木霊 (TARUSU)
森林施業研究会ニュ−ズ・レター  No.37 2007.05.14.
Newsletter of the Forest Management and Research Network


植林地

<第12回シンポジウム「強度間伐で勝負する?」報告>

議論の混乱ではなく、強度間伐によって森林管理・森林経営の現場が混乱しているという現状認識を!

近藤洋史(森林総合研究所九州支所)

 第12回森林施業研究会シンポジウムは、森林学会大会後の2007年4月5日午前9時から12時まで、九州大学理学部2号館K会場で開催された。主なテーマは強度間伐であった。この強度間伐であるが、現在、都道府県を中心とした地方自治体で導入がすすめられている森林に関する独自課税に絡み、地方自治体が中心となって実施されつつある。そのようなタイムリーな話題であったためか、会場に入りきれないほどの多くの参加者があった。

  今回の森林施業研究会シンポジウムでは、単なる話題提供ではなく、ディベートの形式で進められた。このディベートとは、広辞苑によると、あるテーマについて肯定側と否定側に分かれて行う討論である。ここで注意していただきたいのが「肯定側」と「否定側」に分かれることである。そのため、本心は強度間伐に「否定的」であっても「肯定的」な意見を述べざるを得ない立場になることもある。本年度の森林施業研究会シンポジウムは、このディベートというルールに従って進められたもので、本記録で述べられている事柄のすべてが、演者の本心というわけではないということにご留意いただきたい。

  シンポジウムの進行に従い、本報告を進めてみたい。

  まず、長池卓男氏(山梨県森林総合研究所)の進行のもと、研究会代表の鈴木和次郎氏(森林総合研究所)による本シンポジウムの趣旨説明が行われた。続いて、技術論として「強度間伐は難しい」VS「強度間伐はできる」、政策・経営論として「強度間伐は問題だ」VS「強度間伐でいこう」という報告が、ディベートのルールに基づき開始された。

「強度間伐は難しい」(技術論として)という演題で、横井秀一氏(岐阜県森林研究所)が報告を行った。横井氏は、まず、1)強度間伐は総収益を低くする、2)強度間伐で森林はかわらない、3)強度間伐は怖いと問題提起した。

  「1)強度間伐は総収益を低くする」では、間伐率が違っても直径成長が特に大きくなるわけではないと指摘した上で、間伐率が大きくなると蓄積量が大きく現状することなどを、図表を用いて例示した。さらに、システム収穫表「シルブの森」を利用したヒノキ林の間伐シミュレーションを示した。そして、本数間伐率と材積間伐率の違いを示して、強度間伐の基準の曖昧さ、強度間伐技術の未確立さを示した。

  続いて、「2)強度間伐で森林はかわらない」では、広葉樹林において広葉樹の間伐によって、目的とする広葉樹林に誘導することの難しさを示すとともに、針葉樹林の間伐によって広葉樹林への誘導のさらなる難しさを、事例をあげて示した。この事例では、スギの強度間伐による広葉樹林への誘導を目的としたものであったが、実際には、広葉樹は更新せず、シダ・草本が更新してきたというものであった。ヒノキ林では埋土種子も少ないので、広葉樹林への誘導はさらに難しいのではないかという考察であった。

  最後に「3)強度間伐は怖い」では、気象害および、ヒノキ林における残存木の枯損の危険性が指摘された。実際の調査事例は少ないとしながらも、風害や風害後の残存木の材質劣化(モメ・目回りなど)、冠雪害等の事例を示した。

  横井氏は、以上のような報告から、強度間伐は、技術的根拠が薄く、きちんとした技術者も少ないので、危険であると結論づけた。しかし、強度間伐に関する情報が少ないので、客観的なデータを集めることの必要性も指摘した。

  横井氏の講演後の質疑応答では、「不健全な森林」「手遅れ」といった用語の定義が曖昧ではないかという意見が出された。また、「手遅れ林分を健全林にするにはどのようにすればよいか」といった質問では、「樹高成長があるならば弱度間伐を繰り返す必要があるのではないか」という回答であった。

  横井氏の「強度間伐は難しい」という報告に対して、谷口真吾氏(琉球大学農学部)は「強度間伐はできる」(技術論として)という演題で報告を行った。谷口氏は、まず、「収益がある」「持続的な林業経営を見据えている」という条件付きであれば「強度間伐はできる」と述べた。その強度間伐であるが、列状間伐とした上で、その間伐率を、本数で35%〜40%、材積で30%以上と定義していた。

  強度間伐の欠点であるが、風害、森林資源の劣化、土壌の乾燥化をあげていた。特に、風害では、演者自身も、実際に48林分で強度間伐を行って、13林分で被害を受けたと報告していた。

  強度間伐を行う理由として、調査対象とした兵庫県で切り捨て間伐が49%を占める中、間伐の収益性がその大きなウェートを占めると述べていた。そして、林業として経済的な理由から、強度間伐をやらざるを得ないと指摘した。

  強度間伐の方法であるが、列状間伐に定性間伐を組み合わせた「鵜縄式間伐」行っていたが、高密度路網に列状間伐を組み合わせた「汎用式間伐」の有効性を提案していた。高密度路網とは100m/ha以上とし、横取り搬出を50m以内と想定しているようであった。

  このような鵜縄式間伐と汎用式間伐によって長期育成循環施業も可能になるのではないかということであった。これらにより「強度間伐はできる」と指摘していた。  この講演の質疑応答において、上木が枯れる危険性・下層植生のコントロールの問題から、長期育成循環施業は問題があるのではないかという意見が出された。

 
写真2:シンポジウムに120名もの参加者

次のディベートでは、政策・経営論としての強度間伐で議論が行われた。まず、大住克博氏(森林総合研究所関西支所)が「強度間伐は問題だ」という演題で報告を行った。この報告では、まず、「強度間伐は曲者」として、1)目的があいまい、2)効果があいまい、3)定義があいまいと指摘した。

  「1)目的があいまい」では、「商品生産」を行う上での間伐で選木がないのはおかしいとして指摘した上で、間伐を公共事業化していると述べた。

  「2)効果があいまい」では、強度間伐が木材生産機能に貢献するかという問題を提起した。そして強度間伐において、成長の上位にある立木に対して、間伐効果は薄いと指摘した。さらに公益的機能への貢献、補助金の投資効果についても疑問を呈した。

  「3)定義があいまい」では、「間伐率」について指摘した。森林管理・森林経営の現場から行政分野にかけて、間伐率というと「本数間伐率」が主に利用されている。それに対し、行政分野から研究分野にかけては、主に「材積間伐率」が利用されていることを指摘した。そして、本数間伐率が同じでも、上層間伐を行うのか、下層間伐を行うのかといった間伐方法によって材積間伐率は大きく異なることを例示した。

  「あいまいさ」を「適当さ」に発展させるとともに、適当さの副作用を以下の三点にまとめていた。第一として「林業技術(者)を堕落させる」ということである。これは、強度間伐などによる技術もどきの横行と技術に対する責任感・倫理観の堕落を指摘した。第二点目として資源を壊す、第三点目として林業を瓦解させるということを述べた。

