長野県工業試験場 上田友彦
「ヤッパリ木は良いですねッ!」、よく聞かれる言葉です。何が良いのか、なぜ良いのか、どこが良いのか、……、よく分からないまま、「とにかく、木は良いのだ」と言ってしまったとしても、それを否定する人はほとんど皆無でしょう。本当にそう思っている人はそれでも結構ですが、何となく「そうでもないのに」と思っている人でも、否定する雰囲気ではないような気がします。もしするとすれば、恐らく非国民扱いされかねない状況でしょう。そのあたりに林業や木材を産業として成立させにくくしている根拠があるのではないでしょうか。
木材は、一般的にはその形状をあまり変えずに用いることが多いようです。樹種、産地及び部位等によって異なりますが、木材には木材特有の性質を持っています。そして、節や腐れ等の欠点部もあります。そのまま使うことが多いので、その性質もバラツキがあります。これを目的によって、あるいは木材の形状によって、物理的、化学的に改良することもあります。例えば合板とか、集成材とか、繊維板(ファイバーボード、MDF)、削片板(パーティクルボード)、WPC、防腐処理材等、色々なものが市販化されています。塗装や接着あるいは乾燥、切削、研削、塑性加工等も改良の一種と考えることもできます。こういった改良は、その材の欠点をなくすということでしょうが、必ず、マイナス要因も生じます。そのマイナス要因をあまり目立たないように使う方法が目的に応じて考えられているということになります。木材を何に使うのかによって、伸ばすべき長所と、目立たなくされるべき短所が考えられていると思います。これは他の全ての材料にも共通していえることです。例えば硬さや強さが要求される場面では金属やセラミックスの方が良いでしょうし、断熱性や吸音性を考えるならば発泡プラスティックのようなものの方が良いでしょう。木材は目的に応じて、その長所を伸ばし、欠点をカバーするように改良、加工して使われていますが、木材の形質をあまり変えない範囲での利用では、ある程度の限界があります。できるだけ寸法変化を少なくさせるとか、機械的強度を向上させるとか、燃えにくくするとか、できるだけ均一な材料にするとか、色々と工夫されていますが、他の材料と比較しますと、何もしないよりも少し良くなったという程度でしょう。
「木材は良いモノだ」と仮定したとします。他の材料と比較しても、特に優れた性質(当然目的に応じてですが)は持っていそうにもありません。そうすると、木材そのものを、木材の良さとして表現することになります。そうすると、・天然素材であること、・性質が中庸であること、という2つのテーマを根拠としているのではないかと想定されます。木材は比較的人間の生活のまわりに沢山使われていますが、もともと人間自体がいい加減なものでしょうから、そのまわりのものもいい加減な方が落ち着くのでしょうし、なじみやすいということがいえるのではないでしょうか。ですから、あまり先端的な機能があったり、ピカピカであったりすると、少なくともくつろぎややすらぎをもたらすべき家庭では、落ち着かなくなるのではなると思います。ですから、生活している人間とのバランスが適当であり、また、その製品自体も全体としてバランスとのとれたものであることが必要なのだと思います。私たちの生活のまわりのモノは、あまり特殊な機能や性能は要求されないことが多いようです。他の工業材料等では、さらに機能を高めていくような研究(他の機能を無視していくことと平行して)進められてきていますが、そういった方向とは反対の極に位置するものと見なすことができるかも知れません。むしろ色々な意味でバランスがとれていて、ホドホドであることが木材の最大の長所ではないかと考えることができます。こういったバランス性、ホドホドさといった評価方法は、最近になって研究され始めています。こういった研究と並行して、使用目的に応じて欠点部を目立たなくしようという研究も急速に進んでいます。この両者の研究のバランスがとれていることが木材の良さをいっそう引き出してくれるものと考えています。
