木霊(TARUSU) 森林施業研究会ニューズ・レター No.71 (2019年8月)

Newsletter of the Forest Management and Research Network

・第23回森林施業研究会シンポジウム記録

 

第23回森林施業研究会シンポジウム「技術論で考える低コスト林業」の記録

酒井 武(森林総合研究所)
田村 淳(神奈川県自然環境保全センター)

横井秀一氏によるシンポジウムの趣旨説明に続いて櫃間岳氏の司会によって三名の方々の講演が行われた。

【趣旨説明】横井氏は、技術論としてコスト削減は避けて通れないこと、その一方で経営の持続性が重要であることを最初に指摘した。コストとして基盤整備コスト等4つあるが、今回は造林コストと育林コストを取り上げるとした。コスト削減については50年以上前から検討されており、拡大造林時の1965年の『林業技術』誌において巣植えが検討されたことがある。コスト削減の重要な視点は費用対効果(コストパフォーマンス)、性能・品質の設定が必要だが、この部分が不十分であるとした。また生物を扱っていること、立地特性が変化に富むことなどから検証が難しい(造林・育林技術の再現性が低い)と述べた。低コストでは自然に委ねる部分が生じ、それでは技術としての再現性が低くなることや、適応可能な条件を探ることが重要であるとした。本日のシンポジウムの大きなテーマとして「低コスト林業は持続可能な経営につながるか」を掲げ、これについて論議したいと述べて三名の講演につなげた。

平野辰典氏
(関東森林管理局)
山川博美氏
(森林総合研究所)
島田博匡氏
(三重県林業研究所)

1)平野辰典氏「過去の低密度試験から考察してみた」というタイトルで、最近、森林のミステリーサークルとしても注目を浴びている宮崎県の飫肥杉の密度試験の事例と福島県棚倉森林管理署で行われてきたスギの植栽密度試験地の事例を紹介、報告した。どちらの報告からも、植栽密度が低い方で樹高が高いという結果が示された。これまで林学の教科書的な知識では植栽密度は直径成長に影響し、密度が高いと直径成長は抑えられるが樹高には影響しないとされてきたが、実際にはそうではなかった。直径成長ほど顕著ではないが植栽密度は樹高成長にも影響していた。このあたりのメカニズムの解明、説明が待たれる。品種や樹種による差などもあるのであろうか。

飫肥杉の植栽密度試験は、木工船の材料(弁甲材)として使われてきたが、その需要が減少したことで建築材としての生産を目指すという変化があったことから、伝統的な直挿し疎植から適正な密度を検討するとともにその材質への影響を明らかにするという目的で始められた密度試験であった。また、飫肥杉とはタノアカ、ゲンベエなどの品種群の総称で、ここで植栽されていたのは「トサアカ」であった。質疑の中で、植栽密度による材質への影響はどうかという疑問に対しては、宮崎大伊藤氏から、ここでの材質は調べられており(福地ら 2011)、高密度植栽では材質が悪く低密植栽では良形質材の材積が少なくなることから2000-2800本/haの中間的な植栽密度が勧められていることが紹介された。

棚倉の低密度植栽試験の事例紹介にあたって、実際に関東森林管理局の植栽密度の推移が報告され、H12年度までは3000本/ha、H13-27 年は地位を考慮しつつ2400-2700本./ha、H28年からは2000本/haで植栽が行われているとのことであった。棚倉の試験は、低コスト育林を検討するための密度試験という目的で実際の低密度植栽の実行に先行して行われ、実際の植栽密度はhaあたり600本、800本、1200本というものであった。総じて、低密度植栽で植栽のコストは下がるが、密度が低いと生産される総材積は低下する。本事例では1200本/haまでの低密度植栽までなら大きな問題は生じないことが示唆されていた。低コスト造林における最適な密度をどう考えるかについては、育林のための下刈り、除伐、間伐コストに係る人件費は大きいが、木材価格の変動や数十年間の経済状況等の変化までは見通せないので投資的、投機的な判断は経営センスに拠るのではないか。公共財として広い面積を管理経営する国有林はどう考えるのであろうか。今回の2事例はそれを考える上での科学的根拠となる試験研究事例であったと思える。

議論の中では琉球大の谷口氏より、年輪の均一化による強度確保が必要で、材質の評価は確かに必要であるとの指摘があり、森林総研の正木氏から、大きな社有林を持つ会社でも強度情報は重要で、国有林でも材質の良い材の生産を目指すことは重要だろうとのコメントがあった。

