森林施業研究会ニュースレターNo.11 <研究レポート>

「モーモー育林」は有望な森林施業技術か?

 

西脇亜也(宮崎大・農)

 

 

「モーモー育林」とは?

  宮崎県諸塚村で行われている「モーモー育 林」とは、低コスト森林施業技術の一つとして放牧を活用する、「林畜複合生産シス テム」のことであり、草地畜産と林業とが連携して国土管理を行う方式である。

 このように書くと、『ああそうか、昔あった「混牧林」や「 林間放牧」のことだな』と思われる方が多いと思う。ご年輩の方によっては、「帝国 牧野方式」とか「国有林野放牧」などの用語を、ある意味で懐かしく、または、ほろ 苦く思い出される方もおられるだろう。評価はいろいろであろうが、これから紹介す る事例は、以前のあまり成功しなかった国有林もしくは民有林事業としての「林間放 牧」とは似て非なるものであることを知っていただきたいと思う。

 諸塚村では、数年前から独自に林畜複合生産に取り組んでい る。宮崎大学農学部の杉本安寛教授らとの共同研究としてスタートした林地放牧であ ったが、今では村内の数十戸の農林家が行う「産業」へと発展している。彼らが好ん で用いる「育林放牧」や「モーモー育林」といった呼び名がこの方式の目的と性格を うまく表現している。この方式の目的は、「育林」による林業振興であるとともに「 放牧」による畜産振興でもあるのだ。どちらか一方の生業の利益のために行う方式で はないとするところに諸塚村特有のスピリッツを感じる。

 おわかりいただけるだろうか?かっての「林間放牧」や「混 牧林」事業は、あくまで「林野事業」もしくは「畜産事業」であり、畜産と林業とが 連携して国土管理を行う方式ではなかったのだ。その証拠に、国有林野放牧事業では 、放牧利用の見返りとして利用者から放牧料金を徴収するが、放牧家畜が下草を食べ ることによる下刈り効果についての対価が放牧利用者に支払われることは無かった。 また、「畜産事業」としての予算は、おもに外来牧草を導入した草地造成に使われ、 「育林」に寄与するものではないものが多かったようだ。現在、全国的に「混牧林」 は衰退の一途にある。

 もちろん、林業試験場混牧林研究室や高萩試験地を中心とし てで行われた「混牧林研究」や草地研究者を中心に行われた「林内放牧研究」の成果 は大変貴重なものであり、その過程で得られた技術的な知見は現在でも有用である。 しかし、これらの技術的な知見が、実際の「事業」や「技術普及」にどの程度寄与し たかを考えると残念な思いがする。著者の知る限り、山村で一般の農家や林家がこれ らの方式を採用して成功した事例は、残念ながら無い。これらの技術的な知見は、今 後の民間レベルでの展開にきっと役立つ部分もあるだろうと思われるので、私たち現 役研究者が過去の知見を活用することを意識すべきだろう。「林内放牧研究」は、著 者が2年前まで所属していた東北大農場でも過去数十年間の蓄積があり、現在も数多 くの学生や研究者達が研究に従事している。

 さて、諸塚村で行われている「林畜複合生産システム」、「 育林放牧」、「モーモー育林」であるが、いったいどんなものなのだろうか?また、 将来も持続可能な森林施業技術として評価できるのであろうか?著者は、信州大学林 学科造林学教室を卒業したもの、その後は帯広畜産大学の畜産学専攻に進学し、その 後は東北大学の野草放牧地を対象とした研究を行ってきたため、林業や森林よりも放 牧家畜や放牧地の方がより身近な存在となっている。昨年、宮崎大学へ転任したこと をきっかけに諸塚村との「林畜複合生産システム」研究に参加させていただいている 。とは言っても、単に林学出身と言うだけでスギの植栽木や下草に及ぼす放牧の影響 を把握するといった担当をしているだけなので、再勉強することばかりで苦労してい る(確か、下刈りなどの森林保育関係の講義は赤点だった記憶がある)が、私なりに 、この方式の特徴、利点そして課題を整理して紹介してみたいと思う。

 