こういったモノとしてのバランス性は、他の材料と比較すると、相対的に長く使えるものではないかという考え方もあるでしょう。仮説として、製品の価値というものと、使用する時間との関係を考えますと、他の材料のモノは、最初はピカピカできれいで、色々な機能がついているでしょうから、最初の製品価値は高いものとします。しかし、キズがついたり、部分的に壊れたりしますと、急速にその価値は低下していきます。しかし、経験的に木材のものは、初期にはあまり高くないでしょうが、キズがついたりしてもあまり苦にならない場合が多いし、また、簡単に補修ができたりしますので、製品価値の低下は緩慢なものと考えられます。図から、製品価値が逆転する点、それぞれの価値×時間の面積が逆転する点、使用価値の最低限に至る時間等、色々な評価が可能でしょうが、時間軸を導入することによって、木材の良さを表現するポイントが見えてくるのではないかと思います。木材の天然性と中庸性、時間軸の導入といった仮説は、十分ではありませんが、少しづつ説明される方向にあるだろうと思います。
木材は主として生活のまわりで使われていますが、木材あるいはそれに依拠した木質材料は、その使い方の若干の違いによって、樹種等を使い分けています。例えば、住宅の基礎では、ちょっと腐りにくいヒノキやクリ材、あるいは防腐処理材、障子等の建具は、ちょっと狂いにくそうな、軟らかそうなヒノキ、ヒメコマツ、モミ等の針葉樹材、箪笥の中は当たりが軟らかくて、吸湿性のありそうなキリ材、外側は木目の美しく、キズのつきにくいケヤキやミズナラ等の広葉樹材、フラッシュ戸のようなものは広い面積のとれる合板等々、同じ木材でも、用途に応じて、樹種等を使い分けています。このあたりに伝統と文化を見ることができます。
長野県は日本の中央部に位置し、風光明媚で自然の豊かな地域であるといわれています。住んでいるとあまりそういったことは感じませんが、いつも北アルプスを眺められるというのは、そうなのかも知れません。そういった背景を持って、多くの木材に関わる地場産業や木工業が産地を形成し、地域に根づいた活動をしています。そして全国的に著名な信州のカラマツ、木曽のヒノキの他、スギ、アカマツ、その他の針葉樹や広葉樹等があります。蓄積量の36%はカラマツで、22%が広葉樹です。16%でスギとアカマツ、ヒノキは6%程度(1999年度)で、35年前(1964年)に比較して、カラマツが9倍、ヒノキとアカマツが3倍、スギは5倍、広葉樹は1.8倍程度となっています。蓄積は増えるのですが、生産量はカラマツが5割、ヒノキは4割、アカマツや広葉樹は1割程度に減少しています。そして素材価格はほぼ5割にまで低落しています。これは良質材から伐採され、あまり良い木が少なくなってきたこと、外材との競合の結果だとは思いますが、厳しさが増しているといえます。
県産の広葉樹材等は、もうほとんど出てこなくなっているようです。広葉樹は色々な樹種があります。混淆しやすく、形状も素直なものが少ないようです。そして硬いものから軟らかいもの、環孔材や散孔材、色合いの違う木材等々があり、比較的用途を限定して用いられます。従って、一つ一つの樹種での使う量はあまり多くなりません。また、広葉樹材は木目や肌合いにそれぞれ特徴があるので、合板表面等の突板にされ、ムク材としての利用は限定されているということも言えます。いわば銘木屋さんの分野に入ってしまっているということかも知れません。また、広葉樹林は雑木林、薪炭林として里山等に多く見られますが、ほとんど手入れされないか、ヒノキやカラマツが植林される等により、蓄積としての評価も困難になっているようです。どちらにせよ、一般的な市場に並びにくくなっているようです。県産広葉樹材として、ミズメ、マカンバ、ミズナラ(少し硬いものが多い)、トチ、クリなどは森林組合等でときどき見かけることがあります。しかし、段々と良質の木材は減少しつつあり、ほとんど手に入らなくなってきているようです。しかし、長野県内で木工に関する幾つかの地場産業が産地を形成しており、例えば、松本家具ではミズメ、マカンバ、ミズナラ、ケヤキ材、南木曽ろくろではケヤキ、トチノキ、センノキ、ミズメ材、上田農民美術や軽井沢彫りではトチノキ、シナノキ、カツラ材、秋山木鉢ではトチノキ材、松本白樺細工ではシラカバ材等、地域から産出される木材に依拠(最近では良いものが手に入らなくなったといっています)していますので、まだ、それなりに入手できるようなシステムがあります。
