森林施業研究会ニュ-ズ・レター No.42 2008.09.04
Newsletter of the Forest Management and Research Network
2008年度の森林施業研究会現地検討会は,11月上旬に,岐阜県(西濃~中濃~東濃)で開催します。この現地検討会では,『針葉樹人工林施業の持続』というテーマのもと,スギ・ヒノキ択伐林(人工林)の現状,スギ長伐期施業(人工林)の実践,ヒノキ長伐期施業・択伐林施業(人工林+人工・天然更新)への移行過程,ヒノキ・サワラ天然生林の現状を視察します。これらを通して,現存する針葉樹人工林をこの先どのように伐って,どう更新させるのか,また,その時に向けて,今どのように間伐をして,どんな道をつけるかなど-「施業の持続を意識した森林の取り扱い方」について,議論を深めたいと考えています。ぜひ,ご参加ください。
●日程
2008年11月5・6・7日(水・木・金)
●テーマ
メインテーマ 針葉樹人工林施業の持続
サブテーマ (1)針葉樹林の伐採と更新
(2)目標林型に向けた間伐
●主な行程
11月5日(水) 関ヶ原町役場(JR関ヶ原駅そば)に集合(12時半ころ)
今須択伐林(関ヶ原町)
広葉樹木材市場(各務原市)
セミナー・宿泊(山県市)
11月6日(木) 中原林業と椿森プロ(山県市)
加子母森林組合(中津川市)
セミナー・宿泊(中津川市)
11月7日(金) 木曽ヒノキ備林(中津川市)
JR中津川駅で解散(14時ころ)
※行程については,諸般の事情で,変更になる場合があります。
●費用
20,000円程度を予定
●参加申し込みの方法
下記の内容を,テキストメールの本文に記載し(くれぐれも添付ファイルにしないでください),岐阜県森林研究所・横井へ,申し込みください。締め切りは,10月10日(金)とします。参加者には,後日,詳しい日程や集合場所を連絡します。
メールの送付先:yokoi@forest.rd.pref.gifu.jp(@を小文字にしてください)
※行程内の移動は,自動車に分乗して行っていただきます。近県の方は,自動車での参加と他の方の同乗にご協力ください。
※部分日程で参加されたい方は,ご相談ください。
※E-mailが利用できない方は,ファクシミリ(0575-33-2584)にて,申し込みください。
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参加者氏名:
所属:
連絡先(TEL, e-mail):
宿泊の希望: 11/5 11/6
交通手段: 鉄道 自動車運転 自動車同乗 その他( )
自動車運転の方:運転手以外( )人まで同乗可能
その他(意見や希望など):
※「宿泊の希望」と「交通手段」は,不要な部分を削除してください。
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●問い合わせ先
横井秀一(岐阜県森林研究所)
yokoi@forest.rd.pref.gifu.jp(@を小文字にしてください)
TEL 0575-33-2585
FAX 0575-33-2584
●現地検討会の見どころ
◇今須択伐林(関ヶ原町):スギ・ヒノキ人工林の択伐林施業で,その名を世間に轟かせています。しかし,近年,択伐作業が行われなくなり,林型が従来とは異なってきています。どのように林型が変化し,そのことが今後の林分構造や施業形態にどのような影響を及ぼすのかを見て,考えましょう。
◇広葉樹木材市場(各務原市 小林三之助商店原木センター市売部):岐阜県には,広葉樹を主に扱う木材市場が高山市と各務原市にあります。訪問先は,各務原市の木材団地内にある,広葉樹専門の木材市場です。視察では,広葉樹材の流通や価格動向などについての話が伺えるでしょう。
◇中原林業(山県市美山地区):代々続く林家で,スギ人工林の長伐期施業(約90年伐期)を中心に,林業経営を行っています。近年では,主伐を従来の皆伐作業から漸伐作業に変え,また,積極的な作業路の開設も行っています。林業を継続するための山づくりや林業経営について,話が聞けることでしょう。
◇椿森プロ(山県市美山地区):「森プロ」とは,昨年度から岐阜県が進めている「健全で豊かな森林づくりプロジェクト」の略です。林業事業体や森林組合が単独,あるいは手を組んで,間伐が進まない山林を団地化(500ha規模)し,計画的に間伐などの作業(機械化による効率的な間伐)を進めるモデルに対して,県が支援しようとするのが森プロです。小規模山林所有者のとりまとめや,間伐遅れ林分での間伐のしかたなどについて,見聞きできるでしょう。