  本報告に対する質疑としては、補助金との関係で、「(補助金が)もらえるからいいじゃないかというのはまずいのではないか」という意見が出された。

  最後に「強度間伐でいこう」(政策・経営論として)という演題で、山田隆信氏(山口県)が報告した。山口県では、8齢級以上の森林が48%を占め、除伐・間伐、枝打ちなどが行われていない森林が多いのが現状であるようである。山田氏は、強度間伐実施に際して、Webで、どんな森林をどのような森林にしようとしているのかといった施業体系を調べたが、その施業体系が見えてこなかったようである。

  そこで、針葉樹林を針広混交複層林に誘導することを目的として、格子状間伐、列状間伐、点状間伐の試験地を2003(平成15)年度に設定した。格子状間伐とは、土砂流出を防ぐため縦列をずらした間伐方法で、8残3伐とし、保存列にも間伐を行い、間伐率は45%であった。点状間伐区には60%の間伐を行った。

  この試験地を作成する過程で間伐率が問題になったようであるが、報告者としては、間伐後の残存木を基準とした方がよいのではないかと提起された。間伐後の林分構造の変化をみてみると、点状間伐区では、60%の間伐を行ったにもかかわらず、開空度は数年で元に戻ってしまったようである。また、草本高0.8m以下を草本層として、その状況を見てみると、ギャップを作った方がよいということであった。林内の階層構造の変化について、点状間伐区では、草本高が低く、あまりよい状況とはいえなかった。

  それぞれの間伐区には、広葉樹の造林を行った。樹種による成長特性の相違を考慮する必要があるが、3年目の樹高は、格子状間伐区、列状間伐区、点状間伐区の順でよかった。

  2004(平成16)年度には、上述した2003年度間伐施業区の谷向こうの森林に、同様の間伐区を設定する予定であった。しかし、施業区を設定する前に台風被害を受けた。2003年度間伐施業区の台風被害が5%であったのに対し、施業を行う前の試験予定地では87%の被害を被った。強度間伐と風害との関係解析が必要であろうとのことであった。

  このような試験区を設定した調査結果をもとに、演者は、現在の森林現況に対して、以下のことをまとめた。1)現在の人工林に、教科書通りの施業は行われていない。2)森林施業の基準は確立されていない、といって施業を行う予算もない、3)どのような森林に、どの段階で、どのような施業を行えば、どのような森林になるのか、森林施業の体系整備と技術開発の必要性、4)森林計画、とくに森林区分の必要性、である。

  本報告に対する質疑応答では、列状間伐は間伐というべきか、帯状皆伐とした方がよいのでないかといった意見が出された。これに対し、演者は治山事業の予算で施業を行っている以上、間伐という認識であるとのことであった。また、試験地に対する台風被害で、施業予定地に台風被害があったのは、その前年度に設定した試験地の影響、とくに列状間伐の影響があったのではないかという質問があった。演者は、風倒被害木が、施業実施箇所、施業予定地とも同じ方向に倒れていたので、前年に設定した試験地の影響はないと考えているとのことであった。

  2名づつ、2組のディベート形式の報告後、正木 隆氏(森林総合研究所)の進行により、総合討論が行われた。会場から出された意見としては、

といったものであった。

 ディベート形式の報告でも問題提起されたように、強度間伐に対する定義、その方法などで、森林管理・森林経営の現場は混乱している。その混乱がそのまま総合討論に移動してきたような状況であった。大住氏は、議論の混乱ではなく、強度間伐によって森林管理・森林経営の現場が混乱しているという現状を理解してほしいと指摘した。

  大住氏の指摘の通り、この数年の間で導入が進められようとしている強度間伐で、森林管理・森林経営の現場には混乱や懸念が生じていると思われる。森林管理・森林経営に関する研究に携わっている方々には、その現場や本議論で生じている混乱等に対しての方向性を早急に示す必要があると感じた。

 
写真3:熱心に聞き入る参加者

<シンポジウムへの意見・感想>

健全に木を太らせることに全力を注ぐ。そこには、環境保全機能も充実した優良林分と意欲溢れる林業後継者が残っているはず。

早田健治(徳島県自然共生室)

 九州大学で開催された、第12回森林施業研究会シンポジウムに参加させていただき、久々に熱気ある議論に参加させていただき、大変ありがとうございました。「強度間伐」という今日的な課題に、ディベート方式で賛否を戦わせる今回の企画は、参加する前から胸をわくわくさせられます。

 まず、岐阜県森林研究所・横井秀一氏の報告は、強度間伐により引き起こされる変化についての調査に基づいた検証であったと思います。同じ間伐でも上層間伐と下層間伐では、大きくその後の林相が変化します。これは、間伐率が大きくなるほど歪みが大きくなる。昔から言われていた「なすび伐り」の問題点が確認できました。広葉樹林化の話は、埋土種子の話で確認できました。これについては、徳島県でも調査例があります。(それと、間伐率を変えても単木成長は変わらないという報告は、大変新鮮でした。また、風雪害と形状比の関係も現実的です。形状比については、わかっていても、現場では、樹高測定の困難さから、計測されることは少ないのですが、最近は、簡便で性能のよい測高器がありますので、特に、不安のある林分については、積極的に形状比を間伐率の決定に生かしていくことが必要だと思います。

 次の琉球大学農学部・谷口真吾氏の発表は、兵庫県で実施された主として列状間伐の事例発表であったと思います。どんなにきれいごとを並べても、森林所有者の動機は、あくまで採算です。わずかでも、確実な収益を得ることなしに施業は進みません。そういった意味で、谷口さんが推進された施策は、大変意義あるものだと思います。ただ、県・国の財政事情が悪化している現在、補助金に頼り切った経営は、補助金のカットがそのまま施業の停滞に結びつく恐れが多分にあります。私としては、あわせて、森林所有者に対して補助金の収益を、自立経営のための作業道や機械等の基盤整備に振り向けさせることや、材を有利に販売するための計画生産や、品質管理に向けさせることが重要だと考えます。 次の、森林総合研究所研関西支所・大住克博は、残念ながら、隣の森林利用学会の総会に出席していたため、ほとんど聞けていません。ただ、ちょうど再入室したときに耳に入った「林業技術者の責任論」には、大変共感しました。私は、今、林業の現場を離れて、野生生物や希少生物の保全や管理の仕事をしています。はっきりいってわからないことばかりで、手探りの状況ですが、何よりも重要なことは、モニタリングと順応的管理です。答えがないものに対しては、大胆な一発勝負でなく、少しずつアクションして、その微細な変化を読み取り、次のアクションに生かしていくことが必要です。動物は動き回るし、希少生物はデリケート過ぎます。それに比べて、林業のなんと楽なことか?面積やものが大きいので、肉体的には、かなりハードになりますが、林木自体は、かなりしぶとく、少々手荒いことをやっても、そう簡単に枯れたりはしません。我々には、本当にたくさんの観察の機会があったはずです。混交林、複層林、強度間伐、現在の林政の中心となっている施業は、どれも未知の施業です。少なくとも確実にそれを検証していくことが、「林業技術者の責任」であると痛感します。

 最後の山口県林業指導センター・山田隆信氏の発表は、治山事業による方法を変えた間伐による下層植生の変化を中心とする報告だったと思います。治山事業の場合、施業目的が、林業収益より土壌の保全を優先することとなりますが、そういう意味では、閉鎖した樹冠による雨水の遮断と、下草による表面流の防止とどちらが重要なのでしょうか?また、単に草が生えても、その植生をどのように導いていくかも研究する必要があるようです。しかし、通常間伐を行ったヒノキ林が、わずか2年で閉鎖したと言うことは、まさに適切な間伐が行われたと言うことではないでしょうか?

