木霊 (TARUSU)
森林施業研究会ニュ−ズ・レター 
No.28 2005.05.11.
Newsletter of the Forest Management and Research Network


林学の消滅を乗り越えて
第10回森林施業研究会シンポジウム「森林の保続−資源・機能・技術そして人−」の報告


                              中川昌彦(北海道立林業試験場)

  第116回日本森林学会全国大会の分科会として第10回森林施業研究会シンポジウムが「森林の保続−資源・機能・技術そして人」と題して札幌市の北海道大学で2005年3月30日に開催され、様々な職場や団体から約120名の参加がありました。簡単に報告します。

写真1:保続問題にあつい論議

I 森林の保続とは何か

  最初に代表の鈴木和次郎氏(森林総合研究所)が、森林の保続について、その条件は、成熟した森林資源、保続を可能にする経営システム、保続のための技術及び保続を行う技術者・労務者であると紹介し、4人の話題提供者を紹介しました。

II 森林資源の保続−北海道天然林を例として−

  森林総合研究所北海道支所の石橋聡氏に、長年の北海道の天然林における研究から森林資源の保続について話題を提供していただきました。
  石橋氏は、一律な収穫量の決定方法、選木の問題(良木選伐)、ササの密生、伐倒集材時の損傷木の発生、更新補助作業が不十分なこと、風倒時の木材の増産などから、北海道の天然林は量的質的に悪化して保続経営は不可能となり、資源の収奪を終えた現在、木材生産を行うことはほぼ不可能となっていると紹介しました。石橋氏は、今後北海道の天然林における森林経営の保続のためには、収穫量の一律決定は排除し実測に基づいて決定すること、更新が不良な林分における更新技術の開発及び理念と科学的根拠に基づき政治経済に左右されない政策判断が必要であると結論付けました。
 会場からは、国有林の天然林施業についてこれほど体系立ててかつ冷静に分析した報告はめずらしく、たいへん貴重な報告であったとの感想がよせられました。

III 機能の保続

  北海道大学の中村太士氏には、森林の機能の保続について話題提供をしていただきました。
  中村氏は、森林の機能とは、失って初めて気づくものであり、森林施業によって森林の機能を上昇させることはほとんどできず、むしろ低下させていることが多いので、森林施業は生態系を完全に壊さない程度にとどめる必要があると紹介しました。森林の機能を保続させるためには、流域単位で森林の配置の理論が必要であり、渓畔林や平地の原生的な広葉樹林など人の手を加えると機能を保続することが困難となるような森林については、流域単位や道全体で保護区を設定するなど土地利用の戦略が必要であると述べました。森林の機能の保続についてまとめると、機能は失って初めて気づくという認識が必要であること、森林の機能を低下させない範囲で社会経済活動をする必要があること、自然林は手を加えずに自然の推移にまかせることで最高の機能を持っていると認識する必要があること、樹木は再生できるが土壌の再生には数千年かかるので土壌を保全する必要があることの4点があげられると結論づけました。

]IV 大学演習林における技術の保続・継承

  東京大学北海道演習林の酒井秀夫氏には、大学演習林における技術の保続・継承と題して話題提供をしていただきました。
  酒井氏は、北海道演習林で行われている林分施業法という天然林施業について、天然更新が可能なところは択伐林分とし、10〜20年の回帰年、伐採率15〜17%の択伐を、後継木がないところは補植林分に区分し、伐採率30%の群状択伐と補植を、形質不良木がほとんどを占める林分は皆伐林分とし、わずかにある優良広葉樹は残すが他の形質不良木は皆伐していると紹介しました。また、更新問題に対処するための取り組みとしてエゾマツ、トドマツ、アカエゾマツなどを演習林の母樹から採種して育苗していること、地かきの後ブルドーザーで溝やマウンドなどの微地形をつくるとトドマツ、ウダイカンバ、エゾマツ、ダケカンバなどがマウンド部分に更新することを紹介しました。そして、森林の保続のためには調査に基づく施業が不可欠であり、資源調査に大半の労力を割いているが、職員数が減少する中で調査の省力化と精度の向上が課題となっていると述べました。

V 国有林現場における技術の保続・継承

  NPO「もりのつち」の高橋武夫氏には、道南の国有林における長年の天然林施業の経験から、国有林現場における技術の保続・継承について話題提供をしていただきました。
  高橋氏は現場のようすについて、森林調査簿の更新や伐採や造林の事業に携わる中で、林業、森林施業の技術、森林の見方・考え方、森での生活技術などを身につけていくことができたが、最近の事業量の減少や業務の外部委託により全てを体験することはできなくなってきたこと、また現地調査の実行が困難となり、個々の現地や現場には必ずしも最適ではない方針の一律適用や他分野での方針の盲目的な追従となってきていることが危惧されると紹介しました。そして、森林施業の技術が育ちそして伝えられていくためには、現場での想像力を育て、また技術が欲しくなる人や欲しくなる状況をつくることが必要であり、そのためには、森林調査を委託せずに自らやれる体制を整えること、計画や手引きの策定は現場で行うこと、現場での試験を継続し記録保存して活用していくこと、研究者と現場の対話形式の情報交換を行うことが必要であると結論付けました。

