木霊 (TARUSU)
森林施業研究会ニュ−ズ・レター No.1    1997.5.15

Newsletter of the Forest Management Research Network

天然林更新・天然林施業の現状をめぐり論議

第2回「森林施業研究の新たな方向を探る研究集会」報告
 森林・林業に関る研究機関,研究者において,林業現場に密接に関係する施業研究への関心が薄れ,また研究が総体として後退しつつある一方,地球サミット(1992年)以降,持続的な森林管理を柱とした新たな森林の育成・管理技術の確立を求める声が強まっている。そうした中で林業・森林管理の現場に具体的に寄与する施業研究の重要性と,今後の方向を議論することを目的とした第二回「森林施業研究の新たな方向を目指す研究集会」(主催・森林施業研究会(仮称))が,九州大学で開かれた林学会大会の最終日に,多数の参加者(80名以上)を集めて開催された。今回は,昨年の人工林施業に続き,天然林施業をテーマに5課題の話題提供がなされ,活発な討議が行なわれた。
 集会は,まず,主催者を代表して,森林総研東北支所の大住が,これまで日本において,多くの天然林施業が取り組まれて来たが,(1)「天然林施業」は非常に包括的かつ曖昧な用語・概念であるために,当事者の「都合」により大きくゆがんでしまう危険性を持つこと,(2)適用した成果についての検証と,現場へのフィードバックが十分に行われて来なかったため,施業理論と現場との間に深刻な乖離(かいり)が発生していることを指摘した。そして、その結果,天然林施業が今後の環境に配慮した持続的林業の中核の一つとして期待されながら,現状では,不幸にも,天然林資源の略奪以外の何ものでも無かったたとの批判に甘んじているとの認識を示し,天然林施業の現状を課題に関する五つの話題提供を通じ,論議を深めようと提起した。引き続き,次の5課題について,話題提供がなされた。
1.北海道の天然林施業の現場から
  中川昌彦(旭川支局枝幸営林署)
2.ブナの母樹保残法は成功したのか?
  鈴木和次郎(森林総研)
3.育成天然林施業の実践と課題
  長谷川幹夫(富山県林試)
4.ヒノキの天然更新法は確立したか?
  赤井龍男(元京都大学)
5.あいまいな天然林施業を再考する
  伊藤 哲(宮崎大学)
研究集会の詳しい報告は,「森林科学」(日本林学会会報)に掲載の予定です。研究集会は最後に,研究会事務局より,次年度は「森林の多目的利用を目指す森林管理技術」と言うテーマで第3回目の研究集会を開催すること,これまで暫定的に運営して来た研究会を渡辺氏を代表に「森林施業研究会」として正式に発足させ,研究者,行政,現場技術者に参加を呼び掛けること,将来は,コンピュータネットワークを利用した森林施業に関る試験・研究,技術情報の提供・交換など行う体制を整備することとし,当面,ニューズレターを発行することを提案して終了した。

森林施業研究に強い関心

第2回研究集会に参加された方々の集会に対する意見,感想などを特集しました。

森林施業研究会発足に寄せて

横井秀一(岐阜県寒冷地林業試験場)

 森林施業の問題は,研究者だけでなく現場や行政も含めた技術者集団として考えていく必要があると常々思っています。そんな中で,地方林試の職員として現場に近いところで研究している(と本人は思っている)立場から施業と研究について考えていること,森林施業研究会に期待することを(今更なにをと言われそうですが)綴ってみました。
 今回の研究集会の話題提供でも報告されたように,最近,間違った施業や無意味な施業がまかり通っているように感じます。豪雪地帯での施業(拡大造林に伴う不成績造林地の出現やそうなってしまった林分の取扱い)や広葉樹林施業(広葉樹の生理・生態を無視した間伐や造林)といった従来の技術や知識だけでは対応しきれないような現場で,その傾向が強いようです。これにはいくつかの理由があると思います。行政主導型の施業では事業が決まればとにかく一人で走ってしまう,現場・行政と研究とが隔離していて研究の成果が技術として施業に活かされていないといった点は,従来から指摘されているとおりであり,こうした状況には危機感を覚えます。
 しかし研究に目を向けたとき,研究がきちんと施業技術をバックアップできているかについて,我々も,もう一度考えてみる必要があるのではないでしょうか。研究者には,こうした施業の間違いを的確に指摘し,どうすればよいのかを提言していく責任があります。そのためには,研究の裏付けが必要であるとともに,研究者自身にも施業を語れるだけの実力が求められます。
 もちろん全ての研究が施業に直結するわけではありません。いろいろな研究(基礎的なものから泥臭いものまで)があって良いし,また,それが自然な姿でしょう。様々な研究が有機的に結びついてこそ,そこから技術が生まれると思います。
 二度にわたるこの研究集会に多くの方が参加され,会がたいへん盛り上がったことは,研究者の施業に対する関心が決してすたれていないことの表れでしょう。森林施業研究会の活動が改めて研究の出口として施業を意識するきっかけになること,また研究会が施業とそれに関わる研究の情報の蓄積と交換の場になることを期待します。

