木霊(TARUSU) 森林施業研究会ニューズ・レター No.70 (2019年3月)

Newsletter of the Forest Management and Research Network

・第23回森林施業研究会シンポジウム開催のお知らせ
・報告!全国ブナ林フォーラム~ブナ林の保護・持続可能な利用を目指して~・・・中田理恵
・出版のお知らせ「森林未来会議-森を活かす仕組みをつくる-」

 

第23回森林施業研究会シンポジウム開催のお知らせ

第23回森林施業研究会シンポジウム

テーマ:技術論で考える低コスト林業

日 時:2019年3月23日(土) 9:00~12:00
場 所:新潟コンベンションセンター「朱鷺メッセ」301A

内 容:林業、とくに更新から初期保育のステージでの低コスト化の必要性が叫ばれ、これについては異論はないであろう。一方、技術的視点から見たとき、その取り組みの妥当性はどこまで検証できているだろうか。このシンポジウムでは、低コスト化の取り組みの事例として低密度植栽、下刈り回数の削減、広葉樹への転換について話題を提供し、技術的視点から「低コスト林業が目指す林業は、はたして持続可能な林業経営につながるのか?」を議論したい。

話題提供(敬称略):
1.過去の低密度植栽から考察してみた・・・・・・・平野辰典(関東森林管理局)
2.下刈り回数の削減はどこでも可能か?・・・・・・山川博美(森林総合研究所)
3.広葉樹林への転換は低コストでできるのか?・・・島田博匡(三重県林業研究所)

総合討論:低コスト林業の技術的妥当性と展望


報告! 全国ブナ林フォーラム ~ブナ林の保護・持続可能な利用を目指して~

中田理恵(静岡県森林・林業研究センター)

平成30年10月20から22日にわたり、「全国ブナ林フォーラム~ブナ林の保護・持続可能な利用を目指して~」が福島県只見町にて開催されたので、私見によりレポートする。

フォーラムは、北海道から九州にわたるブナ林の状況報告、ブナ林の保護・保全と活用に関するパネルディスカッション、ユネスコエコパーク只見町のブナ林見学などの自然観察会と3日間にわたって開催され、ブナ林を守りつつも、持続可能な利活用をとおしてブナ林と人が共に生きるために連携し、ブナを守り、育て活用し、地域社会を守り、発展させる運動にともに取り組む「全国ブナ林フォーラム只見宣言」が採択された。

1.フォーラム内容

フォーラムは、只見町の季の郷湯ら里において主催者の全国ブナ林フォーラム町民実行委員会会長である菅家三雄只見町長から、この10年のブナを核とした街づくり、「自然首都・只見」宣言、ユネスコエコパークへの登録等の只見町の取り組みを振り返り、共に経済一辺倒でなく自然と共に生きることを全国に発信していきたい、との挨拶から始まった。

1)旧薪炭林で育ってきたブナを活かす-原生林構造の復元もめざすブナ林業の取組-

基調報告として紙谷智彦新潟大学名誉教授が、研究してきたブナなどの広葉樹が伐採後に自然再生する仕組みを実践活用し、豪雪地帯の旧薪炭ブナ林を科学的知見に基づき原生林に似た森林環境に誘導していくことで林業樹種として活用し、集落の維持や地域経済の活性化、将来的には人口増加を目指す取組を紹介した。

半世紀前まで、民有のブナを始めとする広葉樹林が薪炭林として都市の家庭用エネルギーを支えていた。その後は利用がなくなり、多くのブナ林が放置されている。現在その林が50年生以上に成長したのだが、用材林としての利用実態はほとんど分からないため、調査を実施した。新潟県のある豪雪集落では、1937年まで遡ると毎年70ha以上の若い広葉樹が薪や炭として循環的に伐採されていた。これに倣い、旧薪炭林のブナ林を、これまでのブナ原生林の研究から1箇所当たり400㎡程度の区画を想定し、ha当たりの面積率で20~30%程度を100年周期で順次伐採、再生させることにした。

