の密度や光環境の管理を通して、人間の手を加えることが不可欠だと感じられた。

4 ヒノキ林群状択伐試験地(上浮穴郡久万町)
伐採・搬出作業の生産性や安全性を比較するために、群状択伐区・単木伐採区・無間伐区の3種類のプロットが設定されていた。また、省力化に寄与する更新方法を検討するために、植栽と天然更新、ヒノキを含めた下層植生の保残や刈り払いなど、異なる条件下での比較が行われていた。
現在は伐採・搬出までが終了した段階であり、更新方法に関する調査はまだこれからであった。択伐区は単木伐採区よりも生産性が高い結果となったが、地温・土壌水分などの環境の変化や林縁木への気象害の発生といった懸念材料もあり、択伐区の適正な大きさを明らかにするには、さらに継続した調査が必要であるとの解説があった。

5 林業担い手会社「いぶき」
ふるさと創生1億円事業によって設立された第3セクターの会社であり、社員数は約50名である。素材生産のみを取り扱っており、顧客の主力は一般林家であるが、現在は治山事業における本数調整伐などが売り上げの半分を占めている。作業システムの簡素化を図り、独自の小型グラップルと林内作業車、枝払い用のプロセッサを駆使して3?/人の生産性を上げているが、材価の低迷から、ヒノキでは価格の6割、スギでは価格の9割が経費に相当するとのことであった。
厳しい労働環境や林業の担い手不足など、現場からの声には重みがあり、我々の今後の責任を痛感した。

6 マルチキャビティコンテナ苗育苗施設および植栽試験地(愛媛県林業技術センター)
愛媛県林業技術センター内での育苗、および植栽試験の実施状況を視察した。苗木は、側面や底面に孔隙を設けた容器とともに、空中に浮かせた状態にして育成される。根は容器の外に伸びて空気に触れた時点で枯れるため、根の変形が起こりにくく、細根の発生が促される利点がある。容器の内側には細根がよく発達している様子がうかがえた。一方、特殊な育成方法から、苗木のT/R比は20にも達するということであり、このような形質が植栽後の成長に影響しないかどうか興味を覚えた。施設内ではカツラ・ケヤキ・コナラ・アオダモ・トチノキなどの様々な樹種が育成されており、苗木生産の安定化と省力化に期待が持たれる試みであると感じた。
植栽試験地での苗木の成長は、見たところ問題はなさそうであった。現地を富山県のような環境と比較すると、天然更新が容易な有用広葉樹は少ないことから、植栽による更新はより重要な位置を占めるであろうと予想された。

