木霊 (TARUSU)
森林施業研究会ニュ−ズ・レター No.2      1997.12.25

Newsletter of the Forest Management Research Network

森林施業研究のおもしろさ
渡邊定元(森林施業研究会代表)

1 天然林施業研究のおもしろさ

 森林施業研究のおもしろさに惹かれて樹木の寿命について資料をとりだしたのは,1956年,大面積の笹原のひろがる択伐施業の失敗跡地の森林施業案を編成の時である。なぜ,伐採跡地の天然更新が計画どおりにうまくいかないのか疑問におもい,以来自然林の樹木個々の性質を調べるきっかけとなった。この年,原生林の伐採跡地で年輪調査した本数は1000本を超えている。樹種ごとに径級ごとに伐根調査を行うと,解析を待たないまでも,個々の樹種の直径成長のしかたが脳裏にたたき込まれる。当時伐根調査の結果,原生林優占木の樹齢構成から“天然林は一斉更新した”とする説が有力視されていた。台風跡などの撹乱説が支持されている現在でも,この一斉更新説を支持する者は多い。しかしながら,私はトドマツとエゾマツの優占木の成長初期の直径成長を検討した結果,天然林優占木の樹齢構成はある一定幅に入り,必ずしも一斉更新しなくても,一斉更新したような樹齢構成となることを見いだした(渡邊1970a)。例えばトドマツの中小径木では,樹齢構成が連続し,更新は連続して行われていることを示しており,ドドマツは陰樹で毎年更新するチャンスに恵まれていることを示唆しているのだが,林冠層構成木は樹齢が一定幅に納まり,あたかも一斉更新を支持しているような樹齢構成となっているのである。これはケルンと呼ばれる被圧年輪核の調査でわかった。ケルンは林冠木では60年生以下のものがほとんどであるのに対し,中下層木では100年を超えるものも多く見られるのである。ここでえた結論は,“永年被圧された樹木個体は上方が解放されても優占個体となる機会を失う”ということだった。トドマツは,更新の機会はいつでも持っているが,優占木となる機会はギャップが生じたときたまたま60年生以下の若い個体が林冠層構成木となり,見かけは一斉更新したような樹齢構成となることを見つけた。なお,1970年札幌の空沼天然林施業実験林で,そうした事実を実証できるプロットを設定したが,森林総合研究所の若手が試験地を継承しているかは定かでない。
 択伐作業の失敗が,高い伐採率にあることを見いだしたのもこの頃である。高い伐採率であると,伐採支障木や虫害,風害,雪害が加わり,計画よりも著しく高い伐採率となって,伐採後5年目には再生できないくらい森林は劣化してしまう。低い伐採率で採算のあう択伐林施業は,高密路網によって達成できる。伐採率14%の天然林施業の生産性が皆伐の生産性を上回る理論の構築(渡邊:1985),対数正規分布の法則を活用した人工林の中層間伐の理論(渡邊1970b)も,有効な択伐作業を実現させるニーズから得られた。
天然林施業研究のおもしろさは,森林の見方を個々の樹木個体を基本にして,これまで明らかにされた問題点を現場の森林で明確化することによって抽出できる。現場での応用科学から基礎科学へと逆の道をたどることによって,本質に迫りうる。1961年,秋田地方のアカマツ林分収穫表の分析から,吉良の収量一定の法則が限界法則であることを見いだした。1963年6月の密度・生産に関するセミナーでこのことを指摘したが,無視され続けてきた。そして25年後の1986年シラカンバのバイオマス密度試験地の試験結果から,高密度ではカタストロフィックに生産量が落ちる事実を明らかにし,これを実証することができた(渡邊ら1992)。森林施業研究という一見野暮と思える試験調査の中から,個体群生態学や林学に関する基礎理論を拾い出すことができた。