◇加子母森林組合(中津川市加子母):加子母は東濃檜の産地の一角にあります。加子母森林組合は,古くから道作りに励み,すでに高密度になっている路網を活かした作業を行っています。最近では,「美林萬世之不滅(びりんばんせいこれをたやさず)」と謳い,ヒノキ人工林の択伐林型化を模索しています。全国から視察に訪れる森林組合の,山づくりに対する姿勢・理念を知ることができるでしょう。
◇木曽ヒノキ備林(中津川市加子母 国有林):中部森林管理局東濃森林管理署管内の加子母裏木曽国有林内にあり,かつては「出之小路神宮備林」と呼ばれていました。伊勢神宮の遷宮用の木材供給をはじめとする貴重な建造物への用材供給や,学術研究の目的で維持管理されています。強度に伐採された後に天然更新で成立した,ヒノキ・サワラ林を見ることできます。
2008年夏、施業研究会の大住さん達の企画による、中国安徽省・湖北省のナラ林・ブナ林視察旅行に参加する機会を得ました。これは、大住氏の古くからの知己で、現在中国に滞在中の生方正俊さん(林木育種センター)のご尽力により実現したものです。生方氏はJICAの「日中協力林木育種技術センター」プロジェクトで長期専門官として派遣されておられ、今年10月のプロジェクト終了とともに帰国される予定です。
私達は、さる6月末から7月初旬にかけて1週間程度、中国・華中地方の安徽省と湖北省を訪問し、世界遺産の黄山(Huangshan)や、低地のクヌギ林、山地ブナ・ナラ林などを視察したほか、三峡ダムや黄鶴楼といった観光地も立ち寄ることができました(図参照)。メンバーは、森林総研の大住氏を団長に、鈴木氏・金指氏(森林総研)、崎尾氏(新潟大)、横井氏(岐阜県森林研究所)、中田氏(静岡県西部農林事務所)といった施業研究会のお馴染みの方々です。私は林学に疎い遺伝分野の研究者にすぎませんが、2006年の雲南に続き、付いて行かせていただきました。
私達は6月29日に安徽省の省都である合肥(Hefei)に入りました。空港にはすでに、生方氏が安徽省のカウンタパートである蔡衛兵さんと迎えにきてくださっていました。晩には、安徽省林業庁副庁長の程鵬さんや安徽省のカウンターパートの方々の歓待を受けました(写真1)。
写真1:団長と程鵬さん |
写真2:馬尾松のマツノザイセンチュウ抵抗性育種試験 |
翌6月30日、私達はまず生方氏のプロジェクト現場である、「安徽省マツノザイセンチュウ抵抗性育種センター」の試験地を見学しました。合肥市郊外の「合肥高新技術農業園」の構内にある40haの苗畑では、バビショウ(馬尾松、Pinus
massoniana)のマツノザイセンチュウ抵抗性育種試験が実施されています(写真2)。マツノザイセンチュウによる松枯れ被害は中国では1982年に南京で初めて報告され、ここ安徽省でも被害が拡大しています。安徽省の森林面積の4割が松林からなり、この地方の主要なマツであるバビショウの抵抗性育種は重要な課題です。これまでに251家系1209株の抵抗性候補が選別されています。現在、これらの抵抗性候補株を継ぎ木によりクローン化し、接種試験による再選抜を実施しているとのことでした。
さらにこの日は、合肥の南方に位置する安徽省肥西県の紫蓮山国家森林公園を訪れました。主峰の標高が190m程度の低山ですが、三国志武将の墓や仏教寺院などの古刹を擁し、山腹には数十平方キロの森林が保持されていて、栓皮檪Quercus
variabilis(アベマキ)、麻檪Q. acutissima(クヌギ)、黄檀Dalbergia
hupeana、黄蓮木Pistacia chinensisの古樹群が残されているとのことです。私達は公園内をしばらく散策しました(写真3)。コウヨウザン等の植裁木も混じるもののクヌギ・アベマキが中心の暖温帯性の二次林という印象の林で、バビショウ、エノキ、クリ、サワフタギ、テイカカズラ、ヌルデなども見られました。また林縁部などには上記の黄檀、黄蓮木も見ることができました。これらは日本には自生しない種で、暖温帯から熱帯にかけて分布する先駆性樹木と言われています。大住氏曰く、プレートでクヌギとされている樹にも(葉裏の星状毛などから)アベマキ的な形態のものがだいぶあったとのことで、交雑により種の境界は曖昧になっているのかもしれません。なお、中国にはクヌギ節は3種あり、上記2種のほかにQ.
