<研究レポート>

伐採前のかき起しによる多様な樹種の更新

  佐藤 創 (北海道林試)

はじめに

 道内の主要落葉広葉樹資源は高価値であることとも相まって収穫が進んだため,カンバ類が微増傾向にある以外は確実に減少傾向にある。それにもかかわらず,資源回復のための更新についてはヤチダモ,カンバ類,ミズナラなどごく一部の樹種で小面積で人工造林が行われた以外は,天然更新に任せてきたのが現状である。人工造林については多くの樹種については方法が確立されておらず,さらに高コストであることや,採種場所と植栽場所の不一致から天然林への遺伝子汚染の可能性もあることなどのデメリットがある。

 ササが繁茂する多雪地帯の天然更新については,伐採後の孔状ササ地に対して,”かき起し”が広く行われてきたが,低コストで現地に適した遺伝的性質を有する個体の再生というメリットがある反面,カンバ林やブナ林以外は再生しにくいというデメリットもあった。落葉広葉樹林は高価値材の生産という経済的側面のみならず,生物多様性の保護や保健休養などの機能を持つ環境材としても価値の高いものであることから,森林の自己維持機能を極力利用した方法で施業を行うことが重要であると考える。したがって,多雪地での多様な落葉広葉樹の更新にはかき起しが望ましいと考えた。

 従来のかき起しは伐採後の孔状ササ地あるいは無立木ササ地に対して行ってきたため,先駆種であるカンバ類が更新しやすかった。多様な樹種の更新のために想定した施業は,初めに伐期に近づいた林内あるいは樹冠下でかき起しを行い,多種の稚樹の更新が完了した時点で,上木を伐採するというものである(図−1)。ここで対象とする工程は,かき起しから多種の稚樹の更新が開始した段階までである。本研究では更新樹種の多様性は,林冠の開放度やダケカンバの落下種子数に左右されると仮説を立て,それらが異なる様々な地点の間で更新過程を比較した。


(画像クリックで拡大 44k)
 
図-1 樹冠下のかき起こし法と従来のかき起こし法の作業工程の比較および本研究の対象工程

方法

 針広混交林でかき起しを行い,その直後から4年間,林冠の開放度が異なる様々な地点で更新状況を調査した。更新状況はシードトラップと実生方形区によって調査を行った。

結果と考察

 ミズナラ,ハリギリ,ミズキ,ナナカマドなど鳥散布種子や重力散布種子(ミズナラは動物散布種子であるが,シードトラップで落下種子を測定したので,ここでは重力による落下しかわからない)では林冠開放度が高くなるにつれて落下種子数は減少した。それに対してダケカンバ,トドマツなど風散布種子では林冠開放度と落下種子数には明確な関係が見られなかった。したがって,落下種子の種多様性は林冠がうっぺいしている場所ほど高いと結論づけられる。

 落下種子に対する発生した実生数の割合は林冠開放度とは無関係であった。かき起し当年に発生したダケカンバとキハダを比較すると,PAR(稚樹高より高い高さ2mでの値)20%以下では両者の成長間に差がないのに対し,PAR20%以上ではダケカンバの成長がキハダに比べて有意に大きくなっていた。生残率についてはPAR40%以下ではキハダがダケカンバに比べて高かった。かき起し翌年に発生したダケカンバとトドマツを比較すると,PAR20%以下では両者の成長間に差がなかったが,20%以上ではダケカンバの成長がトドマツに比べて有意に高かった。かき起し2年後に発生したダケカンバとミズナラを比較すると,ミズナラの成長はPAR40%以下でダケカンバより有意に成長量が大きかった。生残率についてはPAR20%以下ではミズナラがダケカンバよりも有意に高かった。

上記の落下種子,成長,生残を総合した結果として,かき起し4年後の定着稚樹の材積中ダケカンバ以外の占める割合は%PARが低いほど,またダケカンバの落下種子数が少ないほど高くなった(図−2)。


(画像クリックで拡大 196k)
図-2 ダケカンバの落下種子密度と%PARがダケカンバ以外の材積混交率に及ぼす影響

落下種子はかき起こし年秋〜翌春のものを示す。ダケカンバ以外の材積混交率は1996年9月時点の方形区内の稚樹全材積に対するダケカンバ以外の高木種の材積割合を示す。上式はダケカンバの落下種子密度と%PARを独立変数に、ダケカンバ以外の材積混交率を説明変数にした重回帰分析結果を示す。