ハ2 人工林施業研究のおもしろさ

 日本林業の現在の問題点は,拡大造林の結果創出された30ー40年生程度の間伐手遅れ林をどのように取り扱うかにつきよう。森林組合と森林所有者の利益の一致しない結果生じた,森林所有者不在の森林政策と間伐手遅れ林分の非経済性とが,山地からの土砂を流亡させ風雪害に弱い森林を増大させている。そして林業総悲観論が蔓延し,森林の公益性のみが強調される中で,新生人工林の経済林化と21世紀の森林のあり方を踏まえた森林施業研究は,限りない研究課題を提供してくれる。
 人工林施業研究の視座をこうした観点からアクセスしよう。森林の公益性を維持しつつ儲かる林業のシステムづくりは,林業を悲観論的にあれこれと分析するよりもおもしろい。大学を停年退職して本格的に手がけたのは,こうした儲かる人工林施業研究である。最初の解析は過密林分の個体群の葉量である。同種同齢の個体群の競争を,葉量の立場から樹木社会学的な解析しようというものである(雨宮ら1997)。優勢木と劣勢木の葉量の違いから人工林の素顔がみえてくる。そして,列状間伐が非常に経済的に有利となる管理手法をみつけることができた(未発表)。現在行っている試験は,路網の作設手法,高密路網からの間伐技術などで,災害防止,水源かん養機能の向上を踏まえた高収益の間伐システムである(渡邊1997)。名付けて「防災水源かん養路網を基本とした新生人工林の経営管理システム」,公益性を踏まえた上で,ニュージーランド材と競争できる間伐材の生産システムを目標とした。路網開設支障木や間伐木によって,2カ年で6千立方の素材を販売し,1億2千万円の売上を記録し,この資金をもって15キロの路網を建設と防災水源かん養工を120ヘクタールの林内に設置し,1200万円の剰余金を森林所有者に還元した。この間,高密路網用のフォーワーダーを小松製作所の協力を得て開発,ハーベスターと組み合わせて間伐の生産性を高めた。また,路網施設は,その後富士山大沢に2回の土石流を発生させた豪雨を経験したが,遺憾のない効果をあげた。
 こんな森林施業研究を行っていると,“おまえの専門はなんだ”という疑問をだれかれとなく云われる。私は専門は?と聞かれれば,造林学,森林生態学,樹木社会学と答えている。種個体を基本において森林・林業をきわめる立場なので,樹木学,分類学,種生物学を学び,森林のマネージメントの立場からは,森林計画学,利用学,保全学も学問の視野に入れている。要は,林学がおもしろく,樹木が好きだから,森林を観察し仮説をたてて研究するのである。だから,専門と聞かれれば“林学”と答えるのが正確である。

3 林学のおもしろさ

 林学のおもしろさは,ニーズを明確化した上で森林を観察し通説と違った現象に注意を払うだけで,未知の研究対象を抽出できることである。仮説を立てて検証し,おもしろい結果がでれば儲けものだ。演習林のシラカンバ苗床では毎年褐斑病に罹患する。ところがウダイカンバやダケカンバと混播すると病気にかからない。この現象に注目したことから,気相下のアレロパシーや,樹木の化学物質による会話(ケミカルコミュニケーション)を証明することができた(渡邊1994)。
 森林を科学するきっかけは現場にある。各県の林業センターは,いろいろなテーマごとに地道に資料を集積している。この中には,素晴らしい施業研究の材料が山積しているものと考える。こうした資料を纏めて学会で公表することが望まれる。 1985年,大学演習林の第10期森林計画を立案していたとき,どろ亀さんこと高橋延清先生が始められた林分施業法は28年を経過していた。そろそろ実行内容を評価しても良いだろうと考えて,森林施業とくに育林に関する部分をカナダの専門誌にケース・ヒストリーとして論文にまとめ発表した(Watanabe and Sasaki, 1994)。この論文について某大学の教官は“単なる森林施業の内容が論文として認められたのが驚きだ”と感想を述べられという。こうした感想は,日本の研究者が永年かかってもほんのわずかの結論しか得られない,森林の固定試験地や施業地からの報告を低く評価しているためと思う。しかし,長期にわたり地道に観測してきた資料は,パソコンを酷使?してモデルをつくり,きれいな論文として纏めるよりも価値がある。ビオラーの照査法の論文が後世にわたって広く引用されている事実を知っておこう。モデルによる理論展開は前提がくつがえり,また,よりよい解析法が出現すると,捨てられ,かえりみなくなってしまうものである。
 森林施業研究に関する自由集会は,“林業滅びて森林科学栄える”といった林学の現状を愁いて,現場に密着した,より実践的な森林・林業に資する森林施業研究を模索するため開いたものである。“10人集まれば成功かな”と案じていたが,2回の集会は盛会だった。わが国の山村・林業にとって最もニーズが高いのが施業研究とその応用技術であることを実感した。
 先日,日本林学会から学会名の変更の可否についての意見を求められた。評議員の意見としては,従来どおりのままの林学会,森林学会,森林科学会の3案がほぼ拮抗していた。林学は自然科学から社会科学までまたがっており,学会の講演集・論文集・学会誌をみるのが楽しい。すべての領域に興味があるからである。だから,大学の学科から林学の文字が消えても,私たちが森林の中で認識できる範囲である“樹木個体群”を表す“林”に特別の愛着を覚える。ただし,こういった議論を学会で行うより,林業総悲観論や地球温暖化に対処する林学のあり方に神経を使った方が,学会は今時のニーズに即しているといえるだろう。森林施業研究の自由集会をもつ意義はこの辺にあるのだ,ということも明確化しておきたい。