また、魚沼市大白川生産森林組合は、1973年(S43)には、薪炭林の種を付けないブナの間伐に取り組んでいた。用材として利用するには単幹でまっすぐな材である必要があるため、全方向から日が当たるように間伐し、木工の用材林としていた。そこで、高密度の若い林ではかなり強めの間伐を行うことにした。

このように区画単位で順次伐採すると、ブナ林の中に異なる樹齢の集団がモザイク状に存在することになり、長期的にブナ林を活用し続ければ、いずれは原生林のような林層に誘導できる。豪雪地帯では、ソリによる集材も可能であるし、十分に間伐された林では、直径80㎝以上に育つ可能性もある。ブナ原生林は守ることが大切だが、薪炭林は切って管理した方がよい。

平成30年は、10月9日から18日にかけて伐採を行った。腐朽材も生態デザイン材と称して、テーブルなど製品化するため、歩留まりは83%だった。搬出した材は、1枚1枚ナンバリングして、トレーサビリティーを徹底している。この試みは、スノービーチ【雪国のブナ】プロジェクトとして、2015ウッドデザイン賞を受賞した。

ブナ林業に必要なことは、どれ位資源があるのかといったブナ資源の評価、用材林への誘導のための間伐方法、伐採・再生(更新)方法、そしてブナ林活用と需要の創出である。

山間地域がブナ林と共に将来的な維持・発展を目指すには、自然資源と地域住民との関係を断ち切るようなブナの保護・保全でなく、ブナ林を守りつつも、持続可能な利活用を通してブナ林と人が共に生きる視点が重要である。そのことが、ブナ林の保護であり、ブナ林に根差した地域の生活と文化を守ることなのだ、と力強く語られた。

次に北海道、岩手県、長野県、徳島県、宮崎県、福島県から国内報告が行われた。

2)北限のブナ

北海道から黒松内町ブナセンター 齋藤均学芸員より、日本のブナ林の自生北限と「ブナ北限の里くろまつない」でのブナ活用の取り組みについて報告された。齋藤氏は、鹿児島県高隈山の南限のブナについて研究後に、北海道渡島半島の黒松内町へ移住した南限と北限のブナを知る人物。

豪雪地帯ではブナ9割だが北海道はブナ7割でミズナラなどと混交している。渡島半島の黒松内岳までブナは連続分布しているが、黒松内の低地帯で点在に変わり、これより北は針広混交林となる。黒松内は日本に残るブナ原生林としては一番面積が広い。

ブナ林の自生北限は変化してきた。気候変動に対応して進退を繰り返し、2万年前の最後の氷期の最寒冷期には新潟県や福島県のあたりまで南下し、約1000年前に黒松内低地に再到達したことがわかっている。北限域のブナ林の樹勢はよく、更新が順調なことから、現在も北進中であるという説が最も支持されている。しかしながら、ブナ分布最前線以北以東に広がる北海道開拓の結果の田畑やダケカンバ林に入り込むのは容易ではないと思われる(人為圧北進阻害説)。

黒松内の自然の特徴は、本流の朱太川にダムがないため、山と川と海との連続性が良い状態で保たれていることである。黒松内町は、ブナ林やブナ周辺林を買い取って保全している。

「ブナ北限の里くろまつない」では、人が来れば森林への負担がマイナス、つまり環境が良くなる楽しいツアーを企画している。林床のネマガリタケ等をロープで縛って切り取り、その中にブナの苗を植林するなど、12年前からブナ林再生プロジェクトを立ち上げ、北限域のブナ林再生手法の確立を目指して実験をし、得られた知見をツアーのメニューとして取り入れている、と楽しそうに報告された。