VI 総合討論

  4人の方々による話題提供の後、総合討論が行われました。
  北海道における天然林施業の方針としては、収奪により木材生産を行うことができなくなったところがほとんどであるが、森林の保続を前提とした天然林施業が可能な森林や、そのような森林に戻せるところもあるのではないかという質問がありました。これに対して石橋聡氏は、全体の2〜3割では持続可能な森林経営が可能と思われ、また保続が破綻したところでも適切な森林管理を行っていけばいつかは再び木材生産を行うことができるようになる森林が多数あるので森林の再生に取り組む必要があると、中村太士氏は、地域によって樹種構成や成長量には大きな違いがあり、それをもとに地域森林計画などのマスタープランにおいて、森林経営を行う林分と保護区とに区分する必要があると、酒井秀夫氏は、貴重な自然が残っているところは制限林として施業を行わないようにしており、施業を行っている林分でも林況調査をして森林の保続を行っているが、調査労務の簡素化が課題であると、高橋武夫氏は、過去には保続的な施業が不可能であるために現場の判断で禁伐としていたところでも、法的な保護区となっていなかったため、その後施業が行われるようになってしまった林分があると回答しました。また、会場からは、国有林では森林の保続の単位が大きくなっておりそれに基づいて小班単位で伐採量の指示があること、同じ道内で同じ施業を行ってもその後の森林の遷移は地域によって大きく異なるため地域ごとに森林の取扱い方法を考える必要があることなどの発言がありました。
  森林の機能の保続について会場から、スギを伐採したあとの放置林分が増えており斜面の崩壊や土砂流出が危惧されるがどのように対処すればいいかとの質問がありました。これに対し中村太士氏は、急勾配のところでは皆伐を避け、谷間などは伐採しないなどの地帯区分が必要であると回答しましたが、一方で会場からは、民有林では土地の所有者の意向により、渓畔林や河畔林でも必ずしも禁伐にはできないとの情報がよせられました。
  森林施業研究会顧問の渡辺定元氏は、森林の機能については技術的な対応が可能であり、原生林よりも択伐林でクマゲラの生息数が多くなるなど人間の活動によって森林の機能の維持・向上につながっている場合があると発言しました。中村太士氏は、1つの機能だけに特化せず森林の全体の機能を維持するために、原生的な森林を手本にした管理が必要であると回答しましたが、人間によって管理されている二次林に依存している希少種が多い例などがあり、森林施業を行うことによって失われてしまう機能を持っている原生林や河畔林など特定のところだけを保護区として設定するべきであり、それ以外のところでは森林施業を行っている中で森林の機能を保続することが可能であるとの意見も出され、活発な議論が展開されましたが、結論には至りませんでした。
  総合的な意見として、現在の森林管理は保全機能だけの保続が目的となっているが、木材生産機能をどうやって保続するかもとても重要であるとの発言が会場からありました。
  長年現場を経験してきた高橋氏は、研究者の姿が現場から消え、研究者と連携が少ないことも森林の保続の上で問題であること、その解決方法として、研究者は現場の相談相手となり対話という形で語れる機会が必要であるとお話されましたが、これこそ森林施業研究会の目指す姿であり、深い共感を覚えました。今回の話題の中から研究者の方々が、保続を前提とした森林の再生のためにどのような研究が必要とされるのかのヒントを見つけていただき、いずれ研究成果を現場にお返ししていただければ幸いです。

写真2:会場に溢れる参加者120名余

<参加者の意見・感想>

森林資源と林業技術の保続

                              高橋まゆみ(北海道大学農学研究科 博士課程一年)
  「森林の保続」というテーマに惹かれ、第10回森林施業研究会に参加させて頂きました。私は森林生態学、特に渓畔林の生態と流域の管理について研究を行っていますが、森林学会、森林施業研究会ともに今回が初めての参加でした。森林学会では流域管理や自然再生について各研究発表を聞き、学会最終日の森林施業研究会で林業の現場のお話をお聞きすることが出来たのは大変有意義でした。
  参加する前は、研究会も10回目となると参加者のレベルも年々上がり、初参加の私がついて行くのでは大変なのではないかと思っていましたが、最初に石橋聡さんが保続性の原則や択伐、整理伐について説明をして下さり、森林施業に関する知識の少ない私にとってはその後の議論を聞く上で非常に助かりました。高橋武夫さんの講演での国有林技術者が技術を身につける機会が少なくなっているというお話はショックでしたが、最近読んだ本の中でも同様に「多様な樹木の生態と環境条件との関わりを豊富な経験を通じて知っている技術者の減少が少なくなっているのは大きな問題ではないか」(中静2004:森のスケッチ 東海大学出版会)と指摘されており、日本の森林資源を保続するためには林業技術を継承するための体制を維持することも大切だと感じました。高橋さんの講演は、どうして技術を習得する機会が減ったのか(調査事業のコンサルへの委託、研究者との提携の減少、試験地などの解除など)、技術継承のために何が必要か(森林調査に参加する、森林施業の計画に責任を持つなど)について具体的な例を挙げて説明してくださり、単に危機意識をもつだけではなく、これから何が出来るのかを考える事が出来ました。
  大学院生の私にとってはこれから林業技術者、研究者の方々に教えて頂くことが多いと思いますが、森林施業研究会という交流、勉強の場があることは大変恵まれています。これからも参加させて頂き、自分の研究成果を実践でどう生かすことが出来るのかを考えていきたいと思っています。

いかに現場と情報を共有するか?