cheniiというクヌギが存在するのですが、残念ながら今回Q. cheniiには出会えませんでした。
写真3:安徽省肥西県の紫蓮山国家森林公園 |
写真4:黄山のシンボルでもある黄山松 |
昼食後、翌日の黄山登山のため安徽省南部に位置する黄山市へ約350kmの道程を移動しました。関東平野のように視界に山の無い景観だったのが、南下してゆくと次第に山あいになり、時折、遠方に九華山や黄山などの山塊が見えました。また、高速道に面した山腹には茶畑が見られるようになりました。黄山市は緑茶の産地であるとのことです。中国は烏龍茶などの半発酵茶のイメージが強く、実は緑茶が最もポピュラーであるとは知りませんでした。ただ、多くの茶木は小さくまるで苗木のよう、一部は葉が赤変しているのが気になりました。昨年の冬、この地域は100年ぶりの大雪に見舞われたとのことで、雪害の影響があるのかもしれません。
黄山(Hunagshan)は世界遺産にも登録されている有名な景勝地です。最高峰の蓮花峰で1865m、海抜1000m以上の奇峰が連なる独特の景観は花崗岩が浸食されてできたものだといいます。7月1日、私達は黄山市から黄山に向かいました。黄山登山には、黄山市林業科学研究所・潘新建先生がご同行くださいました。黄山には3つのロープウェイがあります。私達は慈光寺口のロープウェイで上り、下りの雲谷寺口までの山道を歩きました。
ロープウェイから、黄山のシンボルでもある黄山松(Pinus taiwanensis)が崖の間から力強くまっすぐに伸び上がっているのが見えました(写真4)。黄山松は黄山の標高800m以上に分布し、それ以下では馬尾松が生育するとのことです。ロープウェイが上がっていくに従い私達は濃いガスに包まれました。「牛乳の中にいるような」ガスの中、強風でロープウェイが(日本では考えられないくらい)揺れ、さすがに少し気分が悪くなりました。
濃い霧と強い風の中、整備された石造りの登山道を進みました(写真5)。中国は観光ブームらしく、要所要所は大変な人混みでした。また、資材や食料の運搬らしく、天秤棒を担いだ苦力とよくすれ違いました。午前中はまったく視界に恵まれせんでしたが、私達は植物だけを見ても愉しむことができる!のが強みで、潘先生にも教わりつつ植物を見ながら、ゆっくりと歩を進めました。
ブナ科ではエングラーブナ(Fagus engleriana)、黄山ナラ(Quercus
stewardii)、短柄枹櫟(Q. grandulifera
var. brevitiolata)、クリ(錐栗Castanea henrii、茅栗C.