森林施業研究集会に参加して

川崎 兼広(鹿児島県林業試験場)

1.はじめに
 最初に,この文を書くにあたって多分に力量不足であることと,これまで行政に携わっていた関係から行政職員の見方に偏っている面があることをお詫びしたい。
2.研究集会の内容について
 まず,北海道の天然林施業であるが,ブルドーザによる地掻きにより実生による更新が容易になることはよいのだが,発表を聞いていて土壌の流亡による林地の生産力の低下や泥水の流出等または生態系への悪影響(種の衰退)はないのかと考えさせられた。特に泥水の流出,生態系への悪影響の2点については,過去,奄美大島において自然保護対策,赤土流出対策に苦慮させられた者としては気に懸かる。
 次にブナの母樹保存更新法についてであるが,地表処理が結実状況を無視して実施されているという点が問題であり,更新法も再検討を要するという発表だと解釈した。営林署の現状はわからないが,行政を経験した者からみると,通常,事業所は人員数等から結実を調査できる体制になく,事業予算も予算獲得の関係で実状から多少ずれることがある。 地表処理が結実状況を無視して実施された背景には,このような状況があったのではないか。このため,結実状況の把握とそれにあわせた地表処理が実施される体制を確立した後で,改めて更新法の再検討について考慮すべきだと考える。
 富山県の育成天然林施業に関しては,無意味な長期に渡る保育の実施と,作業員による有用樹の伐採が問題だとの発表がなされた。これも,先に述べた事業予算獲得の関係や,完成検査の規定の関係からやむを得ず実施している面があり,むしろそのような制度や規定等を改善する方向で検討する必要があると考える。
 ヒノキの天然更新施業に関しては,関係者の長年の努力に対し敬意を表する。天然更新の定義に関しては,今回の検討でかなり整理されたようなので,じっくり検討できるように文書で提示されることを望む。
3.さいごに
 今回の発表を聞いていて,森林施業研究の方向性とは別に,行政と研究の連携についても考えさせられた。研究の成果が行政で活用できるように,各研究者が取りまとめに留意されることを望みたい。

古くて新しい混牧林施業について

井出保行(農林水産省中国農業試験場・畜産部・草地飼料作物研究室)

 学生時代に造林学を専攻していたものの、就職に伴い草地学の分野に携わることになりました。そのため、森林と家畜との間に成立する関係について自然に興味が湧いてきます。
 かって里山周辺では、林内放牧が自然な形で行われていたと聞きます。そこでは、放牧牛が草地と林地との間を自由に往来し、林・畜(草)が有機的に結合した、粗放ながらも安定的な生産システムが成立していたようです。しかしなから、生産性あるいは収益性の向上を目的とした農林業の近代化・集約化の流れは、排他的な自己完結型の生産体系と、生産物の高付加価値化を指向し、結果的に林・畜の間にある有機的な関係を分断したように思います。そのため、土地・物・人の流れは硬直化し、その融通性の無さから生じる数々の弊害が、今日的な農林業の閉そく状況を生みだした一つの要因になっているものと考えられます。
 このような閉そく状況を打破する方策の一つとして、林畜複合、つまり混牧林施業が再び注目されています。目的は、家畜の導入による育林作業の省力化と林床植生を利用した安価な飼料資源の確保にあります。この考え方は、ある意味では合理的ですが、なかなか現場には定着しません。原因は、分野間にある垣根の問題も大きいのですが、それ以外にも大きな原因があるような気がします。
 これまで混牧林施業が語られる場合、林畜の複合の持つ有益な部分が強調され、いきなり個別の技術論が展開されてきました。そこには、「施業」が意味する「森林をどう取り扱うか」あるいは「どういう方向に導くのか」という、最初に考えなければならない基本的な部分が欠落していたように思います。その結果、施業の評価も「木が痛む」とか「牛がやせる」といった近視眼的な問題にすり変わる場面が少なくありませんでした。しかしながら、この林内放牧によって生じる木や牛の問題は、施業の目的に応じて昇華されるべきであって、個別に議論しても意味がないと考えます。
 混牧林は林内放牧を伴います。この林内放牧は、下刈りや除伐といった育林作業と同義な一つの作業法にすぎません。これまでの議論では、「施業」の結果である混牧林と、林内放牧という「作業」とが混同され、そこに混乱の原因があったと考えています。したがって、今後は、森林施業の方向性を客観的に把握し、その中に混牧林を位置付けることが必要になると感じています。
 今回、幸いにも森林施業に関する研究集会に参加することができました。前回は人工林・今回は天然林ということですが、次回は新たな森林施業の方向性について総括的な議論がなされればと期待しています。