 以上の報告は、どれも興味深く、ヒントや新たな想像を与えてくれるものでした。報告者の皆様、ありがとうございました。

 続いての、討論は、議論がまとまらないものとなりました。混迷する現場からすると当然の結末でしょうか?

 そこで、あの場でいえなかった私なりの意見や質問を言わせていただきます。

疑問1 挿し木林と実生林では、林分構成は違うのか?
疑問2 私は、林木の生長に最も大きな影響を与えているのは、水分条件ではないかと考えているのですが、間違い?
疑問3 対数正規分布の法則が普遍的だとすると、列状間伐のような中層間伐以外は林業的な間伐の意味はなくなるのか?

 ともあれ、熱気溢れる皆様方の中で、久々に、林学の面白さと、責任を感じた1日でした。

 徳島県では、今、高密路網による列状間伐システムが定着しつつあります。ご存じのことと思いますが、末口径20cm長さ4mの丸太材積は、0.16m3。m3単価が1万円だと1本1600円、8千円だと1280円になります。これが、30cmになるとm3単価が8千円でも1本2880円になります。かつて、一世を風靡したいわゆる柱適寸丸太、末口16cm長さ3mは、仮にm3単価が3万円しても1本の値段は、2304円にしかなりません。今一番の売れ筋は、末口径18〜28cmの中目丸太。m3単価は、いいものだと1万7千円に達します。これだと、1本5331円。高性能林業機械による列状間伐なら、この丸太を確実に採算搬出できます。

 間伐は、未来の森林のために、よい木をより太く育てるために行うものです。とりあえず、道を入れて、搬出間伐を行うこと。面積が小さければ、仮に赤字が出ても、それほど大きな額にはならないはずです。次の間伐では、必ずもう一回り大きな木を収穫できます。また、作業道等の基盤もさらに充実しているはずです。とりあえず、健全に木を太らせることに全力を注ぐ。そこには、環境保全機能も充実した優良林分と、意欲溢れる林業後継者が残っていると思います。

列状間伐を行う場合の留意すべき点等を具体的に!

生原 喜久雄(東京農工大学大学院・森林環境学講座)

森林施業研究会に初めて参加させていただきました。3時間が短く感じられ、大変面白く拝聴することができました。テーマが「強度間伐で勝負する?」とありましので、強度間伐とはどの程度の伐採なのか、興味をもちました(造林学の教科書ではほとんど使われていません)。しかし、講演者の内容は強度間伐に関することでなく、列状間伐に関する内容でしたので、とまどいました。

 「造林学」の教科書には、間伐は残された形質の良い木の生長(特に直径)の促進、形状比の減少、健全性と地力の維持を目的とした林分密度の調節であるとしています。間伐方法としては、必ず寺崎式の定性間伐が紹介されており、定量的間伐については、簡単に名称のみの記載があるにすぎません。

 今回は定量間伐の中で、列状間伐について討論されました。一般の3000本植栽の場合、第1回目の列状間伐としては、2列の残して1列伐採が、残された木の生育促進等を考慮した場合の方法で、他の方法は考えにくいと思われます。従って、本数間伐率はおよそ35%で、寺崎式間伐のA種間伐(本数25〜35%)とB種間伐(本数35〜45%)の中間的な間伐率で、決して強度間伐ではないと思われます。

残された2列の中には、当然優勢木で欠点のある木および劣性木もあるので、 残された樹木の樹型級の割合は、ほぼ間伐前と同じで、間伐の主目的である間伐後に良質な木が、必ずしも残されないことになります。今回の報告の中に、列状に残された木についても間伐するという報告もあり、少し安堵いたしました。

 木材が高く売れていた時には、一般には40〜50年生を主伐にし、2回程度の間伐を実施し、立木本数をおよそ1000本/ha程度としていたと思われます。従って、第1回目の間伐を列状間伐で行った場合、残され本数は1500本以上で、主伐までこの本数を維持させ、皆伐するのでしたらよいですが、長伐期に移行させるのであれば、2回目の列状間伐は不可能で、定性的な間伐を実施せざるをえません。

  以上のことから、列状間伐を初期に実施した場合についてのみ是非を論議したものと理解しました。討論の中でもでていましたが、第1回目の間伐の時期が遅くなった場合、形状比の増加で台風や雪害が危惧されますし、列状間伐を実施しているので、長伐期にした場合、残された立木配置に問題がないかの検討も必要と思われます。

  列状間伐の是非も重要ですが、列状間伐を行う場合の留意すべき点等を具体的に、かつ明確していくことが今後の課題と思われます。また、列状間伐を実施するかどうかは技術者や林業家が決めるべきことと思います。では、研究者は列状間伐を行うには、どのようなことを解決しておかねばならないかを早急に検討しておくことが重要と思われます。

強度間伐という言葉の曖昧さに警鐘を鳴らす?

倉田麻里(京都大学大学院農学研究科森林科学専攻) 

 このシンポジウムに参加させていただいて、改めて強度間伐への関心が高いことが分かったと同時に、強度間伐という言葉のあいまいさに悩まされた。今回はその中で私が感じたこと、これから必要とされるであろうことを書かせていただこうと思う。

・強度間伐の定義について

 まず、強度間伐を論じるには、強度間伐が何かということを決めないといけないと思う。それなのに、今回のシンポジウムでは、4人の発表者が4人とも異なる認識に立って強度間伐について論じたものだから、まるでディベートにはなっていなかった。むしろ、それぞれが「強度間伐とはこれだ」と主張したに過ぎないような気がした。科学的に論じるには、まず強度間伐が何かということについて、定量的な定義が必要であると感じた。とはいえ、今回の趣旨は科学的に論じることではなく、世間一般に言われていることへの問題提起であったので、その趣旨には合っていて、よいものであったと思う。

 それでは、強度間伐の定量的な定義について私なりにまとめてみたいと思う。まず、今回の発表者それぞれの定義を示す(*定義として示されていない方の分は、私がそう受け止めたものを示す)。

