木霊(TARUSU) 森林施業研究会ニューズ・レター No.64 (2016年6月)

Newsletter of the Forest Management and Research Network

記録:第20回森林施業研究会シンポジウム「地域を代表する広葉樹林をどう保全するか」

三重県林業研究所 島田 博匡

 第127回日本森林学会大会最終日の平成28年3月30日、神奈川県藤沢市の日本大学生物資源科学部1号館121講義室において83名(名簿記載者のみ)の参加者を集め、第20回森林施業研究会シンポジウム「地域を代表する広葉樹林をどう保全するか」が開催された。本稿では私の感想も交えながら当日の様子について報告いたしたい。

写真.シンポジウムの様子

 講演に先立って森林施業研究会代表の岐阜県立森林文化アカデミー横井秀一氏から趣旨説明があり、近年、地域を代表する森林でありながら、人為あるいは病虫獣害などにより存続が危ぶまれている広葉樹林がある。今、広葉樹林に起きていること、それに対して講じられている措置などの現状を知り、地域を代表する広葉樹林の保全はどのように考えればよいかについて議論したいとの説明が行われた。また、講演の座長を森林総合研究所東北支所太田敬之氏が務め、講演後の意見交換の司会は岐阜県林政部林政課大洞智弘氏が行うことでシンポジウムが進められることが紹介された。

 今回で20回目となるシンポジウムであるが、これまでも時代の主流を扱うテーマは少なく、独自の視点からの問題提起によりテーマが設定されており、研究会を運営する方々の視野の広さや奥深さにはいつも感心していたが、今回も「広葉樹林が危ない!?」との問題提起から広葉樹林の保全について現状を知り、保全に関する議論を行うこととなった。なぜ今、広葉樹林の保全なのか?と頭をよぎったが、確かに針葉樹人工林の資源が充実する一方で、広葉樹林に目を移せば大気汚染・酸性雨、風害、シカ、ナラ枯れ、開発による森林の減少・分断化・孤立化など様々な要因で広葉樹林が衰退していることが報告されている。このような広葉樹林衰退に対して被害の予防、拡大防止、森林再生について考えることは個々のケースでは行われてきたが、総合的に森林施業の観点から議論する機会はこれまであまり無かったように思う。希少群落はともかく、経済的な面から保全対象とされるケースが少ない地域を代表するような普通の広葉樹林の保全に対しては、被害予防、拡大防止、被害後の推移、被害の許容範囲、保全策を行うのであれば、コスト面を踏まえて、どこを、どの程度の保全とするか?保全策の効果検証など様々な検討すべき問題が残されている。後戻りできない状態になる前に森林施業面からの議論を行うことは重要であると理解した。

 講演では、地方公設林試に所属する3名の講演者から、以下の広葉樹林危機の実態と保全に向けた取り組みについて報告が行われた。いずれも地域固有の問題に対して長年地道に取り組み、着実な成果が得られた事例の報告であった。

 講演1「丹沢モデル-シカからブナ林を守る神奈川県の取り組み-」 神奈川県自然環境保全センター 田村 淳氏
 講演2「山形県におけるナラ枯れ被害と対策」 山形県森林研究研修センター 上野 満氏
 講演3「保全すべき対象とその方法を考える-ブナを例として-」 長野県林業総合センター 小山泰弘氏

写真.講演をする田村氏(左)、上野氏(中)、小山氏(右)

講演1「丹沢モデル-シカからブナ林を守る神奈川県の取り組み-」神奈川県自然環境保全センター 田村 淳氏

 神奈川県丹沢山地のブナ林の衰退の現状、神奈川県のブナ林保全のための計画・体制、捕獲や植生保護柵などシカからブナ林を守るための取り組みについて報告があった。

 丹沢山地の国定公園特別保護地域を中心に分布するブナ林では1980年代からオゾン、水ストレス、ブナハバチの複合要因により立ち枯れが発生している。また近年ではシカの密度が高くなっており、林床植生の採食により水ストレスに関与することで立ち枯れに影響するほか、希少植物の絶滅危惧化、スズタケの退行、稚幼樹の更新阻害、不嗜好性種の増加、樹皮剥ぎなどによりブナ林を劣化させている。このような現状に対して、神奈川県では現在、「シカ保護管理計画」、「丹沢大山自然再生計画」、「水源環境保全・再生施策」の3つの計画・施策により、シカからブナ林を保護する対策に総合的に取り組んでいるところであり、県自然環境保全センターが中核機関となり管理捕獲、植生保護柵の設置、実施効果を把握するためのモニタリングなどを行っている。