3)花巻のブナ原生林に守られる市民の会

岩手県の花巻のブナ原生林に守られる市民の会 望月達也事務局長からは、ブナ保全活動と東北でのクマゲラの生息について報告された。

花巻のブナ原生林に守られる市民の会は、30年前の1988年に水源地のブナ林の激しい伐採からブナ林の保護を目的に発足した。県、市を説得しアセスに持ち込み、1993年には地元行政とともに水源地のブナ林の伐採を凍結することができた。

伐採凍結後は、子供たちを対象にした福祉活動も展開し、4泊5日の夏の冒険キャンプ、他県のブナを見学に行くブナツアーを実施している。また、クマタカ、ツキノワグマ、クマゲラをブナ林の重要指標種として重点的に調査を行っている。

クマゲラは、本州では北海道からの渡りと考えられていたが、1978年に秋田県の森吉山で繁殖が確認された。2010年までに確認した10か所の繁殖地は、標高はおよそ650m以下の国有林で、営巣木は全てブナであった。クマゲラはブナ林に依存しており、ブナ林内の盆地で笹が少なく、大きめの苔の少ない通直なブナを好んで使用していた。

1990年ごろの林野庁の通達では、クマゲラの繁殖地の半径500m以内は伐採禁止されていたが、それが免罪符となり、発見されない場所で“老齢過熟林”として大面積の伐採が行われたようだ。

クマゲラの繁殖は、ここ5年確認されていない。平成29年は、森吉山でオス一羽しか確認していない。採餌痕跡もほとんど発見されなくなり、原因は不明だが、温暖化とブナ林の伐採によって繁殖可能地が激減して種の保存が不可能になったのではないか、と憂いておられた。

4)北信濃(長野県北部)におけるブナ林の保護と活用:自然保護から保全へ

長野県のいいやまブナの森倶楽部 渡辺隆一会長は、1970年代からの自然保護活動の推移と今後の方向性について講演した。

1973年、美ヶ原・霧ヶ峰のビーナスライン建設時に長野県自然保護連盟が設立され、長野県下の多くの自然保護団体のネットワークとして様々な活動を展開することになる。

1987年にリゾート法ができ、同時期に長野冬季オリンピック(1998年)開催が決定され、志賀高原での巨大スキー場開発など、バブルの乱開発が進んだ。さらに鍋倉山での営林署によるブナ天然林の伐採計画が始まり、地元とも協議した広範な自然保護活動が展開された。その中で発見されたのが鍋倉山の巨木の谷、日本最大のブナ「森太郎」で、鍋倉山のブナ林の保護活動につながる。この活動は、白神山地のブナ林保護活動とも連携し、「全国の森と原生林を守る集会」の設立に発展し、1988年全国ブナ集会が始まることになる。自然保護の世論は高まったが、開発の中止はバブルがはじけたことによる経済的な不況が主原因であった。

その後、地球温暖化やオゾン層の破壊など世界的な環境問題が顕著になり、身の回りの環境を快適にとの意識の方向が変わり、保全という考え方が主流となってきた。

いいやまブナの森倶楽部では、なべくら森の家(ビジターセンター・宿泊)を拠点施設とし、ブナの根際に藁を敷いての保護、車椅子が通行可能な歩道整備、車いすのための自然観察会、そば畑、セキ堰(水路)修理など、里山のブナ林の保全、森の楽しみ、里山再生プロジェクトを実施している。その一環として、開田山地に日本初の信越トレイルが設置された。信越トレイルは、里山をめぐる80kmのロングトレイルで、年間36千人以上が利用している。オーストラリア、カナダ、スイスなど外国のパンフレットにも乗り、世界のロングトレイル愛好者も訪れるようになった。宿泊者には、地域の食文化を紹介している。

チベットでは、雨が少なく荒涼とした植物のない荒野が多いが、氷河からの水を利用した緑の谷がある。チベット仏教が盛んだが、水争いをしないようにチベット仏教が2000年続いているのではないだろうか。チベットは、チベット仏教という自然環境にあった社会システムがあったので、持続できたのではないか。ユネスコエコパークも自然と社会生活の好ましいモデルが設定されている。豊かな自然を生かした持続可能な社会・生活を継続するためには、自然環境にあった社会システムが必要ではないか、と問題提起した。