森林施業研究会の雰囲気に感激しました

比屋根 哲(岩手大学農学部)

 私は、研究分野としては森林計画学に位置するのだと思いますが、これまで国有林の森林施業の歴史等の研究を行ってきた者です。大学のカリキュラムの関係もあり、現在では森林風致計画や森林教育の課題にも取り組んでいます。
 先に九州大学で開催された研究集会には途中から顔を出させていただきましたが、学生や若手研究者の熱気にあふれた会場に圧倒されました。また、渡辺先生や赤井先生が豊富な現場経験を生かして若い研究者に施業研究の魅力と研究の方向性について語っておられる姿には、継承性が求められる森林施業研究を目的とした集会にふさわしい、研究会のすぐれた内実をみた思いがします。
 かつては、北大が中心になって森林施業研究会が組織されていたことがありましたが、最近では、施業そのものを研究課題とする報告は、学会であまり見られなくなりました。林学会でも国有林技術者が学会に参加しなくなり、林業の現場と林学研究の乖離の状況が続いていました。その原因としては、四手井先生が森林科学で指摘されたように、試験研究の側面を試験場(森林総研)に追いやってしまったという国有林側の事情もあったと思いますが、大学等の研究機関の側でも「森林施業を相手にしていたのでは論文が作りにくく業績が積めない」という本音から派生して、森林施業研究はどろくさい、レベルが低い等の様々な理由をつけて敬遠し、研究と現場との乖離の状況を助長してきてきたことは否めないと思います。
 大学等における業績主義は、とりわけ若手研究者に蔓延しているかの印象をもっていましたので、今回の研究会の雰囲気を見て、林学研究の現状を変革する新しい動向を知ることができ感激でした。林学会大会では、ちょうど森林計画学会等と時間帯が重なっていることが多いので毎回出席というのは難しいですが、今後ともいっしょに勉強させていただこうと思っています。
 なお、九州で開催された森林計画学会の総会では、この施業研究会と共催でシンポジウムを企画してはどうかとの意見も出されたと聞いています。森林施業それ自体は技術の問題であり、研究会でも施業技術が研究対象の中心になっていくものと思いますが、技術は与えられた社会経済的条件の中で機能せざるを得ないという宿命を持っていますので、今後はある程度、社会科学的な視点も必要になってくるものと思います。施業技術を中心とした研究の深化を図りつつ、一方では森林計画学会をはじめ、他のいくつかの研究分野との交流を考えていくことも有効かと思います。今後ともよろしくお願い致します。

“ブナの母樹保残更新法は成功したか?”の発表を聞いて

大久保達弘(宇都宮大学農学部)

 鈴木氏の発表は、ブナの天然更新施業上の留意点として、上木伐採後にブナの母樹を保残し、その後地床処理等を行って稚樹の更新を計る方法では今回の発表のような不成績林地を数多く発生させてしまう恐れがあることを示したものです.この方法は、研究段階では一応確立した方法であり、それを裏付けるデータも揃っていたのではないかと思っていましたが、現場の状況との間にはかなりのギャップがあったことが事実として示されました.
 ではなぜこのような不成績林地が施業現場で実際に発生するに至ったかを十分検討することが今後とも必要であると感じました.まず研究段階での疑問点ですが、母樹保残後の地床処理が本当に有効なのか?どうかです.林床のササが強力なブナの更新阻害であることは周知のことですが、上木を伐って林床が明るくなると稚樹が成長しますが、同じくササも繁茂するという矛盾が生じます.そこで伐採前の暗い状態で前生稚樹を十分に林床に蓄え、その後に上木の伐採を行う試みも行われているようですが、実際はどちらが適当なのか明快な結論は今の段階ではないのでしょうか?次に研究段階での情報がどのような形で、天然更新施業の現場作業者に伝えられていたかです.特に請け負い生産で伐採が進む際は、保残する母樹の選定、伐採木搬出路と前生稚樹を更新させる場との位置関係など、その場に応じた適切なマニュアルが用意されている必要があります.私の拙い経験でも、これはわかりやすいと思える現場指導書は見あたりません.ブナの伐採、特にブナ天然林の大規模な伐採は現在ではほとんど行われていないわけですから、むしろ今後は一度伐採した林分からさらにまたブナを伐りたいという問題が起きてくるのではないかと思われます(熱帯では実際に研究の要請があります).また、鈴木氏の今回の発表でも取り上げられたように、ブナ林を皆伐したあとの無理な樹種転換で生じた不成績造林地の取り扱いが将来にわたって真剣に考えるべき問題だと思いました.
 最後に、ヨーロッパのブナ林は木材生産にとって重要であり、日本を含めたアジアのブナ林はその森林生態系のもつ生物多様性にその森林の重要さがあると言われています.アジアの中で短期間にそして大規模集約的にブナの伐採が行われた地域は日本以外にはありません.その意味でも日本におけるブナの更新施業に関わる議論は、構造、組成的、歴史的に日本と類似する、中国(たぶんアジアでは最も大規模)、台湾、韓国でのブナ林の今後の取り扱いを左右する重要な問題を含んでいることを頭にいれておくべきだと思います.以前ヨーロッパのブナ林で、100年以上の固定試験地での継続研究が行われている森林(パリ郊外のフォンテーヌブローの森)、造林地で植栽したブナが大きく成長し、部分的に林冠ギャップが形成され稚樹が発生してしている状況(オランダのエデの森、フランスのナンシー市郊外)を見たことがあります.ヨーロッパにおけるブナ林の木材生産を目的とした取り扱いの歴史の長さに感心しました.
 逆に日本のブナ林では高い生物多様性の維持を基本としたブナ林の取り扱いがなされなければならなかったのに、木材生産に大きな比重がかかったため、多くのブナが更新せずに失われたと思います.