                              水田展洋(宮城県林業試験場)
  「森林の保続」というテーマに興味が惹かれ、初めて参加させていただきました。たいしたことは述べられませんが、自分の思うところを書いてみたいと思います。
  今回は、森林資源の保続、森林機能の保続、森林技術の保続という3つの切り口で4人の方々から話題提供がありました。
  私の取り組んでいるスギ人工林の間伐技術を通してこれらのことを考えてみると、森林資源の保続(この場合は林分の持続的な生長と考えていますが)を図るためには間伐などを適切に実施する必要があり、場合によっては作業道を開設して重機を入れることもあります。しかし、森林機能の保続(水源涵養機能や土砂災害防止機能)という側面から見ると、無理な作業道の開設は土砂災害の引き金になる可能性もありますし、間伐の方法を誤れば森林資源の低下につながりかねません。
  今回のシンポジウムで話題提供のあった森林資源の保続も森林機能の保続も、有効な解決策のひとつは施業技術であり、行き着くところは森林技術の保続(現場の方々の技術力)なのだろうかという印象を持ちました。
  しかし、気になるところとしては、これらの問題は研究サイドのみで対応できるものではなく、行政の担当者や実際に作業を行う方々と情報を共有し、ともに取り組まなければ解決できないだろうということです。森林資源の保続を図るにしても、森林機能の保続を図るにしても、実際に作業をするのは現場の方々であり、我々がいくら議論を重ねてもそれが現場に伝わらなければ意味がありません。
  私はここ数年林学会大会に参加させていただいているのですが、参加者の肩書きを見てみると大学や森林総合研究所の方々が大半で、都道府県の研究機関からの参加者がわずかにいるくらい、行政担当の方々や実際に現場で働く森林組合、事業体の方々の参加は皆無といってもいいのではないでしょうか。
  森林施業を考えたときに、現場の意見は欠かすことができません。研究者だけでなく、さまざまな立場の人が参加し、議論できる場があるといいなあ、と思う今日この頃です。

人工林は最後まで面倒を見たい!

                              今安清光(高知大学農学部 技術専門職員)
今回はじめて森林施業研究会シンポジウムに参加しました。
  参加しようと思った理由は、「大学の」という文字があったので、参加したような訳です。
私は、あまり難しいことは考えませんが、適地敵木敵施業と、その時代の考え方、たずさわるリーダーにより変わっていくと思います。
  複層林を進める人、皆伐を進める人、列状・帯状・郡状皆伐等を進める人、どのような施業にせよ、人工林ということには、変わりはないと思います。
  人工林は、やはり人が最後まで面倒をみるつもりで育てることが大切だと考えます。私もまだまだ、修行の身ですので語るにはまだ早いと思いますが、今考えることは、先人が苦労して植えた杉、檜を立派に育てていく為にどのようにすればと考えます。
  また、天然林は出来るだけ自然のままにして行ければと思います。
  大学は、教育研修の場として、さまざまな林をつくっていく事をひとつの目的としていますので、国有林とか、民有林とは、また違った考え方になると思います。
  今回この研究会に参加して、幾つかの考え方があるなと思いましたし、まだまだ色々な考え方があるのではないかとも思いました。
  最後に、森林施行研究会が、益々発展することをお祈りいたします。

「現場力」を磨き続けたい!

                              矢部浩(鳥取県林業試験場) 
  森林施業研究会へは4度目の出席となります。過去、様々な議論をお聞きし、自らの勉強不足を痛感するとともに、有意義な勉強の場とさせていただいています。今回のシンポジウムも楽しく拝聴しました。今回、「森林の保続」を巡る問題に関して、現場技術の保続・継承の問題についての報告があり、特に高橋氏の報告を興味深くお聞きしました。
  氏は報告の中で「現場力」という表現を使われ、その維持・継承を訴えておられましたが、県における林業行政の場においても同様のことがあるように思われます。
  近年、行政改革により、既存事業の改変、新規事業の立ち上が次々と行われています。それら多様な事業の実施にあたり、技術職員が事務処理に忙殺され、事務職員化しているところをみると、将来に一抹の不安を覚えます。高橋さんもおっしゃっていましたが、技術は、現場に出かけ自らの目で判断し、経験者から伝達・指導されながら身に付けなければなりませんが、皆、自分の手がける業務が手一杯で技術の伝達まで気が回りません。現場に出て目を肥やす機会も少なくなっているように思います。いまのツケが後々の林業行政に響くことのないよう、また、技術の裏付けのない事業など立ち上げないよう、日々、現場力を研鑽し続ける必要性を痛切に感じました。

森林施業研究会シンポジウムに参加して

                              齊藤哲(森林総研・九州)
  このシンポジウムには時間の許す限り毎回参加させてもらっています。今回は「森林の保続−資源・機能・技術そして人−」というテーマで研究機関・大学・国有林に所属の方々が話題提供をされておりました。個人的には人材の保続という点に興味というか不安・危機感を抱いており,今回話題提供された方々の中では,国有林にて現場を生き抜いてこられた高橋武夫氏のお話を大変興味深く拝聴させて頂きました。 高橋氏は,技術・人の保続について「現場力」という言葉を用いて表現していました。印象的な言葉でした。
   私も研究に携わるものとして,現場を知る必要性を強く感じております。外国では,現場でデータ収集を行う調査員・作業員とそのデータを解析する研究員との間で仕事の分化が進んでいる(研究員はあまり現場にはいらない?)ところもあるようですが,自然を読む感覚を養ううえでも研究者は現場に頻繁に入り,現場をよく知るべきだと思います。しかし,ある現場のことについては,その土地の方々(森林管理署・事務所の方や土地の所有者など)にかないませんし,それらの方々から得られる情報は,調査・研究を進めるうえで非常に参考になります。そういった「現場力」のある方々の存在は心強いものです。
  しかし,現実をみますと,例えば国有林に関しては,管理する森林管理署の職員が往時の1/3(?)に減らされています。しかも,現場をよく知る土地の作業員が大幅に削減され,充分手をかけられない状況とも伺っています。先日,訪ねたところでも,そこで一番長い方が近々定年を迎えられ,その山に詳しい代わりの方があまりいない状況だそうで,そこの森林官も「この山に一番詳しい方がいなくなると困るんですよねぇ。」などとこぼされていました。
  講演された高橋氏は「現場力をつける」と,前向きな提言をされていました。実際に人員が減らされる中,そうした提言が実現可能かどうかの見通しなど,シンポジウムの中で伺ってみたいと思いましたが,自分の頭の中では否定的で暗い方向ばかりに思考がいってしまい,頭が整理できずに時間切れとなってしまいました(中村太士先生と渡邊定元先生が議論を戦わせている間もそんなもやもやしたものが頭の中を支配していました)。
  後日,シンポジウムの感想を依頼され,今こうして書いていながらもやはり,人材の保続については不安をぬぐいきれません。高橋氏の提言が活かされる方向に進むことを切に願うばかりです。
  私にとっては,現場の方々との情報交換はもっと親密にすべきとの反省とともに,やはり人・技術の保続は重要な,しかも深刻な課題だという思いを強くしたシンポジウムでした。