ここでダケカンバの更新が不可能な母樹密度を試算してみる。ダケカンバの母樹からの距離とかき起し年の落下種子密度の関係は,

    
で表されることがわかっている(
Sato and Hiura 1998)。ただし,Yは落下種子密度,Dは母樹の胸高直径,Xは母樹からの距離を示す。今,ダケカンバの更新に必要な発生実生数を6本/m2と仮定し,落下種子数に対する発生実生数の割合を6%と仮定するとダケカンバの更新に必要な種子密度は100個/m2となる。周囲の母樹を碁盤の目上の均等配置とし,その対角線の交点における落下種子密度を計算により求めた。このシュミレーションに拠ると,中心における落下種子密度が100個/m2となる母樹密度は母樹の胸高直径が30cmの時は5.2本/ha50cmの時は3本/haとなった。母樹胸高直径を30cm50cmと仮定すると,与えられた地点でダケカンバの更新が不可能な周囲の母樹密度は35本/ha以下であると試算することが出来る。

 以上をまとめ,樹冠下でかき起しを行い,多様な樹種を更新させるには,実際どのような手順で作業を行ったら良いかについての試案を次に示す。

 まず初めに,伐期が近づいた伐採予定木を選ぶ。伐採予定木の樹冠下に後継樹があれば,後継樹を傷めないように伐採を行えばよい。しかし,実際には北海道多雪地の天然林はササの一斉枯死を契機に稚樹の発生・定着が始まるようなので,後継樹がないことが多い。後継樹がない場合やあっても目的樹種ではない場合には,樹冠下でかき起しを行うことになる。その際目的樹種の種子の豊作年に,種子落下期直前に行うようにする。ダケカンバの種子の凶作年であれば目的樹種の更新にはより都合がよい。かき起しの際は上木の根を傷めないように,ササの根は剥ぎ取るが,表土はなるべく残すように行うのがその後の更新樹の成長のために望ましい。そのような作業にはレーキドーザよりもバックホウが適しているが,かき起し用バケットは作業主体が独自で開発している場合が多く,汎用化には今後の研究が待たれる。

 かき起し後にどのような樹種が発生・定着するかにはまず,かき起し地周囲のダケカンバ母樹が35本/ha以下であるか,が効いてくる。以下であれば,目的樹種を主体にしダケカンバ以外の多様な樹種が発生・定着する。以上であれば,%PAR1015%以下,すなわちほぼ閉鎖した林冠下であるかどうかが効いてくる。1015%以下であれば,目的樹種を主体にし,多様な樹種が定着するが,1015%以上になり相対的な光強度が増加するにつれて,更新樹種に占めるダケカンバの割合が増加する。この%PAR1015%という値はかき起し後3年経過時点という更新初期を調べた段階のもので,更新完了まで調べるとダケカンバ稚樹サイズの増大に伴うカーボンバランスの悪化があり,より高い光強度の下でも多様な樹種の更新が可能になる可能性がある。

 ダケカンバの比率が高くなりやすい条件下の場合,ダケカンバの豊作年とずらしてかき起しを行うか,かき起しの12年前にダケカンバ母樹を35/ha以下になるように択伐あるいは巻き枯らしするのが有効であろう。以上の方法で後継樹を確保した後の上木伐採は,稚樹高がササ丈を超えた段階が目安となるが,実際のタイミングについては今後の課題である。

従来のように,伐採後に一旦ギャップが形成されてしまうと,多雪地ではササ地化してしまい,その解消のためにかき起しを行ってもカンバ類以外は更新しにくかった。北海道本来の多様な樹種構成の林を,利用しつつも持続的に維持していくためには,母樹が存在する間に,後継樹を確保し,その後に伐採を行う,といういわゆる前更作業が非常に重要である,と考える。樹冠下のかき起しもその前更作業の1つに位置づけられる。天然更新による多様性の維持のためには上木による照度のコントロール,地表処理の強度,各樹種の生育と照度の関係,結実予測などに関する研究が今後も必要である。天然力を生かした施業はコストはかからないが,各樹種の生態的特性に基づくきめ細かな調査,計画,実行が必要とされ,それに向けた今後の体制の強化を望みたい。

文献

Sato, H. and Hiura, T. 1998 Estimation of overlapping seed shadows in a northern mixed forest. For. Ecol. Manage. 104: 69-76.

       施業研究会Homeへ戻る     News No.4へ戻る