 捕獲については、2003年から個体数調整を目的とした管理捕獲が行われるようになり、シカ生息密度は2003年の31頭/km2から2015年の6頭/km2まで減少した。その結果、林床の植被率は徐々に回復しつつあるが、スズタケの棹高はまだ回復しておらず時間がかかる。また、植生保護柵内でも植生がある程度回復するには5年程度かかっているという現状から、ひとたび劣化した植生を回復させるにはほとんどゼロまで生息密度を下げる必要があると考えられているが、現状ではこれ以上シカ生息密度を下げることは難しく、今後も捕獲を続けることに加え植生保護柵による回復促進を平行して実施していく必要がある。

 植生保護柵の設置は1997年から行われている。30~50m四方の広さの柵が複数基設置されており、2014年3月現在では延長73km、面積60haもの規模になっている。これまでに柵内では多くの県絶滅危惧種の侵入、スズタケの回復、高木種の多数の侵入がみられ、設置の効果が確認されている。しかし、高茎草本型に生じた大ギャップ(草地)に柵を設置したケースでは高木種の侵入は乏しく、ニシキウツギの低木林状態となることから、大ギャップの森林再生では高木種を含む低木林を形成しながら徐々にギャップ閉鎖させていく方針がとられており、相当長い年月を要することが予想されている。

 以上のように、丹沢山地では県などが多大な労力と予算を投入して地道に総合的な対策に長年取り組むことでシカ個体数の減少、植生の回復など着実な効果を上げているが、ブナ林の再生までには相当の時間を要することが予想される。ひとたび劣化した森林を再生するには相当の年数を要することから、より早い段階での対策を行うことが重要である。

 講演後、参加者との間で、今後のシカ個体数管理の方法に関する質疑、太平洋側ブナの更新に対する針葉樹との共存の必要性やスズタケ繁茂後の広葉樹の更新などに関する意見交換が行われた。


講演2「山形県におけるナラ枯れ被害と対策」 山形県森林研究研修センター 上野 満氏

 山形県におけるナラ枯れ被害の現状、被害対策の取り組みと成果に関する報告が行われた。

 山形県では1990年代からナラ枯れ被害が発生し、日本海側から奥羽山脈方面に向けて東向きに被害が広がり、2010年にはほぼ県全域に発生して被害量がピークに達したが、その後は収束傾向に向かっている。ナラ枯れで枯死しやすい樹種は地域によって異なる傾向があるが、山形県ではミズナラが枯れやすいことから、森林の被害様式はミズナラの優占度の違いで異なることになる。山形県の低標高域ではコナラ・ミズナラ混交林、中標高域ではミズナラ純林が発達し、それより高い標高域ではブナ・ミズナラ混交林がみられるが、中標高域のミズナラ純林で被害が大きく、大規模の林冠疎開が生じ、混交林では単木的被害となって小規模の林冠疎開が発生している。被害後の追跡調査により、10年以上経過すれば、混交林ではミズナラの枯死後、ブナ、コナラが優占する森林となるが、ミズナラ純林では樹冠が再閉鎖せず、大半のミズナラが消失してホオノキ、イタヤカエデなど被害前にはあまりみられなかった樹種が数多く侵入し、低木層も発達して、被害前と種組成が異なるヤブ山状態となっている。このような森林を今後どうしていくかについては検討課題として残されている。

 ナラ枯れ被害の防止対策については、被害の拡大期に、県が中心となって多様な主体からなる「山形県ナラ枯れ被害防止対策検討委員会」が設置され、関係機関が綿密に連携しながら被害地把握、発生予察、発生地予測、防除事業実施や技術開発などの対策を進めることができた。これらにより速やかな被害状況把握や未被害地での水際対策などを可能にしたことで被害防止効果がみられ、近年の被害収束にはこれらの取り組みの効果も一因となっていると考えられている。

 講演後、参加者との間で、おとり丸太法によるカシノナガキクイムシの防除方法や、守るべきナラ林の選定基準、被害収束時期の判断などについての質疑が行われた。


講演3「保全すべき対象とその方法を考える-ブナを例として-」長野県林業総合センター小山泰弘氏

 長野県における遺伝的系統を考慮した天然更新によるブナ林の保全についての報告が行われた。

 長野県では日本海型と太平洋型で遺伝的系統が異なるブナが分布しているが、人工植栽により相互に産地間移動された際に生育障害が起こることが確認されている。このようなことを避けるために、系統管理ができていない現状でブナ林保全をはかるためには天然更新を行うことが望ましいが、天然更新がうまくいかない場所も多い。今回はブナを事例として、天然更新が出来なかった森林における対応について、2種類のケースが紹介された。