「天然林施業」におもう

長山泰秀(島根大学生物資源学部)

 「天然林施業」,社会が求めている,あるいは時代の雰囲気にマッチしたこの用語をいま林学者が発するのは,いくつかの意味で大変重大なことだと感じます.未解決の問題が多すぎて,現時点で社会に向けてこれを提唱することはまだできないと感じています.しかし,その重大性を理解したうえで問題をクリアして,日本でも「天然林施業」の考えにもとづいた,それぞれの森林の生産目的,施業目的に適合した取り扱いがなされるようにする義務が,林学者にはあると思います.
では,僕が考えるいくつかの問題点を.
その1. 技術として体系化することができるかどうかが不明確.
 「天然林施業」に期待するものが多様で,それが生態的,社会的立地のことなる森林に適用されようとするとき,いわゆる「技術」として一般化したものが出来上がるとは思えません.「天然林施業」は森林取り扱いに関る一種の「思想」であって,一人ひとりの技術者の,「思想」にたいする共通理解にもとづいた個別の対応によらざるをえないのではないでしょうか.
その2. 作業が個別的にならざるを得ず,現在の社会システムの中で運用ができない.
 今の日本の社会システムのままで「天然林施業」はできないと思います.国有林野にしても民有林の補助金制度にしても従来からの,マニュアルにしたがった規格化されたものしか認めることができないような意思決定の機構の中で,現場が責任をもって,そこでの生態系の理解にもとづいた判断を下していくことが不可欠となるような「天然林施業」はできないのではないでしょうか.大きな機構の改革が必要になります.
その3. 天然林施業を現場で可能にするような技術者を育ててきていない.
 現場での森林動態の把握,施業目的へ適合させていくためのアプリケーション,社会にその意味を普及し合意を獲得していく手法,など,もし「天然林施業」を実施していくことになった時に技術者に求められるものは,現在よりもより広く深くなるのではないでしょうか.そのような技術者像を描いてこれまで林学教育がなされてきたと思えないし,最近の「大学改革」の中での林学系教室の改革もその方向を向いているとは考えにくく感じています.
その4. 「時代の雰囲気」ではなく,ここまで積み上げてきた森林にたいする理解にもとづいて「天然林施業」を志向しているだろうか.
 現在の森林施業が価値を発生するにかかる時間を考えるとき,森林がもつ,時間と空間に普遍的な価値を発揮させるべく,取り扱いを考えなければならないのは当然だと思います.「拡大造林」がかくも早く批判されるようになったことを考えるとき,「天然林施業」のもつ意味をよく掘り下げて議論してからでないと,そちらに向かうことは安易にすぎるのではないかという感想をもっています.

4月の「森林施業研究の新たな方向を探る研究集会」に参加して,「技術」にたいする広いアプローチを感じましたが,その適用に関する社会的な問題の掘り下げがもっと必要に感じました.

編集後記

・森林施業研究会ニューズレターの第一号をお届します。ニューズレターのタイトルは「木霊」です。「こだま」ではなく,「たるす」と読みます。20年ほど前にのめりこんだ過激で退廃的な坂口安吾の書いた短編小説のタイトルから取りました。しかし,本当に「木霊」を「たるす」と読むのですか?!
・このニューズレターは,当面,年2回の発行予定です。森林施業研究に関心を持っている研究者,行政,現場技術者の意見や情報交換の場として行きたいと考えております。投稿は大歓迎です。
・配布は,郵送の他,コンピュータネットワークを通じて行ないます。また,ニューズレターのコピーは自由ですから,周囲にどんどん配布してください。

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