5)ブナ林再生-徳島県立高丸山千年の森の事例報告

徳島県からは、お年寄りが主役の葉っぱビジネス「いろどり」(料理のつまものを出荷している)で有名な上勝町より、一般社団法人かみかつ里山倶楽部 原田寿賀子事務局長補佐から、高丸山のブナ林再生事業の報告がされた。原田氏は、書店勤務や農業研修生を経験している行動的な方で、会場では上勝町の特産品「上勝阿波晩茶」が振舞われた。

人口1600人、高齢化率50.2%の上勝町にある徳島県立高丸山千年の森は、標高1438m、ブナ、ケヤキ、ハリギリ、リョウブ、ナツツバキ、ヒメシャラ、カツラ等が生育しているブナ林があるが、後継樹が少なく、シイナが多くて衰退している。近年はシカの食害で下層植生がほぼなく、地表の乾燥化も進んでいる。

そこで、2004年にブナの自然林再生事業を実施することになる。地元で苗木生産組合を立ち上げ、種子採集し、植林する苗木32種を育成した。マルチキャビティコンテナでの育苗は苦労も多かったが、住民の新たな収入源につながった。自分達で作った苗で森づくりをするのは、自分達の森という意識を持つためでもあった。

皆伐地を①自然遷移観察区②森づくり専門家の森③森林ボランティア29団体による自主的森づくりに分けて植林した。

2006年から指定管理者かみかつ里山倶楽部が、森林ボランティアの森づくり活動を支援している。鹿対策のためのネットの修復、見回りも実施している。

副次的効果として、毎年8000人の施設利用があり、来町者が増え、交流人口が増加している。上勝町民と森林ボランティアなど来町者が、ともに時には参加者、時には指導者としてお互いの技を活用し、交流しながら森に入る楽しさ、厳しさ、大切さを伝えることが、山村の自信や、都市と山村の交流につながる、とにこやかに話された。

6)九州に於けるブナ林移行帯付近の自然と生活=宮崎県を中心に=

宮崎県綾ユネスコエコパークからは、綾町照葉樹林文化推進専門監 河野耕三氏が、ブナ移行帯付近の自然と人との共生について語られた。

九州では、大崩山(祖母・傾・大崩ユネスコエコパーク)、白岩山、高隈山、綾町等にブナ林があるが、多くは周辺を照葉樹に囲まれ、シカの食害でスズタケなど下層植生や実生が少なく、このままの状況が続くと乾燥化し、ブナが倒れても更新しない恐れがある。

ブナの南限の高隅山(1236m)では1000m付近からブナの生育しており、高木層はブナ、モミ、アカガシ、ヤマグルマ等が優占し、亜高木層以下にはヤブツバキ、シキミ、ハイノキ、アセビ等が混生、林床にスズタケがみられる。綾BR域では、冷温帯性ブナ林は1200m以上にあるが、アカガシ、アラカシ、スダジイ等が入ってきている。

氷河時代には九州のほぼ全域に広がっていたブナ林は、暖かくなるにつれ標高の高い部分に追い上げられていった。ブナ林の植生を構成していた種の中には、低地の湧水地、谷、岩角地等に置き去りにされたものもある。ブナ林帯下部付近では、上木がブナで中低木が常緑樹といった暖温帯性の照葉樹林構成種が冷温帯性のブナ林の優占種に保護される潜り込み状態で混生している。

移行帯付近の攪乱、人々の土地利用などにより、異なる群系や生態系が連続する移行帯の植物構成は複雑化し、多様化している。このような群系や様々な生態系の移行帯周辺でみられる特徴を、マージナル効果(又はエコト-ン効果)と呼んでいる。マージナル(境界)は、小川、谷、池などの周辺、地形、地質、環境など大小様々あり、種の組成を複雑化している。