木材には、色々な種類がありますが、概ね、人間に近いところほど広葉樹材が多く使われ、段々に離れるに従って、針葉樹材になっている傾向があります。家具や什器それに人間が常に接触するフローリングや造作材等は広葉樹材ですし、住宅の構造材やエクステリア、土木用材は針葉樹材が一般的です。また、日本は針葉樹材を多く使う傾向ですが、欧米では広葉樹材が好まれているように思われます。最近の洋風化に従って、日本でも広葉樹材が使われてきているという感じもします。広葉樹材が使われる分野が日本でも一般化してきたということかも知れません。例えば、家具は明治時代以前の日本ではほとんど見られません。貴族や武士階級での漆塗りの飾り棚とか、豪農や豪商の箪笥類等、それに仏壇は知られていますが、それ以外はほとんど洋風化に伴うもので、桐ダンスは明治後期から、茶箪笥や卓袱台も明治末期から大正にかけてつくられたものです。婚礼家具(洋ダンス、和ダンス、整理ダンス等のセット)も戦後の高度成長期以降のもので、10〜20年くらいでブームも去っていきました。食堂セット(椅子とテーブル)は戦後のLDK(リビング、ダイニングキッチン)の定着により、普及しましたし、応接セット等も同様です。家具は脚物製品を除いて、合板やMDFの突板貼りのものが多いようです。学習セット(机と椅子)は戦後からの普及で、10年くらい前から、ゴム材を使ったものばかりでしたが、最近は違った樹種のものも出てきました。これは住宅事情の変化と、そのときの木工技術に影響されますが、ほとんどのものの最盛期は10〜20年くらいで、徐々に移り変わってきています。建具では、外回り、内側の障子や襖等、ほとんどが木製で、しかも針葉樹が使われていましたが、外回りがアルミサッシにシェアを奪われ、内装の方も、洋風化に伴って、ドア類が主流となり、障子や襖は一軒の家では和室が一間か二間程度で、せいぜい10本程度になりました。ドア類はフラッシュ戸では合板を使いますが、使ったとしても広葉樹材になってきています。住宅の床も畳が減少し、フローリングになってきています。一時、安価なものでリノリウムやプラスティックシートも流行しましたが、今では、合板あるいは広葉樹材の床が一般的になってきました。昔の廊下はアカマツやヒノキ材でしたが、あまり見かけなくなりました。針葉樹材は柔らかいので、足への負担は少ないのですが、キズがつきやすい、トゲがささりやすい等で敬遠されたのでしょう。水まわりのもの、風呂桶や俎板等はヒノキやサワラ等の水湿に強い木材でした。
長野県の木工製品(クラフト的製品) ベンチ 木壁画 食堂セット 厨子(仏壇)
今でも木製の場合はそうですが、プラスティックに移行してきています。食器はケヤキ材のロクロ製品に漆塗りを施したものがありましたが、陶磁器の方が安価である面やキズがつかない(その代わり割れる)等から高級分野に限られていましたが、プラスティックに漆塗りあるいは漆紛いのものが出てきて、さらに高級化し、日常使いから姿を消してしまいました。
住宅建築での構造材は壁あるいは小屋裏に隠れる箇所での利用はほとんど針葉樹材です。パネル工法等で、合板やOSB等の木質建材も多用されています。2×4住宅、木質プレハブ等ではさらに木質建材が使われるようになってきています。針葉樹材は、国産材でスギ、ヒノキ、アカマツ、カラマツ材等を使いますが、この分野に米材、豪州材、北洋材等のシェアが非常に高くなっています。また、柱材や桁材では集成材にする場合も多いようです。木材の消費の半分以上はこういった建築資材として使われていますが、外材の輸入に国産材の需要がコスト面や流通面で追いついていない状況です。特に、地場のこういった針葉樹材が入手しにくいので、やむを得ず外材に走るといった面も見られます。また、障子等の木目の通った針葉樹材は国産材ではあまり見られなくなり、ほとんどが外材に依存しているような状況です。こういった傾向は家具材に用いられる広葉樹材も同様で、洋家具に用いられるミズナラ、ミズメ、タモ、サクラ材等の木材が低質化してきており、米材や南洋材に移ってきています。手作り、ムク材を使っているようなクラフト的な家具、特注のものでも、そういった方向でレッドオーク、ホワイトオーク、ビーチ、チェリー、アルダー、メープル等の国産広葉樹の同等代替材や、マホガニー、ウォールナット、チーク等の銘木材も使うようになってきています。これらの突板合板も揃えられています。フローリング材のほとんどもこの種の木材が使われているようです。家具の内装に使われるキリ材もカナダギリや中国ギリが、安価で質を揃えてきているので、和家具等もそれらを使う場面が増えてきています。キリ材突板合板も使われています。その他、南洋材、アフリカ材、南米材等の銘木の類も使われています。家具では、こういったように外材に依存する傾向が極めて強くなっていますので、家具生産まで、東南アジアや中国、あるいは欧米からの輸入も急激に増加しています。かなりシェアを落としているように思われます。木製小物の類もそういう方向が顕著で、もともとプラスティックに移行してきているところに、輸入品が増加し、国内での生産はかなり困難になってきています。漆塗りも漆液が中国からの輸入が大半ですので、国産品との価格差が大きくなっています。