<話題提供者からの感想・意見>
川も森もNatural Resources であると理解することが出発点

                              中村太士(北海道大学農学研究科・森林管理保全学講座)
  森林施業研究会への参加は、今回が初めてでした。もちろん講演したのも初めてです。日本森林学会が北大で開催されていましたので、全体の公開シンポジウム等の準備や自身の発表準備、事務的な仕事に追われ、また連夜の飲み疲れで、講演内容も体調も最悪でした。お聞きにきてくださった聴衆の皆さんに本当に申し訳なく思っております。今後はこうした講演をしないように充分に時間をとって準備し、若手の頃の初心を忘れないようにしたいと思います。どうか、お許しください。
  そういう私の発表にくらべて、最初に講演された森林総研の石橋さん、さらに林野庁技術者O.B.の高橋さんの発表は、「保続とはどうあるべきか」について、それぞれの立場から整理された内容が述べられ、私のこれまでの考え方を確認し、再構築する上で大変有意義な内容でした。お二人のご努力に、心から敬意を表します。
  私自身は、ここ数年、日本の天然林、人工林管理はどうあるべきかについて、いろいろと考えてきました。その内容の一部は、施業研究会代表でもある鈴木和次郎さんに勧められて、林業(森林)技術にも書いてまいりました。林学会が森林学会に変わったことに代表されるように、「林学−森林を木材生産しながら環境保全する学問」が、時代とともにすたれていくことを憂いていました。施業研究会もそうした危機感から発足した研究会だと思っています。
  私は、森林生態系のみならず河川や湿地などの水域生態系にも強い関心があり、特に人がいかに管理していくかに力点を置いた研究をしてきました。そこで気づいた重要なことは、社会・経済的背景も含めた歴史観であり、自然資源管理に対する謙虚な姿勢です。今回お話した「機能の保続」でも強調したかったことは、機能を理解した歴史は森林の破壊からであり、機能劣化の原因が、森林を人間の都合の良いように解釈したおごりにあると思えるからです。長期間維持されてきた自然林の維持機構は、すべての仕組みがわかっていない(未来永劫にわからないと私は思っている)人間にとってまさに手本であり、その仕組みを真似ながら、仕組みが壊れない程度に資源を収穫する考え方が大事であると思うからです。河川も工学分野が橋や道路と同じに扱ってきて、日本の川は自然資源を失い水路になりました。同様に、森も農業的に経営することによって多くの機能を失いました。川も森もNatural Resources であると理解することが出発点で、その上でいかに管理するかを考えることが重要だと考えます。昨今のCO2吸収に特化した森林機能論は、再び間違った方向で管理を誘導するのではないかと心配しています。
  もう一つの論点は、空間スケールでした。森林が木材生産の畑として理解された歴史が、森林管理を林分単位でしか考えず、流域やランドスケープレベルでいかに管理するかという視点と技術を忘れさせたように思えます。これも、今後新たな施業技術として発展させなければならないと思っています。広域の立地区分(地位等)データを、どの程度精度よく集められるかが鍵だと思います。
 以上、つたない感想でした。

現場が留守になると技術が絶える!

                              酒井秀夫(東京大学大学院農学生命科学研究科北海道演習林)
  森林施業研究会に恥ずかしながら、はじめて参加させていただきました。いうまでもなく森林は存在自体、景観などの環境として、また水土保全等、公益的機能を発揮しておりますが、重要な生活物資である木材を生産してはじめて人類にとって森林の森林としての価値が増します。今回「保続」をテーマに4名の方の話題提供がありましたが、会場の皆さん食い入るように発表を聞かれ、質疑も時間が足りないほどに内容の深いものでした。
  林業にこだわることの意義、重要性について、冒頭趣旨説明と確認がありましたが、最後の国有林現場の技術の保続・継承が考えさせられました。国有林は優れた技術者集団を有していたと思いますが、その現場から伝えたいこと、そして提言が、今後の技術の保続の核心をまさについていると思いました。「現場が留守になると技術がたえる」は現代社会のもろさでもあります。

今年も盛り上がった総会・全国交流会

  施業研究会のシンポジウム前日、恒例の研究会総会・交流会が札幌駅近くの会場で開かれ、話題提供者をはじめ全国(宮崎から北海道まで)から30数余の参加者が集まりました。今年で10周年を迎える研究会は、「林学の消滅」を乗り越え、今後とも施業研究=林学の王道を共に歩んで行くことを確認、更なるネットワーク拡大を目指すこととした。そして、10周年を記念して作られた「まだ、林学をやっている!」手拭いが顧問の渡邊定元氏より参加者に配られた。その後、交流会に移り、何がなんだか分からなくなってしまった。おそらく、有意義な時間が過ごせたのではないかと思われる。最後に、今年の強化合宿(現地検討会)の受け入れを表明している長野県林業総合センターの小山氏から合宿への参加の呼びかけがあった。なお、今回の交流会の準備その他は北海道林試の中川昌彦氏(写真3)に担当いただきました。紙上を持ってお礼申し上げます。

写真3:中川昌彦氏


「まだ、林学をやっている!」手拭いを希望する方は、連絡を!