横井さんの定義*…優勢木を間伐する、上層間伐又は全層間伐で、本数間伐率が高いもの。
谷口さんの定義…本数間伐率35%〜40%、材積間伐率30%以上(列状間伐を含む)
大住さんの定義*…本数間伐率が高いもの。
山田さんの定義*…本数間伐率60%以上(格子状、列状間伐を含む)
また、本会の顧問渡邊定元先生の定義は、
渡邊先生の定義…材積間伐率40%以上(格子状、列状、群状などは間伐といわない)

というふうに、本会の中でも意見がばらばらである。特に大住さんの定義はあいまいで同じ本数間伐率でも選木によって結果が異なるため、混乱を招きやすい。しかし、一般に強度間伐というとこの定義が用いられることが多い。本シンポジウムはこのこと(強度間伐という言葉があいまいさを含んでいること)への警鐘を鳴らすというのも一つの目的であったのではないだろうか。しかし、このままでは議論が進まないので、本会の中では統一した見解を持つべきであろう。
これまで研究者の間で強度間伐という言葉が用いられてきたのは、同一林分に異なる間伐率で間伐を行った間伐試験地において、無間伐・弱度間伐・中庸間伐・強度間伐というように、相対的に高い間伐率を施した林分に対してつけた名前であったと思う。この場合研究者・試験地が異なれば、強度間伐と名がつけられる試験地の間伐率も異なった。また、社会的には、大正10年ごろからの天然更新の技術の一つとして用いられていたようだ。現在問題となっているのは後者のような使われ方をしているものだと思う。強度間伐=適正間伐と(なりうると)捉えるのか、強度間伐=適正間伐を超える間伐と捉えるのかによっても異なると思う。また、定量的な決め方を間伐率で表すのか、山田さんの発言にあったように間伐後の密度で表すのかによっても異なる。

  私個人の意見としては、間伐後の密度で表すことが合理的であると考えるが、間伐前の状態によっても評価が異なるので、併記が望ましいのではないかと思う。また、間伐率は、材積又は胸高断面積合計間伐率で表すべきで、本数間伐率で表すべきではないと考える。さらに、間伐の本来の意味(目標とする林木を育成するための保育と収穫の手段)から、場合によっては、強度間伐=適正間伐となりうるという立場に立ちたい。そこで、私の強度間伐の定義は、『高密度な林分に対して行なう、材積又は胸高断面積合計間伐率が30%以上60%未満の下層又は中層間伐かつ間伐後の胸高断面積合計が30〜50?u/haになる間伐(2列以上の列状は含まない)』とする。なお、材積又は胸高断面積合計間伐率が60%以上になるもの、胸高断面積合計が30?u/ha未満になるもの、及び高密度な林分に行う上層間伐は林業を放棄した伐採と考える。

・強度間伐の目的について

 強度間伐の目的についても、定義と同様あいまいであった。山田さんは、現在言われている強度間伐の中には、手入れの行き届いたor行き届いていない林分に対して、木材生産or公益的機能の発揮のために行なわれている、という4種類があると整理された。先ほど間伐と名のつく限りは、目標とする林木を育てるための手段であるべきと書いたが、公益的機能の発揮のために行なわれている強度間伐にも「あわよくば」という期待があると発表された。この「木材生産」と「公益的機能の発揮」という二つの目的の重なりについても考えなければならない。

 木材生産を目標とする林の中にも、収穫目標が異なれば管理も異なり、その目標に向かってたどる道も異なる。そのたどる途中において、公益的機能がどのくらい発揮されるかということを明らかにしなければならない。昨今の議論の中には、この長期的視点(今後どのように管理していけばどうなるか)というものがかけているように感じる。一度の施業で、林分の構造が大きく変わったとしても、木は生きている限り成長を続けるし、林分は様々な生き物の営みによって絶えず変化していくのである。その中で公益的機能というものも絶えず変化していくと思う。まず、どのような収穫目標を持った管理ならばどの期間にどのような密度になるのかということを明らかにすべきであり、その中で、現在の林分についてどのような施業をどのような目的(収穫目標を持った木材生産・人工林放棄・あわよくば)で行なうかということを明らかにすべきであると思う。また、これからの木材生産目標と密度管理についても考えて行くべきであると思う。

・今後研究者に求められること

 最後に、私が今回の議論で明らかになったと感じた今後の研究課題について示したい。

・強度間伐後の災害に関する研究

 これは、横井さんと山田さんの報告で間伐の有無によって災害が増えるか減るかという意見が割れたところである。しかし、この議論は主観的な判断でしかなく、科学的に解明するにはまず災害に対しての評価方法・研究手法を確立しなければならない。また、災害にも、雪害・風害・乾燥害などがありそれぞれの特性と合わせて研究を進めるべきである。研究手法に関しては、これまで発表されているような、「間伐率何%以上の林の何%が被害を受けた」や「間伐後2年以内の林に被害が集中した」「無間伐の林分は総倒れであった」などといった情緒的な記述は混乱を招くだけである。また、被害に対する強さに関しては間伐後の経過年数や間伐率よりも被害当時の林分の状況に影響されると思う。台風被害については、斜面の向きや風の通り道によって同じ向きの斜面であっても少し離れると受けた風の強さが大きく異なることがある。また、雪害についても同じ積雪量であっても雪質によって被害が異なる。いつどこに来るか分からない気象災害に対しての研究は困難が予想されるが、こういった点に気をつけてデータを集めていくべきであると思う。

・どのような林は健全or不健全なのかを見極める指標作り

 横井さんの発表において、質問の中でもあったように、どういう状態が「手遅れ・脆弱・不健全」というのか。という問いに対して、答えられるようにならなければならないと思う。それは、例えば、森林環境税を投入する時の指標にもなりうる。どんな人が見てもこれならば今すぐに手を加えるべきorもう手を加えても遅いということが分かる指標がなければ、ただの税金のばら撒きになる。補助金について言えば、現在のところ欲しいと手を上げた人のところに行くような仕組みである。もちろん、多種多様な森林にぴっちりと線引きをするのは難しいので、勘のある技術者の養成も必要である。また、生産(管理)目標や予算によっても異なってくる。

  研究者として明らかにすべきことは、どのような状態なら間伐によって成長が回復するかという予想、どの程度の台風・雪でどのくらいの被害が起こるという予想、どの程度の下層植生の欠乏・土壌の流出がどのくらい続けば生態系にとってどのくらい悪い影響が起こるのかという予想が立てられるようにすることだと思う。

・目指すべき管理手法の確立

 林学会1日目のシンポジウムでも言われていたが、「どのような管理ならよい管理がされているといえるのか」という問いに対して答えられるようにすべきであると考える。私が今回の林学会で発表した和歌山試験地の無間伐林分においては、1度の除伐しか行われていなかったが、41年生で平均胸高直径が22cmに達していた。従来の短伐期柱材生産を目標としているならば、収穫期を迎えた大成功な林であるといえる。しかし、現在の経済的な状況から、皆伐する予定はない。果たしてこの林を長伐期に持っていけるのであろうか。ここが不安なところである。それでは、長伐期にするにはどのような密度で管理していけばよいのだろうか?残念ながら、具体的な提案はされていないように思う。また、そのための選木方法なども見当たらない。最近、低コストでの木材生産のために皆伐が多くなってきたこともあり、地ごしらえ・植栽・下刈り・(雪おこし・除伐)・間伐などの施業体系を、木材生産と多面的機能の両立という観点で一から作り直す必要があるのではないだろうか。

以上、思いついたことを書かせいていただいたが、私もこのようなことを明らかにするために、できることから研究をしていきたいと思っている。

最後に、このようなことを考えるきっかけとなってシンポジウムを開いてくださった施業研究会の世話人の皆様、ありがとうございました。

間伐は作業の一つ、どのような森林に誘導していくかが重要!