 一つ目のケースはブナ林を開発して牧場を造成したものの、牧場としての使用をやめて10年以上が経過した場所でのブナ林再生の事例である。ここでは、天然更新が困難であったが、周辺に残された天然林の周辺で多数の実生稚樹が発生しており、これを移植して森林化を進めたところ、大半が活着して良好な成長を示した。このケースのように周辺で多数の稚樹が確保できる場合には移植により更新できる可能性がある。

 長野県内のブナ林の中で、保全を必要としているもう一つのパターンは、小面積で孤立したブナ林の保全である。小面積で孤立したブナ林では、個体群の維持が課題であるが、林内には稚樹が成立していないことも多く、次世代への更新が危ぶまれる状況にある。この原因を調べるために小面積のブナ林を調べたところ、豊作年であれば充実種子が確保されるものの、並年程度の作柄では小面積のブナ林では充実種子の落下量が非常に少なくなっていた。さらに、集団の遺伝的多様性を調べたところ、いくつかの小面積ブナ林において、周辺の大面積ブナ林に比べて遺伝的多様性が低下している傾向がみられた。しかもこの傾向は、ブナ林が分断されてからの経過年数が長いところで顕著に現れたことから、小面積ブナ林では、現有個体が後継樹を生産できたとしても、将来は遺伝的に問題のある個体群に推移する可能性も示唆された。このようなブナ林を保全するために、挿し木増殖も試みられたが成績は悪く、小面積ブナ林においては、残存木の遺伝子を活用した後継樹の育成は困難であると考えられた。以上のことから、小面積ブナ林の保全には外部からの種苗の導入が不可欠であると考えられたが、このためには系統管理を行った種苗の確保も進めていかなければならない。

 紹介された2つの事例では、天然更新の可否や集団サイズなど保全対象の状況に合わせた保全策の検討が行われた。前者のように天然更新により苗が確保できる条件は極めて限られ、外部からの種苗導入を考えるケースが多くなると考えられることから、早期の系統管理が必要である。


 講演終了後、大洞氏の進行で総合討論が行われた。個別の講演に対する追加質疑、大気汚染やシカなど広葉樹林衰退の原因となっている要因への対応に関するいくつかの議論があり、その後閉会となった。

 丹沢と長野の例からは、ひとたび劣化した広葉樹林を再生することは困難であることと早期対策の重要性を改めて認識させられた。地域に普通にみられる広葉樹林の衰退に対して危機感を抱くころには衰退が相当進行しているケースが大半であろう。そのようななかで山形の例ようにナラ枯れに対する検討委員会を早期に立ち上げ関係者間の連携のもと拡大防止に向けて対処できたことは、今後のモデルケースになり得る貴重な事例であると思う。まだまだ多くの議論すべき課題が残されているが、今回のシンポジウムは今後の議論につながる良い機会になったのではなかろうか。最後になるが、多忙な業務のなか今回の貴重な講演をいただいた3名の講演者に対し深く謝意を表したい。



森林施業研究会シンポジウム参加者の感想

鹿児島大学演習林 芦原 誠一

 昨年はじめて天竜合宿に参加させていただきました。森林学会への参加も久しぶりだったのですが、機会をいただきましたのでシンポジウムでお聴きしたことについて感想を述べます(タイトルはご講演のものではありません)。

●シカがいる生態系(神奈川県の田村さん)
 全国的に大きな問題になっているシカの被害について、激害地の状況と、科学的で長期間にわたる対策をわかりやすく伝えていただきました。私が管理している鹿児島県大隅半島の森林は、3年前にシカの姿が確認され、今年度はじめて地元自治体の捕獲獣としてリストアップされるといった、生息域の拡大前線にあたる地域にあります。
 講演では、激害地の植生回復の困難さや、生息密度の目標値として5頭/km2などと示されている事に関連して、シカがゼロになることもまた不自然という、考えてみれば当然の自然観に触れ、思わずハッとさせられました。古今東西の人類にとって死活的に重要でありながらも現代生活では忘れられがちな「自然環境のコントロール」という終わりなきテーマに気が遠くなりながら、不断の取り組みをされている事例のひとつひとつがたいへん勉強になりました。「野生鳥獣による甚大な被害がありうること」を前提としたら、日本の森林生態学も根本から変更を余儀なくされるのでしょうね。重大事と再認識。

●現代社会にとってナラ枯れとは(山形県の上野さん)
 ナラ枯れといえば、九州南部ではマテバシイなどに被害が目立ちます。忘れたころに発生しては山が枯れたと騒ぎになるわけですが、あまり見向きもされない里山のことで、さほどの危機感も持たない私でした。
 しかし、山形県では森林面積の3割がブナ、3割がナラということで、広葉樹材の利用も盛んと思われ、その対策(おとり丸太法、広葉樹伐採支援補助金など)に興味を持ちました。この被害をむしろ好機として、スギ・ヒノキ・マツ人工林の育成だけではない、多様な樹種の多様な魅力や利用を見直す社会に繋げていければと思った次第。
 なお、本題からは逸れますが、燃料革命から1990年代にかけて薪生産が漸増していた理由を知らない自分の不勉強を恥じました。また、とにかく関係者が顔をそろえて現場に足を運ぶことが有効、というご指摘にはうなずきながら拝聴しました。