segunii)が見られたほか、山麓ではアラカシ(Q. glauca)も見られました。他にも日本の冷温帯林で見られるのと共通、あるいは類似したフロラが見られました。列挙する(藩先生が種名を教えてくださったもののみラテン名併記、あとは属レベル)と、アオダモ、アブラチャン、クロソヨゴ、シナノキ(Tilia
japonica)、イソノキ、クマヤマギ、ツクバネウツギ、ガクウツギ、バイカウツギ(Philadelphus
sericanthus)、ヒサカキ(Eurya
saxicola)、ウリハダカエデ、ホソエカエデ、イボタノキ、トサミズキ(Corylopsis sinensis)、ヤマボウシ(Dendrobenthamia
angustata, D. kousa[=D. japonica])、ミズキ(Swida
contraversa)、ナナカマド、アズキナシ、カイドウ(湖北カイドウMalus
hupehensis)、Spiraea trilobata、Photinica
parvifolia、マユミ(Euonymus chenmoni)、ミヤマガマズミ、カンボク(Viburnum
sargentii)、キイチゴ(Rubus trianthus)、ハナヒリノキ、アサガラ、ウツギ、メギ、ネズ、スズタケ(Sasamorpha
sinica)・・・などです。
午後になるとガスが晴れ、展望がきくようになってきました。峰の展望台に立つと、眼前には花崗岩の絶壁の織りなす、水墨画さながらの風景が広がっていました(写真6)。
写真5:黄山の石造りの登山道 |
写真6:黄山の峰の展望台からの風景 |
私は修士課程でオオヤマレンゲに関する研究を行いました。オオヤマレンゲ(Magnolia siebolsdii ssp. japonica)は、日本では北関東の谷川岳を分布の東限とし、屋久島まで分布が報告されています。自生は標高1000~2000mに限られ、稀にしか見ることができません。6月後半から7月前半にかけて、白い清楚な花を咲かせます。オオヤマレンゲには朝鮮半島に分布する亜種オオバオオヤマレンゲ(ssp.
sieboldii)が知られ、これは山地にごく普通に見られるようです。オオヤマレンゲとオオバオオヤマレンゲは、花の雄蕊の色(オオヤマレンゲは黄色、オオバは赤)や葉の大きさで区別することができます。ところが、オオヤマレンゲは中国にも安徽省・江西省などに隔離分布しています。その産地の一つが黄山なのです。日本ではちょうど開花期でもあり、黄山登山への期待はいやがうえにも高まっていました。
はたして、オオヤマレンゲは咲いていました。
最初に見たのは若木で、山道を歩き始めてまもなく、大住・鈴木氏が私を呼ぶので見ると、山道脇にひっそりと生えていました。やがて岩壁の脇に、オオヤマレンゲが白い花を咲かせているのが見えました。雄蕊は黄色。日本のオオヤマレンゲssp.
japonicaと全く同じです(写真7)。その後も数箇所で見られましたが、生育地は日本と同様ガレ場や沢筋に多いようです。散策も終わりに近い、下りロープウェイ駅付近の沢筋や崖沿いでは、ちょうど花盛りを迎えたオオヤマレンゲがまとまって見られ、私にとって無上の喜びでした。亜種(オオバオオヤマレンゲ)の分布する朝鮮半島よりもずっと日本から離れた中国のここ黄山に、どうしてオオヤマレンゲは隔離分布しているのか?どんな地史的変遷を経ているのか?今後の研究が期待されます。
なお、黄山には、他にもM. cylindricaというコブシに近い(人によっては同じ節に含める)マグノリアも見られました。オオヤマレンゲと対照的に、まっすぐに上を向いた果実を付けているのが印象的でした。また、植裁の可能性も高いとのことですが、M. officinalis var. bilobaという、ホオノキそっくり(だが葉の先端が凹型に窪む)の樹も見られました。
7月2日、私達は黄山市をあとにし、500kmを超す長い道程を経て湖北省の省都・武漢に移動しました。「日中協力林木育種技術センター」プロジェクトでは、安徽省と湖北省にそれぞれ実施機関があります。安徽省の「マツノザイセンチュウ抵抗性育種センター」に対し、湖北省では「湖北省林木育種センター」で、ポプラやユリノキをはじめとする各樹種の育種事業や人材育成が行われています。省境付近の町で、黄発新さんはじめ湖北省のカウンタパートの方々と合流し、これまでお世話になった蔡さんや運転手の方々とは別れを告げました。黄さんも非常に日本語が堪能な方で、帰国までの5日間同行してくださいました。
武漢は人口800万近い大都市です。市街を通過する私達の目には大学の多さが目立ち、メンバーの一人は「大学生100万人」説を唱えましたが、後日調べたところ実際75万人にのぼるとか。また、中国入りしてからの暑さはこたえていましたが、武漢ではことのほか酷く、閉口しました。武漢の暑さは「中国三大鍋底」の一つと言われるほどで、40℃に達する日も多いといいます。