諸塚村での「モーモー 育林」の発展経緯

 諸塚村では、昭和40年代に 多くの有畜農家が林野放牧を行っていた。この当時は畜産的利用を目的としており、 放牧地は狭く、有刺鉄線で囲っていたが、脱柵の問題も多く発生した。また、ピロプ ラズマ症の発生もあって、ほとんどの有畜農家が林野に牛を放牧することがなくなっ てしまった。

 その後、1995年度(平成7年度)より畜産の省力化を目的に 林地の畜産利用の模索がはじまった。1996年度からは、林畜複合生産システムの構築 を目指して大学関係者との共同研究が始まった。町有林に試験地を設定し、放牧が植 生や植栽木に及ぼす影響などの研究が開始され、この試験地は普及のための展示林と しての役割を果たしている。諸塚村役場の産業課は、1995年当初は畜産主体の考え方 で普及事業を行ってきたが、1998年以降は、「育林放牧」の考え方で農家への普及を 進めている。この事業は村の単独事業であったが、1999年度からは国の事業である「 日本型放牧畜産事業」の、宮崎県におけるモデル事業として指定されている。(この 事業の発足そのものが諸塚村での成功と大きく関わっていると言う人も多い。)

 有畜農家に対しては、試験地で利用されているソーラーパネ ルを用いた電気柵への補助事業を推進してきた結果、多くの有畜農家が新たに林地を 放牧地として利用しはじめた。当初は、林野の積極的利用が畜産の振興に重要である との認識から林畜複合生産システムの導入に関心を示したが、次第に林業的な利用、 特に下刈り労力軽減の目的で牛を林地に放牧しようとする考えが広まってきている。 1998年度までの3年間で畜産農家70戸の内25戸・事業体が約52haの林地で放牧に取り 組むようになり、現在も増加しつづけている。諸塚村では、人工林が全体で11,612ha 、1〜2齢級の人工林が1,173ha程度存在するので、普及率はまだ、それほど高くな い。しかし、最近では家畜を所有していない林家でも村有牛のレンタル牛制度によっ て放牧を行うケースも増えている。放牧されるのはクヌギ林が多かったが、最近では スギやヒノキの植栽地に放牧を行う農林家が増加している。諸塚ではほとんどの場合 、ソーラー電池を利用した電気牧柵で放牧地を囲っている。この方法の利点は、わず かな労力で設置可能であり、脱柵の心配が少ないことであり、諸塚における林畜複合 生産の急速な普及に貢献している。 

 

 

著者らの研究紹介

 この「林畜複合生産システ ム」の展開には、「林業」と「畜産」が調和する条件を知ることが求められている。 このためには、それぞれの業種にとってのメリットとデメリットを知る必要があるが 、未だに整理されているとは言えない。これは、先に述べたように「林業」と「畜産 」とがお互いに連携した研究が、いろんな事情によって行えなかったことによるので はないか?著者らは「地域農学」が専門であるので、「林業」だとか「畜産」だとか の個別の業種だけに関係した研究をしなければならない理由は何もない。むしろ、個 別の専門に拘泥することは、地域生態系や国土の管理を考える際にマイナスに働く可 能性もある。樹木や草本、牛も地域生態系の構成要素として同格だと考えることがで きる。そこで、「林業」も「畜産」も同時に、対等に考えるようにしたいと思ってい る。土地利用の最適配置を考える際にもこのような視点は重要ではないだろうか?

 諸塚村の放牧を行っている農林家(諸塚村では、林業も狭義 の農業も行う人が多いので農林家と呼ぶことが多い)の感覚は、林業も畜産、農業も土地利用や収入源の面で対等に考えているようだ。ニュージーランドの農民も、林業 をForest farmingと呼び、畜産と同時に行っている人が多いようであった。「林業」 だとか「畜産」だとかにこだわるのは、「学者」や「役人」だけなのではないだろうか?