宮崎県の内陸部の標高900~1100m付近は冷温帯性の落葉広葉樹林帯に連続する群系移行帯に当たり、生態系の供給サービスが豊かな場所で、古くからキノコ、山菜、ヤマメの利用、狩猟、焼き畑などが行われてきた。本州の中部以北ではブナ林帯は低標高地域の低山帯や丘陵地~平野まで下降しており、只見町はブナ林帯の真ん中にあるため、ブナ林帯からの生態系サービスに多くを依存してきた。双方とも様々な大小異質のブナ林帯のマージナル効果の恩恵を受けており、つながりがあり、人々の暮らしにも類似の要素がある。

今回のフォーラムを機会に、過去の環境履歴や隣接する群系、特殊環境、基盤となる自然環境、人々の伝統的生活文化歴史など、ブナ林帯全体が持つ豊かで多様な生態系サービスを持続可能な生活文化・経済社会構築に活かしてほしい、と語られた。

7)只見地域におけるブナ林と住民の関わり -これまでも、これからも、ブナと生きる 雪と暮らす-

福島県只見町から只見町地域創生課ユネスコエコパーク推進係兼只見町ブナセンター 中野陽介氏が、只見町のブナ林利活用の取り組みを語った。

只見町は町面積の9割を山林原野が占め、積雪は3mに達する国内有数の豪雪地帯である。周囲の1000m前後の山岳は、山肌は雪崩により削られ雪食地形となり、それにより立地環境で異なる森林植生がモザイク状に形成されることが、生物多様性の背景となっている。集落の背後の山岳の尾根筋にはキタゴヨウ、ネズコ、雪崩が頻発する中間斜面にはミヤマナラの低木林、安定した場所にはブナ林、渓流沿いはトチノキ、サワグルミの渓畔林がモザイク状に分布している。ブナ林は町の山林原野の面積の約半分を占めており、山林原野は、野生動植物の生育・生息を可能とするだけでなく、狩猟、採取、漁労、山菜・キノコ採りなど食料の調達、燃料や建材、道具の材料の供給など人の生活を支えてきた。

只見地域の生活は地域の自然環境や資源に深く依存して成り立ってきた。豪雪地帯であるがゆえに、人と雪の作り出す自然とが共生する地域であることが、只見地域の特徴であり価値でもある。

只見町では、人と自然との共生を目指すMAB計画の生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)を枠組として、人と自然をつなぎとめるための取り組みを地域おこしとして実施している。野生生物を保護する方法等について、講習会を開催し、21名のガイドを養成した。ブナを活用するため、ブナ染めを始めた。伝統的な生活が生んだ天然資源や農産物を活用した「自然都市・只見」伝承産品の指定や人材育成を続けている。今後も只見の自然守り、自然と住民との関わり方(利活用の方法)を学び、継承、発展させていく取り組みを、ぶれずに引き継いでいきたい、と力強く宣言した。

会場では、「自然都市・只見」伝承産品の柔らかな色のブナの葉染め製品、木工製品、幾何学模様の網目のクルミ皮・ヒロロ・マタタビ細工、凍み餅など伝統的な保存食などの販売も行われており、人気を呈していた。

8)ブナ林の保護・保全と持続可能な利用を目指して

内報告の講演者7名をパネラー、司会を只見ユネスコエコパーク推進専門監 鈴木和次郎氏によるパネルディスカッションが行われた。

1970年代の奥山のブナ伐採、国有林と自然保護団体の衝突の後、保護が行われ、表面化してこなかったものの、下北半島、渡島半島、奥尻島などでブナ天然林伐採が続き、ブナ林は断続されてしまったことが報告された。

各地からシカの食害が報告された。ネットを設置して保護すると後継樹が発生するが、ネット管理の監視を怠るとネットを角で引き裂いて効果が継続できない、シカが多くなりカモシカが減少しているようだ、シャープシューティングや駆除に報奨金をつける等、各地でシカの駆除が行われているが、なかなか被害は収まらないようである。