  森林施業研究会は、発足10年を記念して、メーラーの恒続林思想の主張をあしらった手拭いを作成しました(図参照)。研究会の活動・主張に共感する人は是非とも、手拭いを身につけ、日々の研究・林業活動にお役立てください。事務局に連絡をいただければ、400円(制作費原価)+カンパでお譲りいたします。

図:手拭い(約100×35cm)

ドイツ「黒い森」の林業見聞録


「黒い森」地方の景観


第2回 林業に生きる森の男

               森林総合研究所 正木隆

前号(27号)での林業連盟の報告に引き続いて、今号では個人所有林を視察した体験を報告する。前号で詳述した林業連盟には加入していない、独立した経営者の物語である。


■ 黒い森における森林管理

本題の前に「黒い森」地方の森林の生態、森林施業のあらまし、および材の評価法について、その一般的な姿をあらためて述べておきたい。申し訳ないが、少々長い。

今回の調査で訪れた地域は黒い森の北部にあたるところである。標高は700〜800mで、年平均気温は8〜9℃、年降水量は1500mmくらいである。冬季の積雪は例年1mくらい。

主要樹種はモミ(Abies alba)とトウヒ(Picea abies)である。ブナの優占度も高い。動物相については、クマ、オオカミ、オオヤマネコ(ヒョウ) は絶滅し、現在はシカが増えている。そのためモミの稚樹が食べられる被害が生じ、場所によっては甚大なものとなっている。一方でドイツでは狩りもさかんであり、黒い森地方のレストランでは、シカ肉が牛肉よりも高級な肉として使われている。


山を歩いていて出会ったディアハンター達。
「ちょうどいい、手伝ってくれないか」と言われた


林業的にモミとトウヒを比べると、モミは材が白く、閉鎖林冠下でも稚樹が生育できる。
一方トウヒは材が赤みを帯び、モミよりは稚樹の耐陰性が低い。

森林施業としては、80年代までは皆伐に近いやりかたをしていた。しかし今は、「近自然」が好ましいということで、択伐によって複層林を維持するやりかたが主流となっている。更新は天然に成立した前生稚樹を利用する方法が推奨されている。森林の伐期は100年〜120年となっている。ちなみに、同行した神崎先生の言によれば、択伐林を観念的に好むのはカトリックだとのこと。

もちろんその一方で、単層林の方が「近自然」であり、保健機能など付加的な森林機能も高いという論もある。私もそれに同感で、森林はギャップ更新だけではなくて、大きな攪乱によっても維持されてきたと考えている。ゆえに私は、両者を適当に組みあわせる施業法が、「合自然性」の観点からは妥当であると考えてはいる。(もちろん意思決定には「経済性の原則」などもあわせて考える必要がある)

上記のとおり、以前は皆伐施業が主流だったが、それに用いられた樹種はトウヒだった。
その理由の一つとして、モミよりも種子を集めやすかったというのが大きいらしい。確かに、モミの種子は球果が枝上についたまま、ほぐれるように種子が風にのって散布されるから、集めにくそうだ。日本のような採種園はあまりないのだろうか。また、トウヒは成長もよく、年間にヘクタールあたり12〜16m3の成長をするので、造林樹種に選ばれた側面もある。日本でスギやカラマツが拡大造林の樹種に選ばれたのと同じような理由であろう。

しかし、トウヒはキクイムシの被害にあいやすく、トウヒの一斉造林には問題も多かったそうで、そういう反省もあって、現在は択伐が主流になってきている。

昔はhaあたりの生産量を森林管理の指標にしていたが、今は個々の将来性を重視し、着葉量の多い個体を残して育て、より品質のよいものを育てるようにしている。渡邊定元先生も着葉量をしばしば強調されているが、同じような説明をドイツでもされ、その普遍性をあらためて感じた。

生産技術は基本的にハーベスタの利用を想定しており、斜面では20〜30m間隔で作業道が開設されている。現在の路網密度はヘクタールあたり50mだときいた(前号も参照)。日本からすれば羨しいことである。そして、伐採は主に9〜3月の秋から冬にかけておこなっている。これは日本と変わらない。私などは、国産材が外材に負けるのは、年間を通じた供給の安定性も原因の一つだと考えていたが、ドイツの事情を見る限りでは、それはあまり理由になりそうもない。なにか他のことに原因を求める必要があるだろう。

さて、伐採されて林道端に積まれた材は、それを見にきた製材所の人によってランク付けがおこなれる。よい順に、A、B、C、Dの4ランクである。これは今後頻出するので、よく覚えられたい。

まず、Aランクについて。この等級の木の条件は、太さ40〜50cm、通直、挽いたときに無節の面積が60%以上(辺材30cmに節がない程度?)などである。このランクの材は高級家具や化粧板に使用される。

ほかのランクの判断基準は節の直径などで決まるようだ。用途としては、Bランクが建築用、Cランクが木質ボードや木箱用だとか。Dランクの用途はきかなかったが、おそらくパルプやペレットに用いられるのだろう。森林の経営者としては、どのランクの材をどの程度生産するか、ということが製品戦略の重要な位置を占めることになる。

森林行政については、営林署が市(Freibrug市、Freudenstadt市、Offenburg市など)に属しており、森林施業の監督権をもっている。また州政府の農林省が森林管理の指導書を作成して配布しているらしい。

では、いよいよ本題にはいろう。



■ 彼は「黒い森」の頑固者

10月31日に、前号で報じたFMSから北に80kmほどのところにあるバッドグリースバッハ(Bad Peterstal Griesbach)村の個人林家をたずねた。オッフェンベルグ(Offenburg)市の、東方約100kmに位置する。