 さて、宮崎大学の杉本安寛教授らは、林地での放牧に関わる多くの研究を行っているが、著者は杉本教授らと、造林地での放牧によるプラス面として下刈り労力の軽減効果と飼料草確保を、マイナス面として樹木の損傷をとりあげ 、これらに対する林内放牧の影響を定量的に把握することを目的とした調査を行っている。先に述べたような理由によるためか、放牧家畜の下刈り機能を含む森林管理、 景観管理機能などを定量的に評価する試みは極めて少ない。結果の一部は、草地学会で報告しているが、ここでも簡単に紹介したい。

 

ファジー機能満載の全 自動林業機械としての放牧牛

 NHK番組「未来派宣言」の中 で杉本教授は、「牛のハイテク機能を生かす」と述べている。牛は複雑な地形や傾斜 をものともせず、植栽地を歩き回り下草のほとんどを食べるが植栽木はほとんど食べない。このような機能を林業機械に搭載すれば、それは大変な「ハイテク機能」だろうが、生き物である牛は、もともとこの機能を持っている。

 では、この「ハイテク機能」は、どの程度の性能なのだろう か?私なりに測定してみたいと思った。

 約3.5haの林地に肉用繁殖牛が9頭放牧される予定になってい たので、放牧前の9月と放牧直後の11月に下草の量を測定した。その結果、下草の現存量は約6割が放牧によって減少していた。この林地でも下刈り機による下刈りが 行われたのだが、通常では約35人足必要な下刈り労力が10人足で十分であった( 約7割減)。放牧牛によって下刈り労力が大きく軽減されたことが明らかである。諸塚村の農林家の方々は、牛の放牧によって下刈り労力は3分の1から10分の1程度 に軽減されると述べているが、今回の結果はこれらの発言を裏付けている。この下刈り労力軽減機能は「育林放牧」の大きな魅力の一つだろう。

 さて、この下刈り機能であるが、下刈り機械とは大きく異なる。一つは、下刈り期間は通常は長いことである。多くの頭数を一度に入れれば、極端な場合は1日で下刈りと同程度に下草を減らすことができる。しかし、その場合は 植栽木への放牧牛が大群で行動することによる樹木への傷害や裸地形成による表土流出が多く発生することになる。場合によっては土砂崩壊を誘発することにもなるだろ う。

 諸塚村では、放牧期間の延長も考慮して、1町歩あたり1頭 から2頭の放牧牛を目安に放牧することにしており、牛による下刈り期間は数ヶ月に 及ぶ。

 次に、放牧牛は、ススキなどの草本類の多くを食べるが、有 刺植物などの食べにくい植物や採食忌避物質を多く含む植物(樹木に多い)は食べ残 すことが多いことである。この点は、ブッシュカッターや造林鎌による人力作業とは 大きく異なる点である。食べ残す量は、放牧圧によってある程度は調節が可能である 。つまり、十分な下草があるとえり好みをして食べ残す植物も多くなるが、1頭あた りの下草の量が少ない条件にしてやると、普段はあまり食べない植物でも食べるようになる。しかし、造林目的にこれをやりすぎると、牛がやせたり甚だしい場合は死亡 することになって、かえって損出が大きくなる。

 

混交林施業に有用

 この、樹木の多くを食べ残 すところに著者は興味がある。ブッシュカッターを使っていろんな樹木が混交した林 を造成することは結構難しいが、牛を放牧することでこうした林を育成することは容 易なようなのだ。これには、牛のもつ、植物や地形をえり好みするファジー機能が大きく関わっているように思える。

 実際、諸塚村では、「放牧による広葉樹造林」の実験を開始したそうだ。著者らの試験地でも「放牧による針広混交林造成」の実験区を設置し調査を開始しているが、今のところ順調である。

 

獣害防止に大きな効果

 諸塚村でも最近ではニホンジカが増加し、造林木が食害に会う機会も多くなっている。諸塚村の方々に聞くと、 放牧林地にはシカはほとんど侵入しないとのことである。ニホンジカによる食害防止 に大きな効果があるようなのだ。

 この理由として、電気牧柵自体の効果と大型動物である牛に対する恐怖心が考えられる。電気牧柵は内部の放牧牛を外に逃がさないことを目的に しているが、同時に外部の草食獣の侵入障壁にもなる。また、牧柵内に大きな草食獣 である牛が存在することで、牧柵内に侵入することを躊躇している可能性がある。牛もシカと同様の植物を採食するので、牛が採食した林地の食物資源の価値がそれほど 高くないことも、シカが放牧林地に侵入しないことに関係しているかもしれない。

 