武漢での1泊ののち、7月3日、車は更に西を目指しました。宜昌を経由し、やがて眼前に長江の渓谷が広がりました。両岸には石灰岩の白い絶壁が聳えており、長江三峡のうち西陵峡の下流部分にあたるようです。車窓から見える対岸の山は毛沢東が寝ているように見える(「毛公山」)のだと黄さんが教えてくれました。やがて道は山中に入っていき、入り組んだ山肌に広がる茶畑の景観は、私の故郷・静岡の山間部を思い出させました(私は市街地生まれですが!)。この付近の村は邓村といい、湖北十大銘柄に挙げられる「邓村緑茶」の産地とのことです(写真8)。山奥とはいえ通過した邓村の集落は大変な活気と賑わいに溢れていました。
やがて人里の気配が途絶え、夕刻、大老嶺国家森林公園内の宿泊施設へ到着しました。
大老嶺国家森林公園は、長江三峡の西陵峡北岸に位置し、海抜2008mの天柱峰を最高峰に平均標高1700(?)m、総面積64km2の森林公園で、大老嶺国有林場を前身として1992年に創設されました。四川から連なる大巴山脈の西端にあたり、公園内にはかの「ハンカチノキ」の自生も見られるそうです。7月4日午前、宜昌市林業科学研究所副所長の祁万宜先生ご同行のもと、大老嶺自然保護区のブナ・ナラ林と、大老嶺植物園のヨーロッパトウヒ等の産地試験地を見学しました。また、午後には時間をとってもらって帰路の林道を徒歩で小一時間散策しました。
朝から激しい雨に見舞われて木道は滑りやすく、暗い林内では良い写真も撮れないなか、幹に設置された樹種プレートから「光葉山青岡」テリハブナ、「白辛樹」オオバアサガラ、「潤葉楓」Acer
amplum、「包石櫟」Lithocarpus cleistocarpus、「蓮香樹」カツラ(写真9)、「亮葉樺」Betula
luminifera、「華中櫻桃」Cerasus
conradinae、「雷公鵝耳栃」Carpinus vimineaなどが確認できました。また林縁部にはイヌブナに似たエングラーブナFagus
engleriana、ナラガシワやコナラに似たナラ類も見ることができました。
その他種レベルの同定はできませんが、シャクナゲ、アセビ、リョウブ、ミズキ、ミズメ、ヤマボウシ、アブラチャン、クロモジ、シナノキ、ヌルデ、ミゾソバ、コナスビ、クルマバハグマ、ツリフネソウ、イケマ、タケニグサ、クロイチゴの仲間などが見られ、林内のフロラは日本の冷温帯のそれに非常に似通っている印象を受けました。また、キウイフルーツの原種であるシナサルナシ(写真10)も見られました。林道では、加えてムベ、クリ、イソノキ、イヌビワに似たFicus sp.、ネジキ、ミツバツツジ、ヘクソカズラ、イシミカワ、フジウツギ、オカトラノオなどもありました。
また、林縁にはホトトギスの花も咲いていました。葉はタマガワホトトギスに似て茎を抱き、花はヤマジノホトトギス似ですが、調べてみるとヒマラヤホトトギス(Tricyrtis
pilosa)のようです(写真11)。
このように、黄山も大老嶺も、一見日本のフロラと比べても違和感の無いフロラから構成されており、日華区系に属する両地域の密接な関連を体感しました。
逆にいくつか、印象に残った、日本では見られないタイプの植物を挙げてみます。目では確認できませんでしたが、ブナ林内には(雲南でも見られた)水青樹Tetracentron
sinenseがあったようでした。沢沿いには綿毛のついた長い果序を下垂させ、葉身が長さ20cmもあろうかというポプラ(Populus
lasiocarpa?)が見られました。また、ウルシのような複葉、マメ科のような果実をつけた低木がみられ、メンバーは頭を悩ませました。後で調べたところ、Decaisnea
insignisという、アケビ科唯一の低木だそうです(写真12)。また、植裁のようですが、林道脇に「喜樹」といわれるカンレンボクCamptotheca
acuminataが植わっていたことも付け加えておきます。
写真10:シナサルナシ |
写真11:ヒマラヤホトトギス? |
写真12:ウルシのような複葉,マメ科のような果実の低木 |
今回の私達の訪中の目的は、「ブナ・ナラ視察」です。なのでここでは少し、今回見ることができたブナ類・ナラ類について考察してみたいと思います。
中国に何種類のブナがあるか、いまだ未整理の状態であるということですが、中国植物誌「Flora of China」には4種の記載がされています。そのうち、華中・華南地方に広域な分布を持つ代表的なブナとして、Fagus
longipetiolata(ナガエブナ)、F. lucida(テリハブナ)、F.