龍原 哲(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻)

 森林施業研究会のシンポジウムは今回、初めて出席させていただきました。以前から森林学会の大会案内の最後にある関連研究集会の案内でシンポジウムのテーマや演題は見ておりました。毎年興味深いテーマを取り上げているのは知っていたのですが、森林計画学会の委員を長くやっております関係で、同じ日に開催される森林計画学会のシンポジウムのほうに毎年出席しておりました。今回は、当学会の企画運営理事から来年は森林施業研究会との合同シンポジウムを開催するのもおもしろいのではないかという発案があり、森林施業研究会の様子を見てくるという目的もあって、初出席となりました。出席してみて最初に感じたことは、まず、いわゆる県林試をはじめとする都道府県の方が多く参加されていることでした。「まだ林学をやっている!」のキャッチフレーズのとおり、現場で実際に問題になっている課題を毎回取り上げていることが各県の林業関係者を惹きつけているのでしょう。

 今回のテーマは強度間伐についてで、ディベート形式で賛否両面からの報告があり、おもしろい試みであると思いました。総合討論でも多くの方が強度間伐に関する賛否の意見を述べられ、大変有意義なシンポジウムであったと思います。どちらかというと都道府県の方は賛成意見が多かったように感じました。現在間伐遅れ林分が増加しており、何度も間伐を繰り返すのは難しそうなので、強度でもよいから速やかに間伐を行ったほうがよい、という考えは理解できます。ただ、総合討論の際にどなたかも指摘されていましたが、間伐は作業の一つであり、どのような施業体系の中で、あるいはどのような森林に誘導していく中で行うかが重要と思います。例えば、今回よく話題にでていたように針広混交林に誘導するための強度間伐か、「なすび切り」をしながら長伐期にもっていくのか、あるいは、長伐期施業で間伐回数を減らすための強度間伐か、複層林施業に移行する上で樹下植栽するための強度間伐か、というような施業における位置づけが今後の討論の課題かと思います。

 それから施業体系を考える際には、各林分の立地条件を基に、森林の成長や変化、風害や雪害などの災害に対する危険度、経営面から見た収支などを考慮する必要があると思います。例えば、岐阜県森林研究所の横井さんがシステム収穫表「シルブの森」を使って間伐後の成長予測について触れられ、森林総合研究所の大住さんは更におおまかな伐採時の収入について述べられていました。システム収穫表によっていろいろな間伐後の成長予測を行うことができますし、採材基準を決めて、材長別径級別材価を指定すれば、収益面からの得失について考えることができます。通常の間伐と強度間伐を行った場合、間伐時と主伐時の収入の合計がどのように変化するかについて詳細にシミュレーションすることができるようになっています。もし、このテーマについて更に議論する場合には、施業体系を決める際に考慮しなければならない上記の観点からもう少し突っ込んだ議論されてもよいのではないかと思います。

 私自身は1つの小班だけですが、人工二段林上木、下木の成長経過を調べております。90年生スギ人工林を強度間伐し(本数割合50%、断面積割合30%強)、その後スギ・ヒノキを樹下植栽した林分で、間伐後15年経過しております。立木が強い風を受けると折れたり根返りはしなくても、材に「もめ」や「目まわり」が出る可能性があるので、風害の危険性は見た目以上にあるというお話はこれまで考えたことがなかったので、勉強になりました。反対の立場からの報告で強度間伐はまだ技術的に確立されていないとのご指摘がありましたように、強度間伐に関しては技術的に検討する余地や問題点が多くあるように思いますので、今回のシンポジウムの内容を自分の研究にも生かしていきたいと考えております。

地方行政に関わる者の立場から強度間伐について考えたこと

福本 浩士(三重県松阪農林商工環境事務所)

 今回このシンポジウムに参加して、日頃仕事をしていて疑問に思っていたことが少しだけ解決したように感じました。日頃の疑問というのは、「本数調整伐を実施して最終的に複層林に誘導し、公益的機能を高度に発揮させる」という行政が頻繁に使用する整備目標のことです。私は現在、治山事業を担当しており、保安林整備事業(保安林改良事業、保育事業など)では材積率で30%、本数率で40%〜45%の本数調整伐を実施しています。しかし、過去に事業を実施した場所を確認しても、下層植生はほとんど見られず、樹冠も回復している場合が多いのです(間伐という意味では好ましい状況かもしれませんが。。。)。

  岐阜県森林科学研究所の横井さんの発表をお聞きして、?@「間伐」という言葉を間違って使用していること、?A広葉樹の発生の素となるものが不確定であるのに下層植生(低木性の広葉樹、草本など)の誘導を期待していること、?B管理が放置され、形状比が90以上の林分では、強度間伐を実施すれば風倒害発生の危険が高くなること、?C強度に上層間伐をすると将来の森林蓄積が減少すること、この4点の重要性を改めて考えさせられました。

  行政は、森林所有者が管理を放棄した森林のうち、保安林を治山事業で整備しているのですが(三重県では、森林を生産林と環境林に区分し、環境林のうち保安林以外については森林環境創造事業で針広混交林へ誘導する事業を行っている)、上記の?@〜?Cを熟慮しないと森林を荒廃させてしまう、あるいは事業の効果が発揮されない状態に陥ってしまう危険性も併せ持っています。行政の立場にいる者は、現地の森林の状況を十分に把握して事業を実施しなければならないと思います。林業に携わる人間としては、森林の管理を放棄しないで欲しいのですが。。。

  「強度間伐を実施し過密林を複層林、針広混交林へと誘導して、森林の公益的機能を高度に発揮させる」という幻想的なフレーズを行政の人間は簡単に使ってはいけない、ということを改めて認識したシンポジウムでした(でも、行政の人間は使ってしまうんですよね)。

強い競争状態にある林分は強く急いで、最大樹高に近い林分は慎重に

塚原 雅美(新潟県森林研究所)