この方式のデメリット について

 この方式のデメリットとし ては、一つは、放牧牛による植栽木の被害がある。あまり放牧経験のない牛を、一度 に多数放牧した場合に興奮して走り回り、幼齢造林地では植栽木に若干の被害が生じる場合がある。その場合でも致命的なダメージを被る植栽木は一割程度であることか ら、ほとんど問題ではないとする農林家の意見もある。また、別の農林家の方は、1 町歩あたり1頭から2頭の放牧牛を目安に放牧することでほとんど被害が生じないと述べている。

 著者らが諸塚村と共同で実験を行っている造林地(約3.4ha) で1999年に調査したところ、この年は9頭の牛を放牧したのだが、一割強の植栽木に被害が生じた。スギとヒノキが植栽されていたのだがヒノキの被害が多かった。しか し、放牧2年目の2000年は、5頭を放牧したのだが、ほとんど植栽木に被害は生じな かった。

 他のデメリットとして、過去5年間、共同研究で放牧に供試した林地で若干の裸地が発生し(2.5町歩の面積の内、数十平方メートル程度)、表土が一部流亡した。水場の近くで裸地が発生することが多いので、水場の位置については注意を払い、時々は移動する必要があるようだ。一般の農林家は、水場の移動を行ったり、裸地が発生しそうになれば牛を別の林地に移動させたりすることで裸地化を防止しているそうだ。

 多くの農林家が述べるデメリットや解決されるべき問題点として、「水質汚染の不安」に関係する「下流域住民の理解」、や家畜の「放牧病」、 そして「放牧地の安定確保」、「家畜の飲料水の確保」などがある。1町歩あたり1 頭から2頭の放牧牛であれば水質に与える影響は軽微であると予想されるが、この点については現在、諸塚村と宮崎大の杉本教授が検討中である。その他の問題についても村役場を中心に対策が進んでいる。

 微妙な問題としては、放牧牛の下刈り労力軽減効果が大きいことによる、労働力の過剰の問題も挙げられている。つまり、「牛が山仕事を奪って しまう」不安を感じる人もいる。一方、村では、余剰となった労力は電気牧柵管理な どの畜産との共同事業に振り向けて欲しいと述べている。村は「人が手で刈ろうが牛 が刈ろうが下刈りだ」として考え、下刈り補助金は、人力で行ったのと同様に出す方 針であることを明言している。

 

林業と畜産業から見た 「モーモー育林」の利点と問題点

 

表1に林業と畜産業から見た「モーモー育林」の利点と問題点を整理してみた。

まだまだ、解決されるべき課題は多いが、かなり多くの利点が林業と畜産業の双方にあるようだ。

 

   表1 林畜複合の利点と問題点

 利点  

 問題点  

森林側

下刈り労力軽減

生育促進(?)

混交林施業に+

植栽木被害

土壌流出

労働力過剰

 

家畜側

 

家畜飼料代軽減

糞尿処理労力軽減

繁殖効率向上

放牧病

放牧地の安定確保

飲料水確保

 

一般

 

里山保全

絶滅危惧種保全

山村の産業振興

 

水質汚染(現在検討中)

土壌流出

 

「モーモー育林」は有望な施業技術か?

  表2に 、この「モーモー育林」についての現状評価をまとめて みた。

 著者は、この方式は有望であり、将来も日本の様々なところで普及する可能性が高いと感じている。しかしながら、この放牧による下刈り効果、すなわち植栽木の 成長に及ぼす放牧の影響は不明であるし、放牧を行うコストとそれによって得られる 利益の計算については未だに検討されていない。今後しばらくは、これらの問題を検 討する必要があるだろう。

 

   表2「モーモー育林」は有望な施業技術か?

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おわりに

 著者が2000年11月16日に宮崎で開催された森林施業研究会で上記のような話題提供を行った際に、私がこのような内容の研究を行 いつつあることに驚かれた方も多かったようだ。私も少し驚いているのだが、こうした現場普及に関係した地域農学的な研究はとても興味深いものである。特に現場の農 業や林業を行っている方々との対話によって多くの考え方を知ることができる。

 今後も農山村には足を運びながら応用生態学者としても活動してゆきたいと思 う。

 

西脇 亜也(宮崎大学農学部地域農林システム学講座, 〒889-2192 宮崎市学園木花台西1-1 ダイヤルイン Tel/Fax 0985-58-7576 E-mail: a03103u@cc.miyazaki-u.ac.jp)

 

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