奥山開発で伐採し、植林したところが不成績造林地となってしまっている場所に対しては、伐採当初の目的に合っているのかの検証をまず行い、スギを植林してダメでもブナ等が入ってくる場合は目標の変更を行うべきである。また、最近のカラマツブームを例として、林業は目先が変わるとどうなるかわからない、もっと林業を皆でまともに考えるべき、との意見もあった。

ブナ林は温暖化により衰退化していくと予測されるので、白神山地での保護地域拡張案には、ブナ林を含めることが大切であることや、森づくりでは、行政は2、3年で担当が変わり将来的な話ができないなど、耳が痛い指摘もあった。

ブナ林活用の問題点として、オーバーユースがあり、トレイルランなど新たな問題も出てきている。ブナは踏みつけに弱く、観光客やシカによって踏み荒らされ、ブナが枯死する事例もあり、搾取されるだけになってしまうので、人を入れる前に準備が必要である。これに対して、齋藤氏から冬の森の雪上観察会は、あまり負荷がかからないので実施している、との報告もあった。

ブナ林の資源利用に対しては、入会権を持たない人が山菜・キノコ採りで荒らすより、過疎高齢化が進み資源利用が減っている現状が報告された。利用していないが権利のある人と、集落に移住して来た人、新しく利用する人との折り合いを作っていくことが大切とのこと。

過疎高齢化で林業が衰退する中ブナ材の利用をどうすればいいかとの質問に対して、紙谷氏は、原生林は無条件に手を入れない、二次林も使える場所と使えない場所をよく観察して判断する、ギャップを作って100年で回す原生林に近い伐採方法をとり、それを実行する地元の人が理解していることが非常に大切であり、林業には長期的な見通しと継続が大切と話した。また、スノービーチのブランドでも、トレーサビリティを管理し、きちんと木材を切って売るとはとても困難である。何とかしたいと思うなら、中下流域と協力してやっていけばできるのでは、と話された。

山間地域の過疎高齢化が進む中、山間地域がブナ林と共に将来的な維持、発展を目指すには、今後も互いに連携した技術交流が必要と締めくくられた。

パネルディスカッション

アトラクション:明和小学校5年生による小林早乙女踊

2.自然観察会

只見町の自然環境やブナ帯文化を知るため、初日と最終日には自然観察会が開催された。そのうち参加した2つの観察会を紹介する。

①ブナ林散策―只見沢と田子倉湖遊覧

あいにくの雨であったが、フォーラムでの講演者、参加者で大型バスはいっぱいであった。浅草岳登山口でバスを降り、間近にある雪食地形を見上げ、トチノキ、サワグルミの渓畔林を見ながら、只見沢を遡ってブナ林天然林へ向かった。上木はブナ、ホオノキ、イタヤカエデ、下木は濃緑のユキツバキ、ヒメアオキが占めるブナ林では、地表には落葉とブナ種子や殻斗が散らばり、倒木にはナラタケが群生している。途中にはトチの実もたくさん落ちていて、森林の豊さを感じた。

水力発電(田子倉ダム)の建設により生じた田子倉湖では、冷たい雨の中、遊覧船ブルーレイクに乗り込んだ。霧でけぶる湖岸の雪食地形、モザイク植生を観察し、湖底に沈んだ田子倉集落生まれの鈴木サナエ氏より、山菜、キノコ、獣、魚などの豊かな自然資源に恵まれ桃源郷と呼ばれていた田子倉集落のお話を聞いた。

 (只見川上流の田子倉は、1959年首都圏への電力供給を目的とするためダム湖の底に沈んだ。田子倉ダムは、昭和36年完成。)