4 温暖化防止京都会議と森林施業研究

 地球温暖化防止京都会議の議論の最中,私はウランバートルにいて,モンゴル山火事のセレンゲ県森林管理計画のJICAの仕事をしていた。しかし,会議の進行状況は衛星テレビで逐一追うことができた。以前から先進国政府の樹木の炭素固定量の取り扱いに注意を払っていたが,会議の結果は,先進国削減達成枠のなかに途上国での造林による増大枠をカウントできるよう決定した。この決定は,途上国側の反対意見があるにしても,確実に途上国への植林を推進する効果を持つ。造林へのODA枠が可能となる見込みがある。森林の炭素固定量増大の森林施業研究は,21世紀の重要課題となろう。また,成長量が伸びざかりの日本の森林をどのように取り扱っていくのかも大切である。流域の環境管理を指向し天然林には手をつけるなといった主張も21世紀には陳腐化してしまうことを知ろう。特別の保護林を例外として,経済林では適切な持続的森林管理が求められる。持続的に管理された森林とは,5つの要件を満たした森林であると,これまでITTOやIUFROで主張してきた(Wtanabe 1993,1995)。“高蓄積・高成長量・高収益・多目的利用・生物多様性”の5要件を満たした森林である。21世紀,経済林は5要件を満たす森づくりをしなければならない。そして,森林施業研究は,林学の中心的役割を担うこととなろう。なお,第3の要件として,高収益を掲げたのは森林・林業の経済性が確保できなければ,超長期的には収奪撹乱・劣化が行われ,税金による山づくりを余儀なくされるからである。公益性のみを追う森林管理は,聞こえがよいが長続きはしない。

参考文献

雨宮 永・佐藤陽子・原田正輝・渡邊定元 (1997) 無間伐ヒノキ林の個体間の着葉量と個体重との関係.中部森林研究(45) : 117-120.
渡邊定元 (1970) 北海道天然生林のサクセッションのパターンについて1.北方林業 (261) : 349-356.
渡邊定元 (1970) これからの林業経営に資する新間伐法.林業技術 (341) : 21-24.
渡邊定元 (1985) 新採取林業の展開.山林 (1215) : 2-21.
Watanabe,S. (1993) Sustainable managed forest base on selection cutting and natural regeneration- technical approach -. Presentation at the ITTO Senior Forester conference follow up seminar on sustainable forestry in Japan. 23pp.
渡邊定元 (1994) 樹木社会学.450PP. 東京大学出版会.
Watanabe,S. (1995) Five requisites proposed for sustainable managed forests.In Proceed.of IUFRO Internatioal Workshop on Sustainable ForestManagements 477-486.
渡邊定元 (1997) 防災水源かん養路網の提唱とその構造.中部森林研究 (45) : 47-50.
渡邊定元・芝野伸策・箕輪光博 (1992) カンバ類の高密度栽培条件における生産力.BCG研報35 : 12-29.
Watanabe,S.and Sasaki,S (1994) Silvicultural management systems in temperate and boreal forests.Can.J.For.Res.24(6) : 1176-1185.

活気づく米国の施業研究

―IUFRO異齢林施業シンポジウムに参加して―
大住克博(森林総合研究所東北支所)