セミナー
1 愛媛県の複層林施業について:中岡圭一(愛媛県林業技術センター)
スギ・ヒノキ複層林の上下木の成長と林内の光環境との関係について報告があり(現地検討会―1を参照)、上木の間伐後に下木の年成長量が最大となるのは伐採から約3年後であることが示された。また、林床植生まで含めた森林の評価では、上木のみならず下木の密度管理も必要であると指摘した。
2 複層林施業について:酒井 武(森林総合研究所四国支所)
スギの多段林を長期にわたって調査した事例が報告された(現地検討会―2を参照)。多段林の下層は上層や中層との競合にさらされ、上木の間伐による効果が現れにくい。このような林分では、択伐を繰り返し行うことによって、下木の成長が可能な光環境を維持する必要があると指摘した。
3 ヒノキ天然更新について:豊田信行(愛媛県林業技術センター)
ヒノキ林の天然更新について解説があった(現地検討会―3を参照)。更新木の本数密度は、斜面の傾斜や土壌の深さなどの立地環境によって異なっていた。天然更新を利用するには、能動的かつ画一的に稚樹の発生を促すのではなく、稚樹が既に定着している場所を選んで、これらを刈り払わずに、光環境の改善を行いながら成長させることが現実的であると指摘した。
4 群状択伐集材試験について:谷山 徹(愛媛県林業技術センター)
群状択伐と単木伐採における、作業の生産性(作業人員・日数当たりの処理材積)を比較した(現地検討会―4を参照)。生産性と経費との間には強い相関関係が認められた。搬出作業の生産性は、群状択伐の方が約1.3倍高い結果となった。
5 マルチキャビテーションコンテナ苗育苗について:柚村誠二(愛媛県林業技術センター)
マルチキャビティコンテナ苗の育成試験について報告があった(現地検討会―6を参照)。苗木の成長と、容器のサイズ、培地や潅水量との関係を調査した結果、コンテナの容量は大きい方がよかったが、培地や潅水量による違いは明確ではなかった。林地に植栽した後の苗木の成長については調査中とのことだったが、今後の経過が期待され興味深く感じた。
6 皆伐跡地の植生回復:酒井 敦(森林総合研究所四国支所)
再造林が行われなかった皆伐跡地の回復状態を示した。更新が認められた高木性樹種の中では、カシ・シイが低標高地を中心に最も多く、稚樹の約80%を占めていた。一方、高標高地でのモミ・ツガの更新は困難であり、シカやカモシカの食害によって草地化する可能性が高いと判断された。
7 デジタル全天空写真による林内光環境の推定方法:井上昭夫(鳥取大学農学部)
画像の撮影に関する諸条件や、開空部を抽出するための二値化の方法が、光環境の推定値に与える影響について報告があった。画質・画像サイズの違いによる推定値の誤差は認められなかった。
8 複相林施業法の提唱:渡邊定元(立正大学地球環境学部)
非皆伐による森林の持続的経営を図るにあたり、高蓄積・高成長量・高収益・多目的利用・生物多様性が重要な点であると述べた。経済性に関する項目と生物多様性を両立する方策として、施業の形態ごとにまとめた施業団を設定し、森林をモザイク的に管理することの有効性を提唱した。

本検討会では、現地やセミナーの会場、懇親会の席において活発な議論が行われ(写真―5)、参加者の間で交流を図ることができたという点からも、意義の大きなものであった。


写真―5 ヒノキの複層林内で行われた現地検討会の風景


最後に、本検討会の開催にあたり、愛媛県林業技術センターの諸氏には、現地の案内や研究事例の紹介、会場の設営など、多岐にわたり御尽力いただいた。また、久万町の篤林家である岡氏、林業担い手会社「いぶき」の白川氏には、現場に即した多くの貴重な御意見をうかがった。この場を借りて厚く御礼申し上げる。

参考文献
藤森隆郎 編(1992)複層林マニュアル―施業と経営.全国林業改良普及協会:119pp.
中岡圭一・豊田信行・金本知久(2001)スギ・ヒノキ複層林造成後の成長と光環境.愛媛県林試研報 21:1-9
田村 淳・長池卓男(2001)複層林の可能性と問題点を探る―第5回「森林施業研究会シンポジウム」報告.森林科学 31:56-58