彼の名は、G. Frech氏。16世紀から続いてきている林家であり、現在は、妻1人、娘3人、息子1人の6人家族である。


われわれを前に説明するFrech氏


彼は30年間、父から引き継いだ山を経営してきた。ただし、彼は前号で詳述したFMSには加盟していない。FMSは当然のことながら地域でのまとまりが核となっている。したがって、遠方の林家が加わるには、その地域の林家がまずまとまり、その「まとまり」単位でなければ、FMS には加盟できない。彼の住んでいる地域はまだそこまで機運が高まっていないため、地域ぐるみでのFMSへの加盟がまだ実現していない。そのため、彼は生産も販売のロジスティクスもすべて自分一人でこなしている。

彼は、180日は山の中で仕事をしており、そのうち120日は伐採のために山に入っている。
まさに技術者であると同時に経営者でもある人物だ。

彼にインタビューしたとき、彼はしばしば我を忘れてまくしたてるように話し続けた。パッションという言葉がピッタリくるような人物だ。しかし、こちらが言葉をはさむすきもないので、閉口したこともまぁ事実。彼は「オレは商売が好きなんじゃない。山にかかわり山を育てることが生き甲斐なんだ。オレは山の男だ!」と誇らしげに語っていた。まさに頑固一徹のドイツ親父という雰囲気を感じた。


■ 意外と急峻な彼の森林

彼の所有する森林の面積は約100haで、その他に牧草地とビオトープを所有している。標高750mより下は花崗岩と片麻岩の地質で樹木の成長がよいという。それより上の地質は赤砂岩(日本にこういう分類があるかどうか知らないが、そう訳された)で、あまり樹木の成長がよくないそうだ。


高台から彼の森林を俯瞰する。一部を除いて、針葉樹の「黒い森」だ。


私が注目したのは、地形。彼の所有林の平均傾斜は25度〜30度で、緩斜面とはいえない。林業の条件としては決っして恵まれているとは言えないだろう。下草の少なさなど、確かに日本よりも有利な点は多々あるが、決定的なアドバンテージであるようには見えなかった。


Frech氏の所有する森林を歩く。地形はけっこう急峻。


■ 彼の施業体系はいかに?


彼は営林署の森林官から、天然更新をするように指導されているそうだ。上記のとおり、営林署には監督権があるということだ。そのため、彼もしかたなく、林齢80年生以上の林分の約半分では、前生稚樹を活かして天然更新施業をおこなっている。しかし、太い年輪幅の材は構造材にはむいていない(と彼は主張)。彼としては年輪幅の狭い材を生産し、なるべく顧客(製材工場)に高く売りたい。それに、高密度だと枝が落ちて無節材の生産が容易になる、すなわちAランクの材も得られやすい。このように、彼の山林経営における製品戦略では、天然更新だけではなくて人工造林もおこない、年輪の密なものを生産していくことを目指しているようだ。



天然に成立したモミの稚樹。彼は来年あたり間伐をしたい、と語っていた


ちなみに、年輪幅は造林木よりも天然更新した樹木の方が広いと彼は言う。しかし、なぜそうなるのか、実は私にはよくわからない。日本で人工林のスギと天然スギを見てきた感覚では、どちらかというと、逆のような感じがする。ドイツの場合、天然更新した稚樹は初期成長こそ悪いものの、上木を除去した時点では、造林した場合よりも立木密度が低いからなのだろうか。なにかの機会に一度調べてみたい。

さて、「黒い森」で高齢で密に仕立てた人工林と天然更新択伐林の損得を比較したのが下の表である。

高齢で密な人工林 天然更新択伐林
ランクAの生産比率 2% 1%
ランクBの生産比率 50% 30%
ランクCの生産比率 40% 20%
ランクDの生産比率 8% 49%
造林コスト
総合的な経済性 不利 有利

以上のように、経済的には択伐・天然更新施業の方が有利だが、伝統的な家具職人は年輪幅が狭い材を好む。それを考えると、簡単には切り替えたくないというのが彼の本音らしい。



■ マーケティングは彼自身で

「黒い森」では、大きい山持ちは製材所との情報交換を通じて市場動向を調べ、どのような材をどのように伐採するかを決める。前号のFMSのこの部類に属するだろう。

一方、小さい林家は、そういった情報交換は営林署にまかせてしまうことが多い。彼の森林は100haで、大きいとも小さいとも言えない微妙な規模の森林経営であるが、彼は情報収集を自分でやっている。たとえば、下の写真は、ある製材工場の製品カタログである。彼はこれらを研究してどの製材工場でどのような材のニーズがあるかを常に把握するように努力している。やみくもに伐採するのではなく、確実に売れる材を生産するようにしているのだ。これは、まさに経営である。


彼の手元にあった製材工場の製品カタログ。彼はこういうのを見て、
顧客(=製材工場)に買っていただける製品は何か、を常に考える。


そんな彼に、今年(2004年)9月の生産状況を尋ねてみたところ、その一ヶ月間に伐採したのは30本で、生産した材は合計で105m3だったそうだ。その内訳は下図のとおりである。





     彼の森林における、9月の材の生産と売上げの概要。材として5280ユーロを販売した



上図のように、30本のうち24本は元玉で5m材がとれる大径材(元玉の末口直径が45cm以上)で、その元玉の材積は合計で28m3だった。

そのうち、Aランクはトウヒ一本のみ。しかし、これはm3あたり140ユーロの価格で売ることができた。残りは、一本だけDランクだった以外は、Bランク、Cランクの材が生産された。Bランクでは、トウヒは87.5ユーロ/m3、モミは82.5ユーロ/m3で、トウヒの方が高い。Cランクでも同様に、トウヒ54ユーロ/m3、モミ47ユーロ/m3とトウヒの方が高かった。これは、別に取材した製材所で見聞きした価格の傾向と逆であり、材の取引き価格が製材所の製品戦略によって変わることを示している(詳しくは次号で)。