engleriana(エングラーブナ)の三種が知られています。このなかで、エングラーブナはイヌブナに近縁な古い系統とされ、残りはブナの系統に属すると考えられています。
今回私達は黄山ではエングラーブナ、大老嶺ではテリハブナ(写真13)とエングラーブナ(写真14)を見ることができました。エングラーブナは裏面に毛が多くイヌブナによく似ているいっぽう、テリハブナは明瞭な鋸歯を持ち、この2種の区別は容易でした。エングラーブナは黄山では露出する岩山のすき間を埋める低木として現れました。大老嶺では大径木もみられました(プレートが付いていたのはだいたいテリハブナだった印象があります)が、優占度は高くありませんでした。
写真13:テリハブナ |
写真14:エングラーブナ |
次に、ナラについてです(前述したクヌギ類については省きます)。
黄山でも大老嶺でも、コナラのような、しかしそれにしては葉柄の短いナラが現れました(写真15)。藩先生も祁先生も、これは「短柄枹櫟」だと言っておられました。これは「湖北植物誌」ではQ.
glandulifera var. brevipetiolataとされていますが、Menitsky著「Oaks of
Asia」や先の「Flora of China」ではQ. serrataの一変種に含まれていて、種の記載文に名が挙がるだけで検索表ではコナラにすら行き着くことができません。現地で生方氏がくださった「湖北植物誌」の抜粋コピーは、地方植物誌の常として種を細分化する傾向にありましたが、こうした変種の同定に大いに役立ちました。
写真15:コナラのような、しかしそれにしては葉柄の短いナラ |
写真16:黄山ナラQ. stewardii |
黄山ではその他に黄山ナラQ. stewardiiが頻繁に見られました(写真16)。ロープウェイ下の山麓にはアラカシQ. glaucaも見られたほか、Q. fabriもあったようです。Q. stewardiiはカシワによく似ており、「Oaks of Asia」ではQ. dentata ssp. stewardiiとされていますが、「Flora of China」ではカシワとナラガシワとの雑種ではないかとされています。カシワとの葉の見ための相違は裏の毛が脱落する点です。カシワは中国に広く分布しますが、Q. stewardiiの分布は黄山はじめ長江の下流域周辺に限られるようです。
大老嶺では他にも、写真17のようなナラがよく見られました。メンバーは、ナラガシワQ. alienaのようだと言っていました。「湖北植物誌」の検索表ではQ.
acutidentataに行き着きましたが、これは「Flora of China」や「Oaks of Asia」ではナラガシワの一変種に位置づけられています。ここでは、それに従ってQ.