愛媛合宿への意見と感想

森林施業研究会愛媛合宿に参加して
                         澤田智志(秋田県林業センター)
 今回の現地検討会は愛媛県で開催された、まずをもって開催の準備をされた愛媛県林試の皆様および現地でご説明いただいた関係団体の皆様には本当にお世話になり、御礼を申し上げたい。
 日本の林業ではこれまで3大美林という言葉が大きな存在を持ち、私自身も秋田スギという天然林を1つの目標として仕事をしてきたような感じがする。しかしながら3大美林に頼るような施業はいわば資源搾取型の林業であり、いずれは資源が枯渇して持続的な生産が不可能になる危険性を持っている。では、持続的な施業を行っているのはどこかと言えば、中小径木に付加価値を付ける努力を行いながら山を守ってきた民有林を主体とする有名林業地がそれにあたると考えられる。
 愛媛合宿のテーマは複層林施業だったが、施業研究会で複層林を採り上げると、今度は現地で複層林の批判をしようとしているのでは?・・・と心配されるかもしれないが、決してそんなことはないと思う。現実に複層林施業は各地で導入されているものの、研究者の間でも単純な複層林ほど管理が難しいといわれており、このことに対する解決策を現地で探ろうとしたのが今回の現地検討会だったような気がする。愛媛の久万林業と言えば岡氏の多段林が有名であり、私も5年ほど前の林学会の時のエクスカーションで現地を見せていただいたことがある。その時を思い出しながら岡氏の森林を再び訪問する機会に恵まれた。印象に残ったのは森林にとにかく手を加えなければ岡氏のような森林を維持するのは不可能なこと、山だけではなく農山村地域全体の振興を考える必要があることなど、今後の展望が見えない問題を提示されたような気がした。この地域は岡氏の施業を目の当たりに見ているだけあって、近隣の森林組合関係者も複層林の難しさを自覚し、岡氏の林を参考にして山を見ているようだった。複層林に関しては合宿の最後で、渡邊代表から複層林から「複相林」への転換という提言が行われた。渡邊代表の理論のおおよそのイメージは理解できたが、その具体的な施業指針をどう作っていくのか期待したい。
 岡氏の施業は枝打ちを徹底的に行うのも特徴のようだが、私も秋田スギの原木市場を調査して、いかに節のない面を作るかが大切であるかを痛感している、幸い丸太価格が下落している中でも岡氏のスギは健闘しているようなので、枝打ちを含めた山へ手を加えることの重要性を今後とも訴えて行くつもりである。
 もう1つ今回の現地検討会で私が注目したのは、天然更新に関する議論が始まったことである。背景は再造林放棄という問題が深刻化してきているところにあると思われる。現地検討会ではヒノキの天然更新試験地を視察したが、現場の作業員の作業効率を優先するあまりに間伐の際に低木のヒノキが刈り取られる状況を見て愕然とした。ただこのような現象は決してここだけにあるわけではなく、秋田でもスギの天然更新は死語と化し、価値のある有用広葉樹が除伐されていることなどは同じ状況と言える。いくら天然更新している林分でも、全てを天然で更新させることは難しい状況にあり、人工植栽と組み合わせた施業の必要性が感じられた。いずれにしても、集約的な森林管理の時代は去り、より合自然的な施業が求められる時代が到来しているという印象を受ける現地検討会だった。

愛媛合宿参加の感想
                         崎尾均(埼玉県農林総合研究センター森林研究所)
 森林施業研究会の合宿は昨年のつくば合宿に引き続いて2回目です。つくば合宿の苦行の経験から、またこのあと広島で渓畔林研究会が続いて開催されるため、体調には万全を期し参加しました。名だたる久万林業地を見ることができるということで高鳴る胸の鼓動を抑えながら。
 1日目のヒノキーヒノキ複層林試験地2日目のスギースギ複層林試験地、ヒノキ天然更新試験地、ヒノキ群状択伐試験地を訪れて、強く感じたことがあります。いわゆる「複層林」施業はよほどの施業技術と森林を我が子のように慈しみ毎日現場を見て回るようなきめ細かさがなければ不可能であると。久万林業地ですら「複層林」の間伐の時期が遅れて下木の生長が著しく今後の成林が危ぶまれている林分があります。まして、公社等が事業ベースで行っている拡大造林地において「複層林」施業がうまくいくとは思えません。
それでは、どのようにすれば「複層林」がうまくいくか。2日目の岡信一氏のスギースギ「複相林」はそのヒントを与えてくれました。上層木は天を見上げるような立派な吉野系の実生で120年生であり、下木はヤナセ・サンブ・シバハラ・天しぼなど様々な品種のスギが導入されており、階層は5層ぐらいになっていました。ここでは、択伐跡に植栽を繰り返すことによって結果として「複相林」が形成されていることがはっきり見て取れました。そのあと群状択伐の試験地を見ましたが、単木択伐に比較して、1.3倍の生産性が得られるということでした。
 施業研究会代表の渡邊定元先生が最後のまとめとして、「複層林」から「複相林」施業へということを提唱されていました。今後の森林施業は、群状択伐による森林の「複相林」化、つまり、森林の異齢モザイク化に向かうような気がしました。このような森林施業は生物多様性の維持にも大きな効果を発揮すると思います。
今回の合宿は夜もそれほど遅くなくスケジュール的には苦行と言うほどではありませんでしたが、3日目は広島へ向かうため、朝5時からタクシーをとばすなど、結果としてはハードスケジュールでした。
最後に、合宿を企画・実行して頂いた石川様、豊田様をはじめとする愛媛県林業技術センターの皆様に感謝いたします。