 今回参加して、強度間伐推進派、慎重派の双方の意見を聞くことができ、興味深かったです。全体を通じて感じたのは、同じ強度間伐といっても、対象としている林分も作業目的も様々だということです。推進派の谷口さん、山田さんは、現在大量に存在する間伐対象林分の間伐をいかにこなしていくかという方法論を、慎重派の横井さん、大住さんは、現在政策的に展開されている収穫的意図の強い強度な抜き伐りに対して問題提起をされていたように思います。しかし、林分の発達段階別に整理して考えると必ずしも対立した意見ではなかったのではないでしょうか。質疑応答の議論の中でもでてきましたが、やはり樹高成長途中で強い競争状態にある林分は多少強くても機械的にでも急いで間伐、最大樹高に近い林分は慎重にという風に整理して良いのではないかと思いました。個人的な経験に照らし合わせると、収穫期の強い抜き伐りについては、作業後発生した風倒現場を見た時のなんともいえない敗北感のようなものが心理的に効いているので慎重にならざるを得ません。新潟県では従来台風被害はそう多く報告されてこなかっただけに印象は大きいものがあります。反面、若齢期の強めの間伐については、雪圧害で優占木密度の低くなった林分を見ている限り、理想的ではないにしても選択肢としてはありかなと思えます。今後は質疑応答の中で示された、気象害の回避、予測方法、また強度間伐推進の原動力となっている水土保全機能に関する課題について、ますます議論が進むことを期待したいと思います。

強度間伐と“環境”について感じたこと

恩田裕一(筑波大学大学院生命環境科学研究科)

 今回初めて森林施業研究会に参加させていただきました。門外漢のピントの外れた質問にも,暖かく迎えていただきありがとうございます。また,参加メンバーに共通して,森林に対する“愛”を感じることができ,これはとても重要なことであると思っています。我々はといいますと,樹木そのものというよりもむしろ,水や環境に興味があり,現在,施業放棄されたヒノキ林においてどのような水循環,環境への影響があるか,調べるためのプロジェクトを行っています。

http://www.yae-mizu.jst.go.jp/yae-mizu/2nd/contents/kenkyu-kadai-15/15-onda/onda-1.html

このプロジェクトにおいては,実際に施業放棄されたヒノキ林において,どのような水資源上,環境上の問題が生ずるのかを科学的に明らかにすることが目標ですが,問題点が明確になることが,むしろ間伐のための資金獲得の論拠となると思われ,結果的に林業に貢献できるのではないかと思っております。

ところで,人工林の“荒廃”と河川環境への関係について,問題を解決するための解は,間伐,特に強度間伐しかありません。今回の研究会において,様々な強度間伐手法があることが勉強になりました。少なくとも短期的には土砂流出の影響が大きそうな施業方式もあり,そうでないのもあるようです。ただ,長期的な評価も必要だという気もしますので,現時点におきましては,現在施業方式についてのコメントは控えさせていただきます。

 
図1 散水実験の様子

 その中で,多少違和感があったのは,補助金に対する考え方です。程度の差こそあれ,森林の公益的機能の回復がその支出根拠にあげられていることが多く,これについてはもう少し正面から取り組む必要があると考えられます。ただそのためのデータ提供はむしろ我々の責務でもありますので,何とか協力させていただき,より森林の公益的機能回復のための施業方法を実行に移せればと思っております。現在,我々は雨滴衝撃を再現した形の小型浸透能測定装置を開発し,それで下層植生状況の異なる林分において浸透能測定を行っています(図1)。そうしますと,表層被覆との関係がきわめてはっきり出ており,林床がほぼ裸地化した区画においては,最低で14mm/hという浸透能も測定されております。これは少しの雨で容易に表面流が発生する浸透能です。いずれにせよ,我々は表層被覆と浸透能の関係を定量化し,それに基づいて表層被覆の評価を行い,林床植生を回復させるための数値目標として施業管理手法に組み込んでいきたいと思っております。

  現在各地において,近年「水源税」という形で,上流の森林管理費用を下流域の住民に負担させようということも行われはじめてきています。この種の税金は,住民の反対のきわめて少ない,未だかつてない住民の支持が得られている増税です。ただ税金を特定の目的に使うと明記して徴収する以上,行政は,使われる資金が水源涵養,流域環境改善のために有効に使われているかについての説明責任があり,森林施業する側もそれを強く意識して行わないと,ある時,強烈なしっぺ返しが起こる危惧があります。実際,どのような森林施業がどの程度水資源確保に貢献するのか,またどの程度環境によいのか,科学的な検証はまだまだこれからなのですが,我々も研究成果を積極的に還元いたしまして,より環境によい強度間伐のあり方を施業研究会の方々と模索できればと思っております。

 
写真4:話題提供の風景

<強度間伐討議を終えて−演者の溜息> 

技術用語としての強度間伐と政策用語としての強度間伐

大住 克博(森林総研・関西)

 今、林業関係の世間で「強度間伐」は、造林技術上の最重要課題と言っても過言ではないでしょう。間伐推進の切り札として、列状間伐の代替用語として、針広混交林化・広葉樹林化のプロセスとして、また、木材資源の整備から林業採算性の向上、そして公益的機能の発揮まで、様々な場面でのキーワードとして、流布しています。しかし不思議なことに、今まで森林学会など、技術研究の場で議論された形跡は、極めてかすかです。だから、「強度間伐」という言葉は盛んに使われていても、共通認識はまだ形成されていないのだと思います。

このことは、今回の討議で、あるいは終了後に、私どもに寄せられた感想、意見などからも明らかでした。例えば、重要な議論があったが混乱気味であった、結論がまとまらなかった、強度間伐の定義をしっかりしてから議論すべきでは、等々の言葉が寄せられました。

 これらのご批判は、企画者として大事に受け止めたいと思います。しかしその一方で、「強度間伐」という既に一人歩きをしだしている言葉の持つ多義性、混乱、曖昧さこそ「強度間伐問題」の本質であり、怖さである(立場が代われば評価すべき「可能性」なのかも知れませんが)、このシンポを通して第一に理解して頂きたかったのは、まさにそのことであったということも、あらためて強調しておきたいと思います。

 例えば、これを純粋に造林技術内の問題として扱い、選木による点状の中下層間伐で材積間伐率が20%と40%との間の成長量や幹形の変化、あるいは風害リスクや間伐工程を比較するのであれば、議論はすっきりし、それなりにきれいな「森林科学」になったでしょう。しかしそれは、目前で大きなうねりとなりつつある「強度間伐」という現実に、どれほど寄り添った議論になり得たでしょうか。私には疑問です。

  近年強度間伐が大きく取り上げられるようになってきた背景は、ここではいちいち数え上げませんが、様々な状況が絡み合っています(木霊:森林施業研究会ニュ−ズ・レター  No.33 2006.6.の拙稿参照)。昨今の「強度間伐」は、もはや単なる技術用語ではなく、政策用語に近い存在であると言えるでしょう。その理解なくして、「強度間伐」問題を正確に解析し議論することはできないと思います。

林業、森林資源管理において、技術と政策の関係は難しいものです。20世紀の日本林業、林政史を眺めれば、まさにその葛藤の歴史であることが分かります。技術の論理と政策の論理、互いに批判は簡単ですが、現実にはなかなかどちらかに割り切れるものではありません。場合によっては、どちらも極端に破綻しないような(面目を失わないような)、現実的でありながらも基本的な賢明さを保った道を探す必要があります。現在の「強度間伐」問題も、その典型でしょう。「強度間伐」という用語の持つ多義性、混乱、曖昧さを理解したうえで、技術として何を排除すべきか、何を提案していくことができるのか。もう少し考えてみたいと思っています。