彼の市場調査によれば、製材所に対する最近の売れ筋は5mの元玉の大径材だそうで、それゆえに上記のような木材生産をおこなったわけだ。昔は21mの材がよく売れていたそうだから、確かに彼は、市場の動向に応じて生産する材を柔軟に変化させている。

ちなみに、調査団の一員である佐々木社長が言われることには、材の強度は元玉よりも2番玉の方が強いのだとか。しかし、日本では元玉の方が値が高い。この国には強度で材の価値を決める習慣がないからだ。強度よりもむしろ節の多少など、見た目を重視しているのだろう。そして、事実そのために、材が非合理的に評価されていると思う。しかし、ここドイツにおいても元玉の価値の方が高く、その価値はやはり節の多寡によって左右されている事実を見た。つまり、材の好みはあまり日本とドイツであまり変わらないのである。ひょっとすると、日本人に限らず木を愛する民族は、材料としての強度よりも、外見に価値を見出すのかもしれない。以上、余談。

さて、上で述べた価格を、あらためて表にしてみよう。これは林道端価格だ。

ランク モミ トウヒ
 A  今回は不明   140ユーロ 
 B  82.5ユーロ   87.5ユーロ 
 C  47ユーロ   54ユーロ 


価格は日本と比べてどうだろうか?生産のほとんどを占めるBランク、Cランクの材では、m3あたりの材価が47〜88ユーロだから、1ユーロ130円として日本円に換算すると、6100円〜11400円となる。これだと、日本の材価と比べてとくに高いわけではないように思う。(ちなみに運送費用は100km運ぶのに、9ユーロ/m3ときいた。これは日本に比べてどの程度高い、あるいは安いのだろうか?)。

ドイツの物価は日本とあまり変わらないのが私の滞在時の印象だ(ホテルの宿泊費や食事代からの印象)。しかし、ドイツでは、この材価で林業がなりたっており、林業、林産業など木材関連産業の売上げはGDPの5%を占めている。一方、日本の林業は死に体となっている。これはどう見てもおかしい。

日本林業の不振を材価の低迷のせいにしてしまうのは早計すぎるのではないだろうか。ドイツの材価と比べるかぎり、国産材の価格は国際標準価格に収斂しているように見える。
決っして法外に材価が下落しているわけではないのである。ということは、日本においては材の値上りを期待するよりもむしろ、この価格のもとで利益をあげられるような経営努力をした方がよい。ドイツでできて日本でできないはずがないではないか。国産材が値下がりしたから林業が成り立たない、というのは思考停止・責任放棄である。そろそろなんとかしなければならない。

話を戻そう。彼の9月の伐採収入は5280ユーロ、日本円にして約68万円となる。9月のこの生産のために要した日数は7日間。チェーンソーとトラクターによる作業で、1時間で一人あたり4〜5m3を生産していると語っておられた。この作業はすべて一人でこなしたそうだから、つまり人件費はゼロということだ。前号で紹介したFMSでは、林業のみでも一家の家計がなりたっている、と聞いていたが、確かに、これを聞くと、林業だけで6人家族が食べていけそうではないか。そこで彼に聞いてみた。家計の何%を林業でまかなっているのか、と。すると60〜70%である、という答えが返ってきた。日本人から見ると、信じられないような数字ではなかろうか。

ちなみに補助金は毎年4,320ユーロ(約56万円)が州から交付されているそうで、一月に4万7000円だから、売上げに比べるとたいした額ではない。補助金の内訳は土壌保全機能にたいして1haあたり72ユーロで、彼の所有林のうち28haがこれに該当する(2016ユーロ)。その他の森林機能(保健休養など) で1haあたり32ユーロで、72haがこれに該当する(2304ユーロ)。この合計が4,320ユーロである。

彼は木材を売るときには、価格表というものを参考にするようだ。この価格表は製材工場によって異なり、さらに工場によって林道端の価格だったり工場着の価格だったり、さまざまだそうだ。FMSなどは自力でこれを調べて組合員のために価格表を用意するのだだが、組合に加盟していない林家にたいしては、営林署が無料で用意してくれる。ちなみに、彼の父親も営林署の森林官(・・・日本のいわゆる森林官よりもかなり立場が偉いときいているが・・・)からいろいろ教わっていたそうだが、その助言サービスも無料だった。ドイツの営林署は、まさに行政サービスをおこなう機関である。



彼の使っていた木材取り引きの最新の価格表



■ 彼の森林計画と市場メカニズム

ドイツの法律では、林業経営者は伐採量の年間予定表を提出する義務があるそうだ。
これは民間業者に作成してもらうのが通例で、そのために林家は年間2,400 ユーロ(約30万円)を支出しているが、この費用の半分は国が補助しているそうだ。また、年間計画表だけではなく、10年間の伐採量計画の作成・提出も義務づけられているとやら。
彼はその計画を、空中写真や1/5000の地形図上を色分けすることによって立案していた。



彼の作成した林相区分図。林齢・樹種・作業種で色分けされている


彼が提出している計画では、685m3が年間の伐採量のガイドラインになっている。しかし、彼の森林における今年(2004年)の伐採量は150m3とかなり下回っている。実際、彼は森林官から「木材市場が少し不景気なので生産量を抑えた方がいい」と指導されているそうだ(営林署の監督機能の一つ?)。しかし、彼曰く、「10 年間で6850m3になればいいじゃないか」と、森林官の意見はあまり参考にせずにやっているようだ。彼は、年間計画表についても「こんな表がなくても森林経営はできる」と、あまり重視していなかった。規則だからしかたなく作っている、という雰囲気だった。