2)山川博美氏「下刈り回数の削減はどこでも可能か?」というテーマで人工林施業における下刈りの大変さと省力化のこれまでの実践事例を示した上で現実的な下刈り省略は回数削減であるがそのスケジュールと判断が重要となることを報告した。具体例として、福岡県八女の無下刈り林分ではアラカシ、アカメガシワ等に被圧され3年目に植栽木の樹高差が生じたことが報告され、3年続けての無下刈りはありえないこと、秋田県の下刈り省略事例では2-3年目と5年目下刈りしたところと連年下刈りをしたところでは植栽木の成長にさほどの差が生じていなかったこと、高知県の事例では毎年下刈り、隔年下刈り、無下刈り試験の結果からは植栽された場所によって下刈りを省略しても大丈夫なところとそうでないところがあったことが示された。続いて、下刈りを省略できる条件についての検討事例として、スギは梢端部が覆われるまでは樹高成長が低下しないこと、植栽木のサイズが小さいほど被圧の影響を受けること、スギ植栽木樹高が150cmを超えれば下刈り後の1年間に雑草木に覆われなくなることを示した。その上で、植栽木が150cmに達する3年程度は下刈りを実施しその後は様子を見ながら各年で下刈りを行うという省略が可能だろうと結論した。しかし、場所によって植栽木の成長が異なり、競合植生も異なることからそれぞれで異なる判断基準が必要であることを指摘した。また、同一林分でも、斜面上部と下部で植栽木の成長と競合植生の高さの違いを示し、競合状態が異なっていることを示し、斜面位置でも判断基準が異なることを示した。このような空間的な評価の必要性にはUAVによる空中写真に拠る評価が有効となる可能性が実際の調査事例から示された。最後に取りまとめとして、下刈り回数は減らせそうではあるが、どこでも一律というわけにはいかない、競合植生のタイプや成長量の丁寧な観察が欠かせないことを改めて指摘した。

山川氏の発表に対しては、競合植生とスギ植栽木の物質生産的な検討がなされていないという細かな指摘もあったが、技術論としてシンプルにすることも重要であろうという意見があった。現場での経験で、これまでに様子を見ながら下刈りをしていくことにチャレンジしたが、実際の困難性から行えなかったことが語られ、施業現場への導入に対する課題は残されていると思えた。

3)島田博匡氏「広葉樹林への転換は低コストでできるのか?」というテーマで、三重県の人工林を天然更新によって針広混交林または広葉樹林に転換する可能性を報告した。最初に「『広葉樹林化』とは針葉樹人工林を天然更新によって広葉樹林または針広混交林に転換すること」と定義づけし、明確な意思をもって目指すべきと指摘した。続いて、広葉樹林化研究を開始するきっかけが再造林放棄地での更新未了の原因を探ることであったと報告し、その原因がシダ植物のウラジロによる被陰とシカ被害であることをつきとめた。それとほぼ同時期の2001年度から針広混交林、広葉樹林など公益的機能が高い安定した森林状態を目指す「三重県森林環境創造事業」が始まったことで、その検証のために人工林における広葉樹侵入の実態調査に着手した。207地点の全サイズの高木性広葉樹を対象とした調査から、樹高10cm以上の広葉樹は0~8800本/haの範囲にあり、多くの人工林では広葉樹林化は難しいことが判明した。その要因は第一にシカであり、間伐強度が強すぎるとシカを集中させてしまう危険性があること、柵を設置しても広葉樹の侵入が乏しい場合があることを明らかにした。一方、シカを排除した場合の高木性広葉樹侵入ポテンシャルの評価が必要と考えて、稚樹数予測モデルを構築した。その結果、標高により侵入する広葉樹が異なること、すなわち低標高では常緑樹が、高標高では落葉樹が侵入しやすいこと、これらの樹種は光に対する反応が異なるため、標高により施業を変える必要があることを指摘した。この侵入ポテンシャルとシカ影響度を組み合わせて地図化することで、施業実施の適否や柵の設置検討、あるいは広葉樹林化の実施の見直しが判断できるとのことである。以上の県域のメソスケールの話とは別に、ミクロスケールでの微地形と広葉樹侵入の関係を調査した事例が報告され、凸型地形では常緑の遷移後期種が稚樹バンクを形成するが、間伐後の侵入は豊凶にも左右されながら緩やかなこと、凹型地形では間伐前はほとんど何もないが、間伐後には埋土種子由来の先駆性樹種が急増することを明らかにして、樹種にあわせて施業することの重要性を指摘した。まとめでは、広葉樹林化はどこでも簡単にできる施業ではないこと、現時点で成林したスギ、ヒノキ人工林を広葉樹林へと誘導した実例は無いことから成功事例を示すべきであるとした。最後に本日のテーマである「低コスト」についても言及し、間伐などの施業コストとシカ柵などの更新阻害要因対策コスト、それに生態学的知見をもった人材育成コストを考える必要性を示し、成功事例を今後示したいと結んだ。

島田氏の発表に対しては、皆伐すれば前生樹が萌芽して成長するのではないか?という質問があり、その回答はシカが多い地域では厳しいということであった。全国的にシカの影響が高まっていることから、シカ対策を考慮すると今回のテーマである「低コスト林業」を持続的に行える地域は限られる印象を強く持った。

会場の様子

【総合討論】三氏の講演のあとに小山泰弘氏の司会で総合討論が行われた。趣旨説明した横井氏の問いに対応させて、論点を①苗木の樹高・直径成長、物質生産の議論、②競合植生、種特性についての問題、に整理して会場からのコメントを求めた。必ずしも論点どおりに議論は進まなかったが、主な意見としては、過去の下刈り試験地では目覚ましい結果は出なかったことや、その失敗理由として地域や地形の違いを考えずに一律にやったこと、そうした下刈り試験の結果がしっかりと総括されなかったことがあげられた。一方で今回の三氏の報告はいずれも地域の自然条件に対応させているから心配ないという意見もあった。また、低コストの欠点の有無や、スギを植えたからには経済林を目指すのだから材質も鑑みて低コストを評価する必要性も指摘された。最後に「コストも重要だが、日本も加わっているモントリオールプロセスを考えると『環境』の視点が重要であり、施業研究から一歩外に出て議論することが必要」との今後のシンポジウムにつながる意見があって閉会した。