 去る9月に、米国木材生産のメッカ、北西部太平洋岸にあるオレゴン州立大学で開かれた「異齢林施業研究会」に参加する機会を得た。参加者は、地元米国、カナダからの他は、北欧、ドイツ、フランスといった欧州勢で、分野は主に造林、経理を専門とする研究者が多かった。このワークショップは端的にいうと、非皆伐施業は取り組み始めたばかりの後発国である米国が、択伐林施業に長い経験を誇る欧州の先輩を招いて方針の確認をおこなう、という意味合いを背負っていたように思う。
 短期間の現地見学ながら、容易な更新、広い経営面積など、米国には今、非皆伐施業に取り組む十分な状況があるように考えられた。その辺りの事情は、IUFRO-Jのニュースレター(98年2月号)に寄稿したので、そちらを参考にしていただくこととして、ここでは、彼の地の施業研究の活気について若干、印象を述べたい。
 国内で我々が施業研究を考えるときに、最も大きな困難の一つは、物品の購入費から雇用、研究者の移動、研究者が割りあてられる勤務時間までを含む、広い意味での予算的支援であろう。施業研究は、現実の森林での実行を伴って初めて面白みを発揮できるものであるが、現実は、伐採一つ取ってみても、一日2万円の日当を要求される。しかし、金を出す行政側は、技術への関心をほとんど失っているため、施業研究への予算はつきにくい、というのが現状であろう。
 しかし米国においては、私企業から国有林まで、実に多くの施業研究プロジェクトが組まれているらしい。これは一面では、今まで天然林の伐採業に過ぎなかった米国がようやく持続的林業に目覚めたばりであるからであるとも言え、我々はその段階をすでに通過したのだとうそぶくこともできよう。しかしいずれ彼らは、試行錯誤を繰り返しながらも、持ち前の生真面目さで、彼らなりの持続的林業へと前進していくだろう。我々が退却戦に翻弄されているうちにである。
 さらに驚かされたのは、至る所このような施業研究プロジェクトの現場で、多くの若者が働き、学位を持った技術者が指導しているということである。この現場技術者層の厚みはすごい。例えば米国国有林が出している "Silvics of;North America" という本は、100種を超える北米の樹木が、多数の研究者、技術者により、一種づつ、分布、生活史、利用にわたってこと細かにレビューされた労作である。これらを見るとき、日本人研究者が気にかける、いわゆる「一流誌」の寄稿者の向うにも、実に厚い研究者・技術者層があり、米国の森林・林業を支えていることを実感できるのだ。
 このようにして生み出された技術をより洗練させ、現場に定着させることにも、米国では大変な力が注がれているようだ。訪問したオレゴン州立大学を例にとっても、教育普及部門が、技術や科学部門と並んで林科の三本柱の一つになっていて、多くの教員が配されている。非皆伐施業を巡っても、大学主催の一般林業家向けの研修が、頻繁に企画されていると聞く。教育普及が、事業からも研究からも付け足しのように考えられがちな日本とは、実に対照的だ。
 日本の林業の復活には、現場の施業に対する理解と、技術の向上・継承が不可欠であろうと思うが、現下の状況では、そのようなプロフェッショナルの養成や確保は困難になりつつあるのではなかろうか。例えば、今後、日本の国有林は大胆な方針転換をするという。しかし、現場が廃止され業務は請負に切り替わる中、その請負事業体に、施業の体系や、技術を普及していくシステムは、果たして保証されているのであろうか? はなはだ疑問である。施業研究は、畢竟、普及教育論にも関わらなければ不十分であるということを実感させられた旅行でもあった。
 さて、米国がうらやましい、といっておしまいにするのも淋しい話である。このような活力を研究者技術者側からも生み出していく道はないのか? 我々の宿題として、施業研究会を通して、探っていけたらと思う。森林の新たな方向を考える研究集会,次回の予定は?!

 次回の林学会大会(開催地:宇都宮大学)に合わせて行われる森林施業研究会恒例の研究集会は,木材生産以外の目的を主とする森林施業研究の方向を検討する。日時,取り上げる話題とその提供者は,次の通りである。
日時:1998年4月4日午前9時より
場所:宇都宮大学(教室は未定)
内容:森林の多目的利用と施業・管理
(1)河川生態系を保全する水辺林の造成
    柳井 清治(北海道立林試)
(2)野生動物との共生を目指す森林施業
    石田 健 (東大秩父演習林)
(3)都市近郊林の利用と管理施業
   中川 重年(神奈川県森林研究所)
今回を持って当初,予定した3回の研究集会が終了します。これまでの2回の研究集会には多くの研究者が参加し,その反響も大きかったことから,昨年,森林施業研究会の発足を正式に提案し,今日に至っています。しかし,研究会の目的とする森林,林業現場に根ざした研究の推進と現場への応用には,あまりにも多くの困難や課題があります。そこで,この研究集会では,研究会としての今後の方向を合わせて論議して行きたいと思います。研究と林業,森林管理の現場を強く結び付ける研究者サイドの森林施業研究会が確実に定着し,成果をあげて行くための具体的な活動が今,求められているものと思われます。是非とも,集会における積極的な提案,論議を呼び掛けます。

<編集後記>

ニューズレター2号をお送りいたします。
今号では,森林施業研究会の代表でもある渡邊定元氏が施業研究のおもしろさを紹介,また施業研究の具体的な方向を提案しております。100%同意出来ないまでも,共感する部分が多いと思われます。おりしも,ユフロのワークショップに参加した大住氏が,アメリカ北西部の施業研究の現場報告をしています。そのアメリカでは,かつて,マダラフクロウの保護問題を端に発した森林管理をめぐる大論争が巻き起こり,その中からNew forestryという管理技術がJerry Franklinなどによって提唱され,実践されて来た。これらについても,自然保護団体からは"New forestry is old forestry"と揶揄され,また,"Old forestry"側から邪道と非難されている。しかし,New forestryが森林を生態系としてとらえ,生物多様性を施業の中の一つの核として行こうと考え方は,いずれの側からも評価され,確実に定着しています。ところで,日本では?!

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