aliena var. acutiserrataとしておきます。私は日本のナラガシワをちゃんと見たことがないのでわからなかったのですが、葉裏の毛が少なく、葉縁にやや内弯した鋸歯が出る点で標準的なナラガシワとは異なるようです。「Oaks
of Asia」には華中地方にこうしたタイプのナラガシワが多いことが記されています。いずれにしても、大陸のナラガシワも変異が大きく、その分類は一筋縄ではいかないようです。
このように私達が見ることができたのは中国に自生するナラ類のほんの一部でしたが、変異が大きく分類が今なお混沌としていることが窺えました。カシ・ナラ類は種間交雑を生じやすいことが知られており、浸透交雑による種間での遺伝子交流も分類に混乱をもたらす一つの要因かもしれません。中国には変種も含めれば実に多くの種のナラが存在し、そのなかで日本に存在するのは一部です。いっぽう、ミズナラとコナラのように、大陸では分布が重ならないものが日本では分布域が重なり、ときには混在しているという状況もあります。今後、ナラ類の系統分化やその自然史が、大陸を含めた広い視点で解明されることが期待されます。
その後私達は大老嶺を発ち、宜昌に向かいました。途中、お土産に茶葉を求めて邓村の店舗に寄りました。三峡ダムにも立ち寄ることができました(写真18)。宜昌で1泊し、7月5日、旅の終着地、武漢へ帰還。中学で習った李白の漢詩で有名な(といっても私は忘れていましたが!)黄鶴楼も観光しました。
写真18:三峡ダム |
写真19:安徽省での夕食 |
最終日の夕食には、3日前にも夕食をご一緒してくださった湖北省のカウンタパートの方々や、生方さんと同じく育種センターから派遣されている岡村政則さんも来てくださり、さらに女性職員の方も数人加わりました。日本語に堪能な方も多く、大変に盛り上がりました。
思えば旅のあいだ、毎晩のように酒宴でした。
この地方のお酒は「白酒(baijiu)」といわれる度数の高い蒸留酒です。宴会では一人で呑むのではなく誰かと一緒に乾杯するのが作法だそうです。私達もこの作法で、カウンターパートの方々とだいぶやり合いました(飲めない人は豆乳や椰子ジュース)。香りの良いお酒で、悪酔いはしないものの、大抵の日はホテルに戻るとすぐに寝入ってしまいました。大老嶺で飲んだトウモロコシ白酒はクセがありさすがにきつかったですが・・・
安徽省の安徽料理は中国八大料理に含まれるそうです。しかし食について私には詳しく形容できるボキャブラリがありません。印象に残っているのはたとえば烏骨鶏湯、羊肉などさまざまな肉鍋、臭豆腐、川魚や蓮根も産地なだけあってよく出てきました(写真19)。湖北省に入ると湖南料理の影響か味付けの辛いものも出るようになりました。武漢で食べた、安徽料理の代表の一つとされる「葡萄魚」(写真20)も印象的です。変わったものとしては、黄山市ではヘビやカエルを食べる機会がありました。しかし、なんだかんだで、「鹹豆漿」というのか、豆乳を少し固めて豆腐状にしたスープ(写真21)が疲れた胃には好評だったりしました。
翌朝はやく、生方氏や黄さん達に空港まで送っていただき、私達は武漢空港から帰国の途につきました。
私にとって今回は2回目の中国視察でした。文化や風土、人々との出会いは言うに及ばず、大陸の森林やフロラを肌で感じることができ大変有意義な日々でした。大陸の自然を知ることは日本の自然を見直す良い機会になる・・とはいえ、私はまだまだそこに至らず圧倒されてばかりだったかもしれません。自分の不勉強を痛感し今後のさらなる精進を胸に誓った日々でした。
最後に、今回の旅行について現地で大変なお骨折りをいただいた生方さんに深くお礼申し上げます。また、蔡さんや黄さんや運転手の方、藩先生や祁先生、そのほかお世話になったカウンタパートの皆さん、そしてこのような機会を与えてくださった日本側のリーダー・大住さんはじめ視察団メンバーの皆様にも感謝申し上げます。
写真20:安徽料理の代表の一つとされる「葡萄魚」 |
写真21:「鹹豆漿」というのか、豆乳を少し固めて豆腐状にしたスープ |
森林総合研究所多摩森林科学園
伊東宏樹
第7回日韓合同森林生態セミナーは、2008年7月18〜21日にかけて、韓国から9名、日本から13名が参加して、北海道において開催された。
初日となる18日は、森林総合研究所北海道支所にて開会のあいさつがおこなわれ、つづいて北海道支所の飯田滋生チーム長が北海道の森林について紹介した。その後参加者は、森林総合研究所北海道支所の標本館を見学した。
夕刻、サッポロビール園にて歓迎会。