●孤立ブナに光を当てる(長野県の小山さん)
 小山さんのブナ探索に流した汗と一歩一歩とが感じられる面白話。近隣に天然ブナの実生稚樹が多数ある場合には、それを移植することによって更新が可能だという事例が報告されました。個人的には、郷里の隣村にあるらしいその牧草地の様子に興味を持ち、次に帰省する時の楽しみにしようと思いました。
 一方で、小面積で孤立している天然ブナについては、植栽されていたブナとともにDNAを解析、採種地と販売地が異なる点に注意をしなければいけないという系統管理への警鐘がありました。

 いずれのご講演も興味深く、「まだ林学をやっている」というフレーズに魅かれてやってきた者として、今後もこちらに出入りさせていただければ幸甚であります。次の森林学会はこちら、鹿児島で開催されます。わが山、鹿児島大学演習林の近くには、南限のブナがあり、常に火を噴く桜島もございます。みなさまとお会いできることを楽しみにしています。

 

 関東森林管理局森林官 須崎 智応

 ふと,四手井先生の『現場の技術者の林学会離れに就いて』という森林科学27(1999)の記事のことを思い出した。現場で業務をしていると,「知りたい!!」という事案に遭遇することがある。現場(山)にはまだ,「なぜ?これはなに?」がたくさん埋没している。だから,現場に張り付いて地道な研究をする研究者が必要かもしれないが・・・。現場にいる技術者がもっと,研究をやるようになれば良いと思う。確かに,風当りは強いかもしれない。「余計なことして」とか「そんなこと言われたら自由に(林業)できなくなる」とか聞こえてくる。

 私は大学の卒研で,茨城県北部に分布するカツラについて調べる機会があった。みなさんご承知の通り,カツラは普通種であり,茨城県でも絶滅危惧種としての指定はうけていない。カツラは雌雄異株であるうえ風媒で,集団の分断・孤立化は次世代の形成に致命的な影響を及ぼす。また更新は,氾濫原など水辺のかく乱地を主な更新サイトとし,寿命が長く萌芽更新で同じ場所に長くとどまる樹種である。このため,個体間の断片化の進行で繁殖力の低下や,更新サイトが限定されるため,より個体数の減少に拍車がかかる可能性が高い。茨城県北部は平安時代から馬の生産などによる放牧や,牧野維持のための火入れが繰り返された上,薪炭利用も広く行われるなど,強度の人為の影響下に置かれてきた。戦後はこれらの跡地は針葉樹の造林が進められ,広葉樹の二次林すら急速に減少した。このような土地利用から,更新サイトが限られるカツラは徐々に数を減らし,人間の生産活動が及ばない崖錐や低位河床堆積地などに生息地が追い込まれた。現在は,林業活動や道路の拡張,河川改修などで,更新サイトの減少とともに生育個体数も減少している。このような実態からも,地域における普通種の絶滅は懸念されるだろう。

 このことを「知らなければ」施業を行ううえで,カツラを伐採したり生育する場所に作業道を通しても,全くなんの背徳感も生じないだろう。普通のありふれた木として伐採するのみだ。このような状態の継続はやがて,地域の多様性が損なわれる結果につながる。この損失がどれほど我々の生活から豊かさを失わせる結果になるのか? 「知らない」という事は恐ろしいことなのだと学んだ。多くの知識を動員し,工夫を凝らし生産性と環境保全を実践してきた,定山渓の魚入ハイデなどの実例を見ると,もっと技術者が知識を身に着けていく必要性があるだろう。我々はもっと多くのことを知らなくてはならない。「オラは技術者だから手順通りに仕事をすればよい」というのは,真の技術者ではない。どこで問題が起こっているのか,常に自分の四方を観察し,問題解決の糸口を作り出するが,真の技術者像だろう。

 四手井先生の言う通り「研究は研究者がするもの」という固定観念を,我々は払しょくし,応用科学としての林学を実践することが,今の日本の林業界には求められているのではないか? 討論の時間は短く,私も未熟ゆえ青臭さが醸せなかったが,先輩である森の自由人こと中岡氏に劣らぬ幅広い興味を四方に向けて,技術者として本来あるべき姿を体現するために,施業研の活動に期待しながら,私も努力したい。