長野県では、多くの木材を主体とした地場産業や伝統的工芸品産業が、産地を形成しています。通産省指定の伝統的工芸品として木曽漆器、飯山仏壇、松本家具、南木曽ろくろ細工、内山和紙の5品目、長野県知事指定のものは、須賀川(山ノ内町)と戸隠等の竹細工、上田農民美術(木彫)、軽井沢彫り(家具)、木曽木工芸品(水まわりヒノキ製品)、薮原お六櫛(木曽)、桧笠(南木曽)、桧曲物(木曽)、白樺細工(松本観光土産品)、あけび細工(野沢)、秋山木鉢(栄村)、横倉桐下駄(栄村)等の品目、また楽器(エレキギター等、松本、諏訪等)、スキー(長野市他)、画枠・額縁(木曽)、水引(飯田)は全国的なシェアを持っています。また民芸家具、和家具、カラマツの家具等、また、全県的な建具、その他、木彫品(白馬、大町)、杞柳細工(中野)、そして仏壇、ロクロ製品、漆器等も各地に点在しています。こういった産地は、その地域の木材を利用することによって成り立っていましたが、代替材料への移行、外国からの輸入、あるいは建具のように建材メーカーやサッシメーカーの参入により、全般的に厳しくなってきています。地域に密着した住宅関連の工務店や大工さんの分野も全国展開する2×4、プレハブメーカーやフランチャイズ展開する在来住宅メーカーが強くなり、技術伝承も難しくなってきています。こういった特殊製品の産地は、転換期にきているように思われます。特に資源に立脚した(木材の生産が近隣にあるというような)産地では、それが顕著になってきています。それに対して、どちらかというと、都市の住民に依拠したもの(例えば、近所の建具屋さんとか、畳屋さんとか)は、個別需要に上手に対応することにより、それなりの展開が可能になっています。最近では、交通手段の発達や、インターネット等により、地方と都市部との距離が大きく短縮されているようにイメージされます。そうしますと、上手な対応ができれば、都市住民に依拠した、資源立地型の産地も展開が可能ではないかとも考えられます。長野県には「木工」を求めて、多くの人たちが流入してきています。誰も全体像を把握していませんが、1000人を越える人たちが、「木工」(漆工、竹細工等を含めて)を生業として活動しています。
長野県の木工関連の地場産業
通産大臣指定 伝統的工芸品 |
木曽漆器 |
木曽郡楢川村他 |
長野県知事指定 伝統的工芸品 |
信州竹細工 |
戸隠村、山ノ内町 |
その他の地場産業 |
楽器 |
松本市他 |
針葉樹材に比較して広葉樹材は、ほとんど市場の表面にでてこないように思われます。これは木材の使用料の圧倒的な違いや、針葉樹ではスギ、ヒノキ、カラマツ、アカマツ等の数種類が大半を占めているのに対して、広葉樹では、よく見かけるような木材でも、数十種類を数えることができます。そして、れらが、かなり目的が絞られた形で、それぞれの用途に応じています。そして、どちらかというと面材に使われていることが多いようにも思えますので、突板にして、突板合板として用いられていることも多いようです。ムク材の場合はあまり広い板が取れなくなってきていますので、ますます突板化しているのかも知れません。それを含めて、人間生活のより身近で接触するものに広葉樹材が多用されています。この距離感は木材利用にあたって、かなり重要な意味を持っているのではないかと思います。フローリングもミズナラやマカンバ、あるいはそれらの合板が主流です。しかし残念ながら、実際に用いられているのは、これらに類似した米材等の外材になっています。特に、大手のメーカーのものでは、ほとんど国産材は使われていません。こういった状況は、針葉樹材の外材化以上に深刻な問題かも知れません。
最近、地域の木材(針葉樹材を含めて)を使うには、どういったことを考えていくべきなのか、という研究会を行っています。使う側からかすれば、木材であれば、似たようなものであれば、外材でも良いのではないかといった意見もあります。敢えて地域の木材を使いましょうというには、環境や山村の問題等を含めて考える必要があるかも知れません。精神論的なものが多いような面もあります。その地域で育った木材の方が良いという見方は、今の段階では明確に理解できていません。何となくなじみやすいとか、郷愁を感じるとかといったことはあるかも知れませんが、ほとんど観念的な話になります。地元の木材の方が長持ちをするとか、実際にやすらぎがあるとかといった根拠がなければ、「ヤッパリ地元の木材は良いですねッ!」といった話に戻ってしまうことになります。
松本クラフトフェア風景
ニュースレターNo.10 (2000.10.05)のトップへ