雪食地形

只見沢のブナ林

ブナ種子

遊覧船と田子倉ダム

②ただみ・ブナと川のミュージアム、ただみ観察の森「楢戸のブナ二次林」

ただみ・ブナと川のミュージアムでは、遠藤学芸専門員や鈴木サナエ氏が展示物を解説。平成23年の新潟・福島豪雨災害での只見線や町の被害状況、ユビソヤナギ、ブナ林など植生分布、魚類、鳥類、動物の展示、林業、炭焼き、建築資材の樹種調査結果と多彩な展示内容であった。

ふるさと館田子倉は、田子倉ダム建設により湖底に沈んだ田子倉集落の記憶を後世に残すことを目的に、皆川弥氏が開設した展示施設である。水没前の生活や文化を伝える資料、田子倉ダム建設に伴う移転問題、移転交渉に関する資料、小説の文学資料が展示されていた。

施設見学後に、楢戸集落にある60年ほど前にブナの天然林を伐採した後に再生してきた楢戸のブナ二次林を観察した。場所は楢戸沢林道を少し入った所で、西はスギ林、東には林道と田んぼが広がっている里山である。只見町では、自然を身近に体験してもらうため、里の近くの林を「ただみ観察の森」として整備している。ここは、ブナ伐採後、ナラ、クリが優占する中にブナが混じる状況であったがシイタケの原木用にナラ類が伐採され、ブナが優占するようになったとのこと。林床にはブナの実生、コシアブラ、ヒメアオキなどが多数発生しており、ブナの大木にはツキノワグマの爪痕が残る。ここにもブナの種子がたくさん落ちており、思わず拾ってしまった。

楢戸のブナ二次林観察会

熊の爪痕

参加して

講演者は3日間の全ての日程に参加され、自然観察会では主催者側解説者と講演者が解説するなど、講演者、参加者、主催者の距離が近く、親しみが持て、ぜいたくなフォーラムでした。企画、運営は大変なことだと察するが、主産者や只見町民の皆さんが楽しそうに参加されている様子に、一人一人が地域の自然、伝統的な文化の継承、地域振興の担い手として取り組んでいることが表れており、すごいなあと感じました。

人がいなくなれば文化も絶える、資源は利用してこそ資源となるなど、当たり前のことを改めて気づかされました。ブナ林に限らず森林を持つ地方には参考になることが多い内容で、思わずレポートしてしまった次第です。


出版のお知らせ

以下の書籍が築地書館から出版されることになりましたので、お知らせします。

=== 出版社のHPから ===
『森林未来会議-森を活かす仕組みをつくる-』
 熊崎 実・速水 亨・石崎涼子[編]
 2,400円+税 四六判並製 312頁予定 2019年5月刊行予定 ISBN978-4-8067-1583-2

これからの林業をどう未来に繋げていくか。
林業に携わる若者たちに林業の魅力を伝え、やりがいを感じてもらうにはどうしたらいいのか。
林業に携わることに夢と誇りを持ってもらいたい。

欧米海外の実情にも詳しい森林・林業研究者と林業家、自治体で活躍するフォレスターが
それぞれの現場で得た知見をもとに、林業の未来について3年間にわたり熱い議論を交わした成果から生まれた一冊。

=== 目次 ===
序章 豊かな森林経営を未来に引き継ぐ:林業家からの発信(速水亨)
第1章 オーストリアとの比較からみた日本林業の可能性(久保山裕史)
第2章 小規模な林業経営と大規模な需要を繋ぐドイツの木材共同販売組織(堀靖人)
第3章 森を有効に活かすアメリカの投資経営とフォレスターの役割(平野悠一郎他)
第4章 ドイツの森林官がもつ専門性と政府の役割(石崎涼子)
第5章 政策と現場をつなぐ自治体フォレスターの可能性(中村幹広)
第6章 市町村フォレスターの挑戦(鈴木春彦)
第7章 多様な森林経営を実現させるための技術者育成(横井秀一)
第8章 科学に裏づけられた森づくり(正木隆)
終章 新しい「木の時代」がやってくる(熊崎実)