2日目朝、札幌を出発し、富良野の東京大学北海道演習林へと向かった。予定よりやや遅れて昼に富良野着。山部の事務所で昼食後、麓郷の森林資料館へ。北海道演習林は面積2万2733ヘクタールということで、中での移動も一仕事である。資料館見学ののち、演習林を見学。天然生の針広混交林や、伐採後の林分、山火事後の二次林を案内していただく。
夕刻より、富良野市生涯学習センターにて第1回目のセミナー。この日は6題の研究発表がおこなわれた。このうちLim Jong-Hwan氏の発表は、風穴が夏の間にも気温を低く保つことによって、コケモモの避難場所を提供しているというもので、興味深かった。
宿泊は、芦別ふれあいの家。夏休み入り後の連休ということもあって子供が多い。そんななか、外で酒を酌み交わす風景も。
この日は大雪山旭岳への登山。
標高約1600m。駅のあたりはすでにハイマツ帯になっている。9時30分ころから登りはじめる。
チングルマのほか、エゾノツガザクラ・イソツツジ・ミヤマリンドウ・エゾコザクラ・イワブクロなどが咲いていた。
姿見の池をすぎると、あとは山頂への尾根道。ハイマツも消え、植生は少なくなる。ガスのため視界は効かず、山頂がどのあたりかは見えない。ゴールが見えないのは、気分的に良いのか悪いのか。
11時50分ころに登頂。やはり雲の中で、景色は見えず。その後冷たい雨も降り出した。
山頂で雨の中を昼食。帰りは岩が滑りやすくなっているが、それでも無事下山。
下山後、本日の宿の天人峡グランドホテルに移動して第2回目のセミナー。5件の発表がおこなわれた。自分も大台ヶ原のシカ・ネズミ–ササ–実生の間接効果を階層ベイズで解析したネタを発表。英語発表も、ネイティブ相手でないと気が楽である。
朝、天人峡を出発。出発前に滝まで散歩する人もあれば、朝風呂を浴びる人も。昼前に新千歳空港着。無事、解散となった。
1.会議の名称:多目的森林管理に関する国際研究集会
(International conference on multipurpose forest management)
2.開催期日:2009年9月20日(日)〜25日(金)
3.会場:新潟コンベンションセンター
4.主題:多目的森林管理:気候変動時代における持続可能性の戦略
(Multipurpose forest management: Strategies for sustainability in a climate
change era)
5.会議の目的
気候変動というこれまで経験したことがない事態に対応し、森林のもつ多面的な機能を発揮させつつ森林を持続的に管理していくための戦略について意見を交換する。
6.開催団体
主催:多目的森林管理に関する国際研究集会組織委員会
共催:IUFRO(国際森林研究機関連合)第4部会・森林計画学会
7.事務局:〒113-8657 東京都文京区弥生1-1-1
東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻森林経理学研究室
龍原 哲
8.ホームページURL(詳しい情報はこちらでご覧下さい。)
http://www.keiri.fr.a.u-tokyo.ac.jp/multiFM/index.html
First CircularのPDFファイル(180KB)
かつての同僚で、現在、森林生態学の分野で、活躍する研究者であり、教育者であるN氏の講演を聞く機会があった。森林の生態系サービスを紹介する内容であったが、最後の森林管理に際しても心掛け(提言)が大変面白かった。不確実性を孕む科学を過信しない!(確かに!)、マニュアルではなく、技術者・職人の育成を!(そうだ!)、経営的に成り立たない、花粉症の原因となると言った理由で針葉樹人工林(林業)を放棄してよいのか?(その通り!)。氏はまた、「昔は良かった」式の懐古趣味にも、「従来型の森林管理でよいのか?」と警告を忘れない。この10数年間、全く異なる道を歩み、対極といってもよい立場にありながら、同じような主張に至っていることに軽い驚きを覚えた。また、「林学」改め「森林科学」では、ついぞ語られることが少なくなった「森林管理」の思想・哲学が、彼によって語られるのを複雑な思いで聞いた。口を開けば、施業研究の重要性を主張するが、その中身といえば、複層林だ、強度間伐だ、列状間伐だ、針広混交林だ、広葉樹化だと、ころころと変わる。行政対応の個別課題のみで森つくりの思想のかけらも感じられない。生態学が出口を模索し、森林科学が科学を至上目的化するのが、この時代のトレンドのようだ。この業界に、思索する研究者、技術者が登場するのを切に望む。(狢)