実際そうであろう。なぜなら、彼は市場の動向を見て月々の伐採量を増減させているからである。つまり、需要が増えれば伐採も増やすし、需要が減れば伐採は減らす。つまり、個々の林家のレベルで、市場メカニズム、つまり市場による生産調整機能がはたらいているのである。だからこそ彼は、年間の収穫予定表などはナンセンスだと思っているのだろう。経営者として当然のことかもしれない。

もちろん、林家のなかにはこのような市場調査を自分でやらず、営林署の森林官に有料で施業を委託しているケースもあるという。しかし、彼は自分でできるので、営林署への委託は考えていないそうだ。おそらく、彼は自分でやりたいのだろうと思う。ただし、この森林計画に関する彼のアバウトさがドイツの個人林家の一般的な姿なのか、彼の個性なのかは、よくわからないところだ。


■ 彼にとっての研究開発

ところで私が、択伐林、混交林の収穫予想をどうやってたてるのか、ときいたところ、「経験でわかる」という答えがかえってきた。まぁ予想どおりの答えである。余談めくが、日本の研究者の中には、林分などミクロなスケールでの収穫予想システムを一生懸命開発している者もいるが、おそらく林業経営者は必要としていないだろう。むしろ日本で今必要なのは、地域全体の木材供給能力という、マクロなスケールの予測だろう。その点、ドイツの研究者はもう少し現場のニーズを反映した研究をやっているようだが、それでも彼からみれば「あんなの役に立たん」らしい。彼らしい反骨心あふれる考えである。

(しかし私は、研究開発を軽視した経営は衰退する、と考えている)

これまた余談だが、Frech氏はいわゆる「自然保護派」や「ビオトープ派」が大嫌いだそうで。「やつらは森林施業を制限したがる」というのがその理由。


■ 彼の森林の未来

以下、彼の独白風に。

『 林業の先行きには不安を感じてる。下流の製材工場が統廃合によってどんどん大きくなってきており、それに対応するためにはもっと森林を広くもつ必要があるからだ。大きな製材工場は、年間安定供給してくれるところでないと契約してくれないんだ。かといって、小さな製材工場では、オレの森林からの生産量の約半分しか扱うことができないから、ビジネスの相手にはならない。やはり大きな製材工場を顧客にしないとやっていけないんだよ。しかし、FMSに加入できないのはさっき言ったとおりだ。マーケティングや販売のロジスティクスなんて面倒なことは、本当はやりたくない。オレは山の男なんだからさ。 』

『 でも、あらたな需要、たとえば木質バイオマスの将来の市場価値には期待するものがある。しかし、今のところは電力会社のロビー活動でバイオマスの価格が低く抑えられている。だから、もっと石油が高くなればいいんだ。そうすれば木質バイオマスの需要が高まることが期待できる。オレはそれを強く願っている。 』

『 もしそうなると、今は木材の質を重視した経営をおこなっているが、昔のように量を重んじる経営にシフトするかもしれない。たとえば造林用に導入したダグラスファーだ。これはヘクタールで1500m3(モミやトウヒの約2倍)になるほど成長がよい木だが、今は直径35cm以上にならなければ売れず困っている。しかし、バイオマスで商売ができるならばこの樹種も有望になるかもしれない。 』


■ 余談:ドイツにも不成績造林地(?)があった

今回の報告はここまでにしておこう。彼のことについても、まだ書こうと思えば書けるのだが、際限がないのでやめておく。

最後に一つ、彼の森林を案内してもらったときに印象に残ったものを余談ながら書きとどめておきたい。それは不成績更新地だ。


風倒跡地で天然更新を図ったところ、目的樹種が更新せずに
イチゴの薮になってしまった林地。ドイツでも油断すると
こうなってしまう。

上の写真は風害跡地で天然更新をおこなおうとしたところ、イチゴ類が茂ってしまい、更新に失敗してしまった箇所である。日本のササにやられてしまった天然更新施業地と比べればカワイイものだが、これだけ草本相の貧弱なドイツでも天然更新に失敗することがある。これを見て、私はなんとなく親近感をおぼえたものである。



さて、今後の報告については以下のように予定している。

29号: 製材工場
30号: 工務店、住宅メーカー
31号: 州立林業試験場

このように、基本的に川上から川下に向う木材の流通チェーンに沿って報告をしていく予定だ。まだまだ先は長いが、御辛抱をお願いしたい。研究機関(林試)については、まぁ一応川上から川下まですべてを見ているということで、総括もかねて最後にまわすことにする。ちょうどその頃には、独法の中期目標の後期がはじまるころかもしれず、比較するのにいい時期かもしれない。

(・・・続く)

<編集後記>


「林学」がついに消滅した。思い起こせば10年前、林学会大会が今回と同じ北海道大学で開催された際、「林学」の中核をなす造林関係の発表会場は、屋根裏部屋のような小さな会場に追いやられ、参加者も10名前後と低調を極め、「林学」終焉を強く予感させた。危機感を持った有志が渡邊定元氏を代表に担ぎ、森林施業研究会を発足させ、林業・森林管理に貢献する「実学としての林学」の継承・発展を目的に、これまで研究者・森林管理者・林業者のネットワーク化を計ってきた。その後、林学の危機が叫ばれる中、大学では「林学科」の「森林科学」への名称変更、改組が進み、林学会も流行の「あり方懇」的検討が行われ、ついに「林学会」は「森林学会」へと変貌し、「林学」は公式に消滅した。結果、「林学」を引き継ぐものは、唯一、森林施業研究会のみとなった。しかし、「林学」の“本道(王道)”、“正当性”をいくら主張しても大して意味はないし、同志たちもそのつもりもないと思う。要は研究会活動が、日本の森林を育て、活力ある林業の発展に少しでもつながることを望むだけだ。あと数年頑張ってみるか!? <怠け者の狢>

森林施業研究会ホームページに戻る