函館から愛媛合宿に参加して
                        高橋武夫(北海道森林管理局函館分局)
I 渡島半島の国有林の様子を述べます。
 【複層林施業を行う人工林】: 森林計画では人工林の1/3の面積が複層林施業に取組むこととなっている。複層林施業を行う個所は、ほとんどが施業方法を制限している領域である。例えば、国有林の機能類型区分の「国土保全タイプ」に区画された場所等、多くは森林の公益的機能発揮の観点から施業方法が皆伐原則禁止の個所であって、その複層林施業の区域は自然的、経済的要因からではない。施策的要因といえようか。
 【複層林施業等の歴史】: 1945年以前(戦前)においては、「上木広葉樹・下木ヒバ」の樹下植栽によるヒバ人工林がおおいに実施されていた。1965年頃には、広葉樹疎林へスギ・トゾマツの樹下植栽による人工林造成が実験的に行われた。1982年頃から現在の複層林施業の取り組みが始まり今に続いている。その樹種構成はスギースギ、トドマツースギ、トドマツートドマツ、カラマツースギ、カラマツートドマツで、面積はほぼ700ha程度である。
【複層林施業の結果】: 1: 戦前のヒバの樹下植栽個所については、渡島半島の天然林の山を歩いていると、その痕跡に突然遭遇することがある。広葉樹林の中に植栽したヒバが1〜3m程度の高さで生きているのである。こんな個所も少なくない。樹下植栽は、ヒバ人工林造成には欠かすことができない手段であるけれども、その後の上木の管理が適切に継続されないと、ヒバといえども人工林として成林させることは難しいのでる。 2: 1965年前後の樹下植栽の実験個所から学ぶべき成果が無く、その造林方法の実験は短期間で終了した。 3: 1982年以降の今に続く複層林造成については、下木植栽後の上木の密度の管理が思わしくなく光不足で下木の健全性が失われ、「管理が悪い」の一言で処理される個所が多く見られる。方法も手段も異なるが、これらの森林の来歴から言えることは、複層林施業については「集約的森林管理」や「連年継続的森林管理」が表裏一体のものであり、「粗放的」、「画一的」森林管理にはほとんどなじまないのであろうと思われる。
 【結果への対応】: 集約的、継続的森林管理が管理経営上かなり困難であるとすれば、これまで培った人工林施業から学ぶしかない。だとすれば、複層林の伐採面を樹高の2倍程度に広げれば、光の量においても伐採技術においてもこれまでの人工林施業の技術・手段をおおいに生かせるであろうと考えられた。樹高の2倍程度としたのは、ひとつには皆伐にならない程度に伐採面をできるだけ広げることと、ひとつには森林の公益的はたらきの発揮に支障のない程度に伐採面を押さえることからの折り合いである。(小面積皆伐と複層伐の定義の問題は残るが。)
 【渡島半島の事情1】: 1: 森林の公益的はたらき、特に水土保全機能の持続的管理は、第一義的に森林の堆積腐植が重要であって、その存在にこそ水土保全のはたらきがあると考えられる。渡島半島の人工林の堆積腐植(L層、F層、H層)は、厚さにおいてもかなり安定的に存在している。この地域の堆積腐植層は、少々のことでは失うことなく壊れにくい。 2: 安定した堆積腐植層の地域における森林の水土保全機能の高低は、伐採した場合に風による地表面からの蒸散が大きな要因になると考えられる。耕地における防風林の風下側に樹高の20倍程度の防風効果はあり、風力が半減する距離は樹高の2倍程度と考えられている。森林の中においては、樹高の2倍程度の森林の開放面への風力はかなり押さえられ、堆積腐植層の乾燥や森林からの蒸散量の増加への影響もかなり押さえられるであろう。加えてここ渡島半島は寒冷多雪地帯である。
 【渡島半島の事情2】: 森林の水土保全機能の発揮は、箇々の小班単位で発揮させるものや、林班(小流域)単位で発揮されるものもあるだろう。この両面からの戦略がとても大切になる。幸い、渡島半島は地形錯綜している。目的意識的ではないにしても、現状を小流域単位で見ると、5ヘクタール程度の面で多様な施業方法、多様な森林が存在し、林相等が自ずとモザイク的な配置になっている。従来行われていた地形ごとの施業方法の区分を、小流域ごとに求められる森林の各はたらき(機能)を目的意識化することが、箇々の小班の複層林化による公益的機能を高める努力の前に、大事なことだと私は考えている。小班単位の複層林施業は、その森林施業のひとつのパーツとしての意味はあるだろうけれども。
II 愛媛合宿に参加して
 【愛媛で見たかったこと】: 林野庁は、日本の人工林の森林管理の重要な柱として水土保全機能を高めるために複層林施業を進める方向にある。しかし、北海道(寒冷多雪地帯、発達した下層植生、厚い堆積腐植)に住んでいて、この政策を現場に照らして考えるとき、堆積腐植が損なわれない限り単層林施業であっても水土保全機能はそんなに低下しないのではないかと思う。現場で複層林施業を実行するとき、常に疑念としても次の点の解明が待たれるのである。一つ、人工林の複層林施業はおおくの努力に照らして、はたして予定した公益的機能の高まりが期待できるか。一つ、人工林の単層林施業は、水土保全のはたらきを本当に低下させているのか。この問題、表日本(冬乾燥、温暖気候、貧弱な堆積腐植)の現場では、北海道とは事情は異なるものがきっと見られるであろう。複層林施業は経済合理性においても、森林の合理的管理においても、人工林施業の先進地愛媛では、その有効性や単層林の弊害を実感できるものがあるかもしれない。そんな期待があった。もう一つは四国の石鎚山の山地帯、亜高山帯の森林を訪ねたいことから、自由闊達な研究会の論議の魅力も手伝って愛媛合宿に参加した。
 【見たこと感じたこと】: 行けども、行けども人工林が続いている。歩行も難儀な急斜面に人工林が立派に管理されている。すぐれた人工林の出来ばえに、思いがけないすばらしい人工林の風景に接して、私は驚嘆させられた。ここまでにいたる長い間の現場の人々の努力にただただ圧倒された。高度に人工林化された流域を見せていただいた。優れた木材資源の地域としてここが大事にされなければならないと強く思った。愛媛で見たかったこと、単層林が連続する弊害、なんにも見えてこなかった。(チョット見では森は教えてくれないのかな。)労働力の極端な不足や経営上の抱えた困難な問題等も話されたが、優れた人工林地域の林を、法正林としてもこれを回転させる施策に全力で取り組まれることを私は願った。
論議された中に「複層林から複相林へ」の提案があったが、「複相林」とは小流域に各林相をモザイク的に配置する考え方のようである。「複相林」がそうだとすると、従来からの森林施業「地形、土壌、植生」に対応した方法から「複相林」を展望できそうだ。斜面(土地生産力等)に合わせた施業区分である。小流域毎に求められる森林の持つ公益的な働きを目的意識化し、従来の「地形、土壌、植生」からの立地区分を発展させる方向である。愛媛合宿のテーマであった複層林施業はそのひとつのパーツではあるが、従来からの森林施業(天然林施業・人工林施業)をおおいに発展させる方向に「複相林」が想定された。この論議はうれしかった。