強度間伐はできる(技術論として)−しかし、林業技術者として捕捉します。強度間伐をやっても良い林分は、条件の限られた、極わずかな林分しかありません。だから強度間伐の導入する林分の見極めには慎重に慎重を期してください。−

谷口 真吾(琉球大学農学部生産環境学科)

  間伐は、言うまでもなく、森林の健全性とその成長量を高めるため、個々の立木の保育を目的に実施するものであり、さらには、除去する間伐木の伐採、搬出(伐出)で収益(利益)をあげることができる、主伐に準じた生産活動である。

  最近では、林野行政の手厚い補助政策(補助金制度)により、高性能林業機械の導入と林道・作業道の開設密度が充実してきた。このバード整備(高性能林業機械+高密度路網)によって、間伐コストが大幅に削減できるようになった。ということは、利用間伐として、採算性の向上が可能になった。もちろん、基盤整備された経営林は収穫期にあるので、それらを最大限に生かして、高性能林業機械による列状型の強度間伐が進められている。列状間伐による強度間伐は、確実に一定割合の良質材が含まれ、間伐材搬出による収益増に直接つながる。しかしながら、間伐による収益を高めようとすればさらに、良質材のみを選択的に抜き伐るので、必然的にさらなる強度間伐になる欠点も有する。

  シンポジウムにおいても主張したように、私は、保育と収益を兼ね備えた強度間伐は、高性能林業機械+高密度路網の列状間伐しかなし得ることができないと考えている。そして、そのための絶対的な条件がある。その条件とは、1.間伐木の伐採、搬出において、絶対に収益(利益)があること(赤字にならないこと)、2.間伐後、持続的な林業経営を見据えていること(持続的な経営ができること)。この、たった2つの条件を実現させる強い意志と覚悟と根性があれば、列状間伐とその応用による列状間伐型の強度間伐は推進「できる」。そして、保育+間伐の効果と間伐材の伐出による収益(利益)が得られると述べた。

  列状間伐の応用技術とは、間伐収入を得ることプラス、間伐後に持続する施業のための基盤づくりを考えた方法である。強度間伐である列状間伐を導入することは、収入が得られるやり方を工夫することと、持続的な林業経営のための作業道や林型(林分構造)などの基盤整備の先行投資をすることになる。

  しかし、シンポジウムの私の発言に、林業技術者として捕捉させて欲しい。それは、列状型あるいは点状の強度間伐をやっても良い林分は、条件の限られた、極わずかな林分しかない。だから強度間伐の導入できる林分の見極めには、慎重に慎重を期して欲しい。でないと、明確な理念や意志、哲学のない強度間伐は、森林の質を大きく低下させ、取り返しのつかないことになる。この危うさが強度間伐の問題点でもあるし、実施面積が拡大することに警戒感をもつ大きな理由である。このような危険性を隣り合わせであることは十分に理解して強度間伐を進めないといけない。5年に1回、5本に1本の割合で実施する点状の定性間伐をするのであれば、そんなことは問題にはならないのだが・・・。

  この時期(林齢45〜55年)の列状型の強度間伐で収益をあげることができたら、さらに今後、長伐期化とともに、資源が一層充実していく。間伐列に後継樹を植栽(天然更新)し、帯状複層(相)林に誘導するような長期育成循環施業に移行できれば、利用間伐によって、抜き伐りを繰り返す「循環状態」の帯状複層(相)林に誘導することも視野に入れることができる。列状間伐で固定した伐採列あるいは開設した作業道は、今後、利用間伐に有利に働く。

  このように、列状型の強度間伐を利用間伐のひとつの施業体系として、林業経営に組み込むことができたとき、このときこそ、補助金に頼らない持続的な林業経営の樹立を目指すことが望ましいと考える。

討議を終えて「強度間伐で行かざるをえない?」

山田 隆信(旧:山口県林業指導センター)

 今回は、「強度間伐で行こう!」という立場で、発表させていただいた。ディベートとはいえ、この立場での発表は抵抗があったが、自分なりに問題を整理すると森林環境税を導入している府県では「強度間伐で行かざるをえない!」状況にあることがわかった。

  さて、強度間伐の定義等はいろいろあり、今回のシンポジウムの参加者の間でも、議論が分散してなかなか整理されなかった。それは、「どのような人工林に、どのような施業をして、どのような森林に何年後になるよう目指すのか」が、参加者の中でも、われわれ発表者の中でも整理されてなく、強度間伐の定義もその技術体系も確固たるものがないというのが現状であろう。

  発表の時は「教科書通りに間伐が実施されている人工林と、そうでない人工林」という表現をしたが、実際に教科書通りに間伐できていない人工林は多く存在するし、それに対応する適正な技術がないのも確かだと思う。間伐が適正な時期にされていないと、haあたりの成立本数が通常より多いし、枯損や広葉樹の侵入など同一林分内なのに林況がかなり違う。ここで、間伐を複数回実施するという選択と、一度で実施する選択があり、一度に実施するのが強度間伐ということになるのだろうが、安全性、その後の成長等の技術的な裏付けがない。また、議論の中では適正な間伐実施林分に対する挙度間伐の導入という話も出た。今後、強度間伐とはなにかという定義と、体系整備が必要である。

  また、他の3人の発表者は経営ベースで発表されていた。しかし、今、府県の育林担当者が直面している問題が、森林環境税である。多くの府県でこの森林環境税関係は導入(または導入予定)されている。そして、その多くの導入目的が「経済的に成り立たたず管理放棄された人工林で、40%以上の強度間伐を実施し、公益的機能を高度に発揮させる」というニュアンスを含んでいる。さらに、その導入評価が府県の育林担当者に求められている。そのため、今回のような趣旨で発表させてもらった。

  府県の研究員として、既に導入が決まった事業に対して「強度間伐反対!」とは今更言えないし、つじつま合わせの調査もできない。上手に運用するために、どのように取り組めばうまくいくのか、またいかないのか。うまくいかないならその問題点を洗い出し、改善点を提案する等前向きな取り組みとしての研究が必要だ。

 しかし、強度間伐によって針広混交林化、下層植生の繁茂等が確実に全ての林分で促されるのか?なるのならどの時点で?などが全くわかっていない。

  本県で行った3パターンの間伐方法(間伐率60%)では、格子状、列状等のギャップをつくることにより、平均裸地率95%で階層構造も全く発達していないヒノキの林分で下層植生の繁茂、階層構造の発達が見られた。逆に、従来の点状間伐では保残木の着葉量が増え、3成長期後には間伐前より閉鎖してしまった。小面積皆伐とも呼ばれる方法ではあるが、このようなやり方をしないと、目に見える変化を促すことができないのではないだろうか。また、一方でこのような強度間伐方法の気象害等のリスクについても全く分かっていない。

  以上のように、森林環境税関係の強度間伐の目的はそれなりに明確なのだが、実現のための技術的確証が現段階では、ほとんどないと思う。そのため、我々研究者に求められているのは、強度間伐に対する技術開発である。しかも、すでに動き始めているので、早急に結論を出さなければならない。