複層林の現場から複層林を再考して
                         光田 靖(宮崎大学農学部)
数年前の林学会でのシンポジウム以来、「やはり複層林は無理である」という自分なりの結論をひっくり返されたような現地見学で、非常に感銘を受けました。久万町の岡さんの複層林や、玉川町複層林試験地、久万町ヒノキ天然更新試験地など、まさに複層林のお手本と言うべき林を目の当たりにして、その見事さに思わず唸ってしまいました。
その中で感じたことは、複層林施業を行うには林分、立地条件を整えることが必然であるということです。複層にもっていく時期を間違えるとその後のリカバーは難しく、その時期を見極めることが肝要であると思われます。また、複層林施業は集約的な労働力の投入を必要とする場面があり、そもそもそれに適した立地条件にあるのかといった判断も必要であるでしょう。また、ヒノキ天然更新試験地でみたような自然立地条件も考慮しなくてはならないでしょう。今回見せていただいた複層林は、「諸条件が整うとこのような立派な複層林が出来るのだ」という見本として捉えるべきではないでしょうか。大面積皆伐への反省をその出自のいったんとして持つ複層林施業ですが、政策的圧力で不用意に広め、どのような林に対しても適用しようとしてしまうことは山を悪くすることに他ならないと思います。
加えて点状複層林の技術的困難さを考慮すると、帯状や群状複層林、さらには伐採面を分散させた小面積皆伐といった複「相」林施業という考え方が重要になってくるのではないでしょうか。育林にかける事の出来るコストが著しく制限される現状では、必要とする技術レベルを考慮に入れた上で、複「相」林施業の方が実現可能な選択肢として捉えられるのではないかと思います。このような観点に立った政策的技術体系およびその普及体制の見直しが必要ではないでしょうか。また、研究サイドとしてこの複「相」林施業についての技術論を論理的かつ実証的に高めていく必要を改めて痛感したしだいです。
最後になりましたが、いろいろとお世話いただいた愛媛県林業技術センターの皆様へ、この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。