  最後に、「強度間伐で行かざるをえない」状況にあると書いたが、強度間伐万能論者ではない。強度間伐で対応すべきでない林分はたくさんあると思う。しかし、強度間伐は全ての林分に通用する技術ではないが、強度間伐の技術・体系が確立されることで森林所有者にとって林業技術の選択肢の一つになれば良いと思う。

討議を終えて

横井 秀一(岐阜県森林研究所)

 今回のシンポジウムは,自分としては,ワクワクして望みました(発表はドキドキでしたが)。とくに,会場からどんな反応が返ってくるのかが,楽しみでした。強度な間伐に疑問を持っている人が多いことがわかり,「強度間伐慎重派」の意見を述べた立場として,少し安心しました。その一方で,間伐が強度にならざるを得ない現場が多いことも,再認識できました。

 さいわい私は,かなり自分の本音に近いところで,発表することができました。「そうは思うけど,現実を考えると・・・」の部分を無視して話を作ることで,多少,自分の頭の整理もできました。ただ,「技術論として」と銘打ちながら,プレゼンを作っている途中で,どこからどこまでを「技術」として捕らえればよいのか,よくわからなくなってしまいました。この点で,本当の技術論になっていなかったのではないかと,反省しています。

 本稿を書き始めたとき,「みんな,理想と現実の狭間で悩んでいる」と書きかけました。しかし,理想が何かと考えたとき,それがないから困っているのではないかと思い直しました。そんなことを考えていたら,ふと,「行政,現場,研究のうち,最後まで悩み続けるのは誰なのだろうか」などと不謹慎なことを思ってしまいました。さじを投げないよう,皆で一緒に考えていきたいものです。

<問題提起者としてのシンポ総括>

シンポジウム「強度間伐で勝負する?」で、話題提供を頂いた皆様、大変ご苦労様でした。とりわけ、自分の主義・主張(想い)とは別に、強度間伐の推進側を演じてくれた谷口さん、山田さんには申し訳なく思っております。もっとも、お二人が迫真の演技で、強度間伐を主張された結果、会場の雰囲気は、「強度間伐止むなし」といった流れになり、私個人としては、若干慌てふためいてしまいました。そうした背景として、実のところ、「間伐」とはいったい何なのか、こうした間伐の遅れが何によって生じているのか、といった技術的、歴史的、経済的なとらえ方が、参加者の中で不十分ではなかったのかと思われました。「間伐施業」といった「間伐」を目的化した森林管理が疑いもなく行われていることの背景がそこにあります。

  技術的には、「間伐」の中身の変容があり、概念や理論の空洞化が見え隠れします。本来であれば収穫期にある林分が、下層間伐(保育間伐)を軸に行われたり、作業道支障木を間伐木としてカウントし、間伐率が高く見えたり、集中する伐採があたかも全林分に均等に実施されたように操作するなど、本来の密度管理といった中でも、低密度林分への誘導とは全く異なった間伐が「強度間伐」として推奨されるのは、どのような理屈があったにしても、非科学であり、不合理です。それが、木材の生産目的ではなく、林業不適地でも林分の健全性確保という目的で実行されるのであれば、よしとする論理も、ならばそもそも、そんな場所に誰が植えたのかといいたくなるのは私だけではないはずです。

  政策的にも、多くも問題があります。参加者の中で、ことここに至っては、どういう理屈であれ、間伐を行わなければならないといった主張や雰囲気がありました。これは全く冷静さを欠いた反応と言わなければなりません。谷口さんが、現下の間伐事業が強力に進められる背景に、バブルといってもおかしくない補助件制度があることを指摘し、それが故、間伐が可能となっていることは間違いありません。しかし、こうした事態は、いつまで続くのでしょうか?一方、間伐を一律に全ての人工林に余すところなく、実施するといった不合理も生じます。間伐を実施し、効果があがる場所で適切な間伐を実施するが、実のところ林業技術者には求められているのです。実態として、予算が決められ、その実行する”補助金のばら撒き”政策が行われているのです。これはほとんど、”公共事業”の林野版です。

  私も、森林の整備や育成に公的資金が導入されることを悪いこととは考えませんが、一方で、こうした公的資金がよりよい山づくりにつながっていたい事例を数多く目にします。技術的に可能だから、制度的に実施可能だから行うということでは、本当に困ると思います。しかし、実際のところ、間伐効果の検証も行われず、間伐が山づくりの全てと言った雰囲気が、この業界にあることを危惧します。

  そうした意味で、今回のシンポジウムが成功だったのか、失敗だったのか、正直、どのように評価してよいのか悩んでいるところです。(鈴木和次郎)

 
写真5:シンポジウム前夜祭(全国交流会)で挨拶する渡邊顧問

<シンポ呼びかけビラ上の設問森林施業特論期末試験解答>

間伐率は何%? 

施業研究会シンポジウム“「強度間伐」で勝負をする?”のビラ(3月発行の森林施業研究会ニュ−ズ・レターNo.36に掲載)にあります【森林施業特論期末試験】を、ご覧頂きましたでしょうか? 

林家の兄さんの話を聞いて、間伐率を求めるものです。結構、難問であるとの感想を頂いています。この度、長野県林業総合センターの皆さんより考え抜いた答案をお寄せいただきましたので、模範解答として掲載させていただきます。

さて、このアニさんの独白「うちの間伐率いったいなんぼや?」の本歌にお気づきでしたでしょうか。大阪万博の年、1975年に出た関西ブルースロックの名盤、上田正樹と有山淳司の「ぼちぼちいこか」に収められていた「俺の借金全部でなんぼや」です。作詞はあの三上寛。お分かりになった方は、もう私と同じ50代以上でしょうか。たがいに残りの人生、ぼちぼち行きましょう。(大住克博)

長野県林業総合センター育林部有志(「間伐率模範解答」 pdfファイル

<編集後記>

春先の山菜シーズン、世に言う団塊の世代は、競って山に入る。こうなると採取狩猟民族の先祖がえり、血が騒ぐのだろうか?フキにはじまり、ワラビにゼンマイ、ウドにタラの芽、はてはコシアブラ、ネマガリダケ。お陰で、のどかな春の陽の下で、おしおち狸寝入りならぬ狢寝入りも出来ない。しかも、人間どもは素人っぽくなり、バイケイソウをウルイ(オオバギホシ)、トリカブトをニリンソウ、タカノツメをコシアブラと間違え、救急車を呼ぶ騒ぎまで引き起こす。果てはゴミ。可燃物、プラスチック、ビン・カンとうるさく分別を求められる都市生活を離れた反動か、やたらゴミを捨てる。それこそペットボトル、空き缶、コンビニ弁当の包みなどなど。お陰で我々獣仲間にはこれらを漁る卑しくものまで現われる。加えて、不幸な出会いの数々。仲間(クマ公)がやたらと殺される。なんとも悲しく春うらら。(狢)

 

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