林業経営知識の無さを思い知る
                         酒井 武(森林総合研究所四国支所) 
愛媛合宿からひと月あまりが経過してしまいました。一番の心に残る印象は、宿泊所ふるさと旅行村の闇でした。本来の夜を感じることができました。それはさておき・・・。
複層林の事例を2,3報告させていただきましたが、上木の密度管理の難しさばかり強調し、これという決め手を出せないでいる自分を反省しております。加えて、これまで自分が研究を進めてきた中で、経営的視点を軽んじてきたことを実感しました。
素材生産サービス業の第三セクターいぶきで聞かせてもらった労務管理、素材生産現場の話や渡辺先生の実際に経営を行う立場からの数多くのコメントから、自分の林業経営知識の無さを思い知りました。
森林施業研究会の現地検討会には初めて参加しましたが私にとって大変、有益でした。現在、複層林施業に関して取りまとめ中です。今回、聞かせて頂いたことを取り入れて良いものができるよう努力していきます。
お世話して下さった世話役の方々、愛媛県の方々ありがとうございました。


<編集後記>
「日本林学会」の改称が提案され、投票が行われた。結果はどうあれ、「林学」が今や死語と化しつつあることを強く印象付ける。「林学には学問としての体系が無く、時代遅れ!」との強気の意見も聞くが、「林学」が「森林科学」と名前を変えようとも、中身が変わり充実するとも思えない。確かに「林学」という中で、取り扱われる学問領域は広く、一歩間違えば何でもありのオモチャ箱と言えなくも無い。しかし、森林を適正に経営・管理するための学問であれば、自然科学から社会科学までの幅広い学問的知見の集積とその総合化が求められよう。それが「林学」であり、林学の魅力でもある。学問的深化のみを追及するのであれば、「林学」は分裂・解体し、裸の研究者だけが、巷に溢れる。研究者諸氏には、それらを恐れて、対象とする森林・林業を学問の隠れ蓑(言い訳)にしてもらいたくない。これまでの「林学」は、ドラエモンのポケット的存在(ものは出てくるが、使い方を誤る)であったように思う。で、これからの「森林科学」は何でもありの「ビックリ箱」か?!(狢)


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